第三十三話 気に喰わない奴

 俺とヒョードルさん、エッダの三人で馬車を用いて御者を雇い、《魔の洞穴》へと向かった。

 馬車代はヒョードルさんが払ってくれるらしく、彼の好意に甘えることとなった。


「本当、何から何までありがとうございますヒョードルさん! 俺、こんな上位の魔馬エークォの馬車に乗ったの、初めてですよ」


 馬車の速さは、それを引っ張る魔馬エークォの闘気に依存する。

 低レベルな魔馬エークォの馬車ならば、冒険者が走った方がマシ、なんてこともあり得ない話ではないのだ。

 その点、この魔馬エークォは【Lv:20】と、最上位クラスのレベルを持っている。


「俺もいつもはワンランク下の魔馬エークォを使うよ。今回は、結構な距離があるからね。ゆっくりしている間に、《鉱物の魔ソラス》を他の冒険者に狩られては元も子もない」


「そうですね……あまり出回っている話ではないとはいえ、狙っているのは俺達だけではないでしょうし……」


 俺は言ってから、隣のエッダへと視線を向ける。

 しばらくずっと、こいつはムスっとした顔で腕と足を組んで、沈黙を硬く守っているだけなのだ。

 気前よく馬車代を出してくれたヒョードルさんに対しても何の礼もない。


「な、なぁ、何か礼くらい……」


 俺がエッダを軽く肘で突こうとしたとき、二本の指で弾かれてしまった。


「つっ!」


 こ、こいつ、闘気を使いやがった。


「気安く触るな。ナルクの戦士は気高い。ヒョードルは恩人であるため多少の無礼は見逃してやっているが、お前に対しては何かを譲るつもりはない。次はこれでは済まないと思え」


 俺は頭を抑えて自分を落ち着かせる。

 このご時世に、人里離れて暮らす遊牧民族を続けていただけはある。


 いや、もしかしたらそこでも合わなくて爪弾きにされた結果、人里へ降りて来たのかもしれない。

 いっそ致命的なくらいプライドが高いらしい。

 一応であろうともヒョードルさんに恩義を感じていたことだけがまだ救いだ。

 それも言葉だけかもしれないが……。


「ヒョードルさんも、助ける相手は選んだ方が……」


 ……いや、選んだ結果、エッダがどう足掻いても上手く行くビジョンが見えなかったので、同行を申し出て俺を狩り仲間パーティーに引き入れたのかもしれない。

 俺も、こいつは放っていたらどこかで袋叩きに遭う未来が容易に想像できる。


「今、この私を侮辱したのか? 仲良しごっこはごめんだが、決闘ならば受けてやろう。地に頭を垂れるか、その頭を地に転がされるか、どちらか選べ」


「あ……?」


「いい覚悟だ。御者よ、馬車を止めろ。喜べ魔馬エークォ、一人分積み荷が軽くなる」


 エッダが背負う魔導剣の柄へと手を伸ばす。


「上等だ受けてやる! 俺が勝ったときには、ヒョードルさんに土下座してもらうぞ!」


「この期に及んでまだ私を愚弄するか!」


「お、落ち着いてくれ! な? エッダちゃんも、こう、もう少し柔らかく頼む。ディーン君も、エッダちゃんは育った地の風習がちょっと特異だから、そういう面をなるべく尊重してあげてくれると凄く助かる」


「う、うぐ……」


 ヒョードルさんにそう言われては仕方がない。

 俺は大人しく身を引くことにした。


「……善処はしよう。だが、媚び諂って生きるくらいならば、ナルクの戦士は死を選ぶ」


 ……さすがにこいつとはちょっと打ち解けられそうにない。


 その後、馬車の中で、ヒョードルさんは現在【Lv:37】、エッダは【Lv:23】であることをヒョードルさんから聞いた。

 エッダから聞いたわけではなく、ヒョードルさんからだ。

 彼女はその間、「こんな奴にまで教えねばならないのか」と不機嫌そうにしているだけだった。


 ナルク部族というだけはある。

 この年齢で【Lv:23】はかなり高い方だ。


 俺は【Lv:20】だったが……【Lv:15】と言っておくことにした。


「凄いですね……《ボックス》って。料理道具まで運べてしまうなんて」


 しばらく進んだ後、食事のための一時休憩となっていた。

 なんと、ヒョードルさんは《ボックス》の中に料理道具から食材まで仕舞っていたのだ。


 俺は鍋を借り、料理を作っていた。

 ヒョードルさんから「ディーン君、料理が得意だったよね? 任せていいかな?」と頼まれてしまった。

 俺は勿論、全力で掛からせてもらうこととした。

「凄い食材も多い……麦と、牛乳と……ああ、このお肉も使わせてもらいますね」


「そこまで容量があるわけじゃないから、もう少し人数が多くて深くまで潜るときなら、持っていく猶予はないんだけどな。地下六階層まで潜るときには、【Lv:30】越えの七人くらいで行ったりするんだよ」


