第三十二話 三頭獄犬の牙
「…………」
俺とヒョードルさんが話し込んでいる間、マニが少し寂しそうに立っていた。
……顔見知りでは一応あったようだが、ヒョードルさんはフットワークが軽いため、別に珍しいことではない。
ただ、簡単な会話をしたことがあった程度で、あまり接点はなかったようだ。
……俺の我儘ではあるが、できればマニも《魔の洞穴》に連れて行きたい。
彼女にとってはいい経験になるはずだ。
運び屋の枠ならばマニを入れてもらえるかもしれない。
「あ、あの、運び屋の枠って、空いていたり……」
「……ああ、いや、すまない。実は今、俺は運び屋は連れて行かないんだ」
「えっ……?」
ヒョードルさんが、首飾りの十字架を手で握り、前へと持ち上げる。
「実はこれ、魔導器なんだ。《亜空の十字架》という名前でね。小さく纏めた分、闘気や魔力の補正は皆無だけど、しっかり闘骨と魔核が埋め込まれているんだ。こうやって……そら、《ボックス》」
ヒョードルさんの前方に魔方陣が浮かび上がり、空間が歪み始め、箱の輪郭が宙に浮かんだ。
「《
「す、すごい……!」
噂には聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。
こんなものがそこらにありふれていたら、運び屋は全員廃業になってしまう。
《
それに《亜空の十字架》は、持ち運びに困らないように《ボックス》に特化させるため、魔核と闘骨を必要最低限を残して削り、小型化に成功している。
これもそれなりに高度な技術だ。
こんな魔導器、百万テミス以上するだろう。
いや、この魔導器が便利すぎるのではない。
当然の様に手に入れたばかりであろう魔導器を用いて、あっさりと《
《
俺とは明らかに冒険者としての格が違う。
しかし……だとすると、マニは来れないのか……。
ヒョードルさんなら強く頼めば採掘師としてでも許容してくれそうだが、あまり彼に無理をさせるのも不本意だ。
「僕もレベルが上がったから、少し鍛冶師として試したいことがあるんだ。別にそこに気を遣わなくても大丈夫だよ。ディーンにとっていい経験になると思うしね」
僕はあまりその人のことは知らないし、とマニが小声で続ける。
「……ただ、わかってると思うけど、なるべく補佐に徹して、あまり迷惑を掛けないようにね」
マニが意味深に口にする。
一瞬首を傾げたが、すぐにその意味するところがわかった。
「ああ、わかってるよ」
要するに、あまり《魔喰剣ベルゼラ》の力を使い過ぎない様に、と言っているのだ。
他者の魔導剣について探るのはご法度だが、俺があまり変わった闘術を繰り返しているのを見れば、ヒョードルさんやエッダが勘付く可能性もある。
《オド感知・底》くらいに留め、《プチデモルディ》も極力は使わないでおくべきだろう。
レベルも低目に申告しておくべきだ。
通常、自分や仲間のレベルで安定して倒せる魔獣を狩っているだけでは、数十体倒してようやくレベルが一つ上がる、くらいの時間が掛かる。
急に上がったといえば、自分のレベルより遥かに上の魔獣を何体も狩った、と公言していることになる。
ヒョードルさんが信用できないわけではないが、【Lv:15】くらいで申告しておくべきだろう。
これでも本来高すぎるくらいだ。
「後……さっきちらっと話を聞いたのだけれど、また魔迷宮で《
「また《
「……魔獣か?」
不機嫌そうにしていたエッダが口を挟んでくる。
ヒョードルが首を振った。
「いいや、《
ヒョードルがエッダへと説明する。
そう、《
ここ数年に渡って、都市ロマブルクを中心に魔迷宮で冒険者が襲われ、死体を徹底的に破壊され、魔導器を持ち去られる事件が続いている。
魔迷宮の強盗は稀にあることだが、その徹底的な死体の破損具合と、高名な冒険者が何人も殺されていること、そしてまったく容疑者が浮かび上がってこないことから不気味がられている。
そもそもそんな連携の取れた強い冒険者がいれば、強盗行為に手を出さなくてもC級魔獣を追いかけ回しているだけでかなりの大金が手に入る。
魔導器をばらせば楽に金が入ることは間違いないが、リスクを考えれば釣り合いが取れているとは言い難い。
それにこの都市ロマブルクに、魔迷宮深くで冒険者を狙い撃ちする余裕のある様な冒険者自体が数えるほどしかいないはずなのだが、それでもまったく候補がいないのだ。
それがまた謎を呼び、軍内の人間で守られているだとか、そもそも人間ではなく悪魔なのだとか、様々な噂を呼んでいる。
《
「ただ、三人とも相当な手練れだ。俺と肩を並べる高レベルだった、《毒蜘蛛のアデイラータ》の二つ名を持つ冒険者も彼らの手に掛かっている。ただ、俺はさすがに彼女が、三人相手とは言え易々と殺されたのだとは思えない。きっと、汚い不意打ちにでも掛けられたのだろう」
ヒョードルは憤慨しているようだった。
《
強盗自体はさして珍しいことではなく、こんなことで手を止めていては飢えてしまうからだ。
もっとも、俺の《オド感知・底》ならば、周囲の冒険者やその強さをざっくりと割り出すことができる。
危なそうな三人組がいれば、すぐヒョードルさんへ伝えていこう。
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