第三十一話 憧憬と誘い
「しかし、ついにディーン君もこれで、いっぱしの冒険者というわけか。感慨深いものがあるよ」
ヒョードルさんが頷く。
「そうそう、俺は実は、明日、エッダちゃんを連れて《魔の洞穴》へと向かおうと考えているんだ」
ヒョードルさんは一流の冒険者だ。
さすがにエッダとやらがナルク部族の剣士とはいえ、ヒョードルさんと肩を並べて戦えるレベルの力はないだろう。
恐らく、ヒョードルさんがエッダを連れて行くのは、彼女に魔迷宮での常識や決まりごと、定石などを教えてやるためだ。
「《魔の洞穴》……ですか。ここ都市ロマブルクからは、若干距離がありますね」
しかし、《魔の洞穴》はあまり冒険者から人気のあるところではない。
厄介な闘術持ちの魔獣や、闘骨がどうしても安値になるアンデッド系統の魔獣が多く、狩場としての旨味が薄いのだ。
ヒョードルさんが笑みを浮かべ、俺の耳元へと口を近づける。
「……これは極秘情報だから他言して欲しくはないんだが、実は《鉱物の魔ソラス》という、C級悪魔の目撃情報があるんだ。梟仮面の、不気味な奴だよ。攻撃的な《
「し、C級悪魔を……? だ、大丈夫ですか?」
ヒョードルさんの心配ではない。
ただ、今回はエッダへ魔迷宮について教えることが本題のはずだ。
魔迷宮についてよくわかっていない彼女は、足手纏いになるのではなかろうかと考えたのだ。
俺がマニと狩った
俺はC級相応の強さを持つ魔獣とは戦ったことがない。
本来、C級という時点で、
恐らく、力の制限された《プチデモルディ》で仮初めの肉体を得たベルゼビュートでも、C級以上の敵を殺しきることは難しいだろう。
……そして、悪魔は魔獣よりも強い。
闘骨がなく闘術を使えない代わりに、魔核があるため魔法を操ることができるのだ。
無論、魔法は闘術よりも複雑で厄介な性質を持つ者が多い。
対応策も取り辛い。
耐久力も攻撃力も素早さも魔力依存であるため、能力の値も一定で隙がない。
「フフ、結構、エッダちゃんもやるんだよ。それに、何より俺がいるからね」
ヒョードルさんがあっさりと言って見せる。
さ、さすがヒョードルさんだ。
「それで、もしよかったらなんだけど、ディーン君も俺達と一緒に《魔の洞穴》へ潜ってみないか?」
「お、俺がですか!? いや、俺なんて、とてもヒョードルさんの役には……」
「嬉しいんだよ、君が夢だった剣士の道を歩き始めたことがさ。何かアドバイスできることがあるかもしれないし、ぜひ君と一緒にまた魔迷宮へ潜ってみたいんだ。ディーン君は昔の俺に似ているから、きっと大成するよ」
ヒョードルさんがにっと大人の色気のある笑みを浮かべる。
お、俺がヒョードルさんと、肩を並べて魔導剣を振るのか……。
少し気後れしてしまう……いや、しかし、ぜひ行ってみたい。行きたい!
「待て、ヒョードル。それは話が違う」
エッダはヒョードルと俺の長話を殺気立った様子で聞いていたが、俺が魔迷宮攻略に同行すると聞いて割り込んできた。
淡々とした声調だが、どこか怒りを感じる。
「確かに私は、ギルド所属の冒険者としての振る舞いを知らない。色々と忠言をくれるのはありがたいが、そういったことなら降りさせてもらう。非戦闘員上がりの低レベルを参加させるのは許容できない」
少しカチンと来た。これでも俺は【Lv:20】だ。ギルバードやモーガンは超えている。確かに、真っ当な戦闘経験は浅いが、D級複数相手に立ち向かうだけの力は少なくとも俺にある。今回も不足ではないはずだ。
「……お前、さっきから少し、恩人のヒョードルさんに対して高圧的……」
俺が出ようとすると、ヒョードルさんが手を伸ばして俺を制した。
「エッダちゃん、考えてみてくれ。冒険者は、協力が前提となるんだ。一人では倒せない魔獣もいるし、戦っている間の荷物を保管しておいてくれる人員も必要になる。深く潜ろうと思えば環境士は必須だし、日を跨ぐなら怪我を治せる白魔導士も必要になってくる。鉱石採取がしたければ、採掘師も必要だ」
「…………」
「当然、その中には、気に喰わない奴も混じってくる。性格が合わなかったり、目指しているところが違ったり、考え方が違ったり……まぁ、対立の原因は色々だ。他の奴らを利用してやろうと目論んでいる奴だっている。ディーン君は、優しくて素直で、熱い良い奴だよ。彼とも組めないんじゃ、冒険者としてやっていくのは諦めた方がいい」
「……それは、困る。私には、この剣しかない」
エッダが無表情で、ちらりと自身の背負う魔導剣へと目を向ける。
ヒョードルさんは腕を前に突き出し、ぴしっと人差し指を上に向ける。
「よし! 冒険者心得その一、同業者とは仲良くするべし、だ!」
「出た! ヒョードルさんの冒険者心得!」
俺はぐっと握り拳を上げる。
俺を運び屋として雇ってくれたときも、よくこんなふうに冒険者の心得を教えてくれたものだ。
因みに内容も順番もそのときの空気で決めるため、あまり数字に意味はなかったりする。
「僕はあまり話したことはなかったのだけれど、ディーンはヒョードルさんが大好きなんだね……」
マニが少し呆れた様に口にする。
「群れるのは嫌いなのだがな」
エッダが眉間に皺を寄せる。
……面倒臭そうな奴だ。
しかし、さすがヒョードルさんだ。
エッダを一瞬で説き伏せてしまった。
いや、元々俺を誘ったのには、エッダに他の冒険者と交流させるという狙いがあったのかもしれない。
そこまで考えていたのか。
なんて視野の広さだ。
ヒョードルさんと話しているだけで、なんとなく彼が冒険者として大成できた理由が見えて来る気がする。
俺もこれくらい頼られる人になりたいものだ。
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