「し、C級冒険者が七人……!」


 俺には想像もつかない規模だ。

 地下四階層以降は瘴気対策のための《亜物魔法マター》持ちの環境士、《異掟魔法ルール》持ちの感知術師、予備の戦力や、道中の変わった闘術を持つ魔獣への対策も必須になってくる。

 そして何より、B級以上の魔獣はそう易々と狩ることのできる相手ではないのだろう。


「もっとも……ここ都市ロマブルクじゃ、七人も【Lv:30】越えの冒険者が集まることはまずないんだけどな。条件を満たす奴自体、十二人しかいない。そこまで高レベルで軍に入らない奴っていうのは、俺みたいに偏屈な奴が多いしな」


 ヒョードルさんが笑いながら言う。


「そういえば、ヒョードルさんは、どうして軍へは入らないんですか? 聞いて大丈夫だったら……」


「金だな。下っ端になるくらいなら、魔迷宮を潜り続けた方がずっと稼ぐことができる。コネもないのに入ったって、都合よくこき使われるだけだ。無論、軍に入った方が安全ではあるがな」


「なるほど……でもヒョードルさんくらい強かったら、それなりに待遇はいいと思いますけどね。軍も、引き入れておきたい人材でしょうし」


「連中、嫌な奴ばっかりだろ? 昔、この都市の魔導尉を殴って、一般兵から袋叩きにされちまったことがあってな。いや、俺も若かった……。あの一件があるから、中に入っても特に出世は厳しいだろう。ま、元々性には合いそうにないから、どうでもいいんだがな」


 ヒョードルさんが袖を捲って力瘤を作り、からから笑いながら言う。

 さ、さすがヒョードルさんだ。

 俺も軍部の連中は偉そうで高圧的だし、如何に徴税するかしか考えていない様な奴ばかりで、はっきり嫌いだ。


 だが、絶対に殴り掛かる様な真似はできない。

 あまりに勝ち目がないからだ。


 魔導尉は【Lv:30】以上ある者が多く、中にはヒョードルさんに並ぶ高いレベルの者もいるだろう。

 そして彼らの部下の一般兵は【Lv:25】以上ばかりだ。


 都市の支配者である魔導佐は更にもう一回りはレベルが高い。

 冒険者が楯突ける相手ではない。


「と……そろそろできますよ」


 赤牛ラカウの牛乳と乳酪、麦飯を用いた鬼鶏オーガチキンだ。

 呪喋薬草マンドラゴラの根を下ろし、風味づけに用いている。

 ここまで食材が色々揃っていることはなかなかないので、ちょっと手間をかけすぎてしまったかもしれない。


 赤牛ラカウの乳酪も、魔黴シェメーによって発酵させた、コクと旨味の強い超高級品であった。

 使うときに二度確認を取ってしまったくらいである。


 御者の人を含めた四人で食事を取った。


「おおっ! さすがディーン君! いやぁ、迷宮料理人として俺と固定で組んで欲しいくらいだよ」


 ヒョードルさんがドリアを食べながら口にする。


「ははは、そんな……言い過ぎですよ。ところであの、それってどれくらい本気で……!」


『ディーン! 妾も! 妾も食べたい!』


 ベルゼビュートの思念が届く。


 む、無茶を言わないでくれ。

 出発前日は色々と食べさせてやったじゃないか。

 あれで二万テミス近く掛かっていたんだぞ。

 またいつか、似たようなものを作ってやる。


『今! それが! 食べたいのだ!』


 ……この大悪魔、辛抱が利かないのか。

 あまりマニ以外の冒険者と遠出はこの調子では難しいかもしれない。


「時間が掛かり過ぎだ。肉なんて焼けばいい、牛乳はそのまま飲めばいい。胃に入れば同じだ。遊びのつもりでいるのか?」


 エッダがドリアを眺めながら、また文句を言っていた。

 お前は食べなくていいけどな、という言葉を俺は頑張って寸前で留める。

 ヒュードルさんも俺がエッダと喧嘩することは望んでいない。


『貴様は食さんでいいぞ! この小娘が!』


 ……なぜか、ベルゼビュートが激怒していた。


「冒険者心得そのニ! 食事も、大事なコミュニケーション、冒険者には大切なことだ。こういうことをどれだけ大事にできるかで、後々の連携や、揉め事の回避にも繋がる」


 さすがヒョードルさんだ。

 戦闘部族の馬鹿娘にもわかりやすいよう、論理立てて話をしている。


「群れて下手に出る家畜豚ナークの理屈だ。私には必要ない」


「お前、ヒョードルさんになんて口を……!」


「一度我慢してくれたのにそっちで怒っちゃうのか……」


 ヒョードルさんが苦笑しながら口にする。

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