第二十九話 魔蝸の闘骨

 小鬼ゴブリン中鬼ホブゴブリンの腹を解体用ナイフで裂き、闘骨を取り出していく。

 延々と肉を切って骨を探す作業は苦行ではあるが、価値を思えばそのくらいの苦痛も屁ではない。


 小鬼ゴブリンの闘骨は一つ六千テミス、中鬼ホブゴブリンの闘骨は一つ三万テミス程度で買い取ってもらえるはずだ。

 各二体ずついるため、合わせれば七万二千テミスにもなる。


 これだけで、かつての俺の一か月分の労働の対価にも匹敵する。

 更にここに黄金魔蝸ゴルド・マイマイの闘骨も合わさるのだ。

 そう……黄金魔蝸ゴルド・マイマイの闘骨も……!


「これ……どこに闘骨があるんだ?」


 俺は頭の割れ、横倒しになった黄金魔蝸ゴルド・マイマイを見下ろす。


「えっと……魔蝸マイマイの闘骨は、殻の中に入り込んでいる身の中にあって、外套膜を辿って行けばわかるっていうふうに聞いたことがあるよ。内臓の様な、硬いものがあるはずだ」


 こ、この黄金魔蝸ゴルド・マイマイを解体して、探り当てて行かなければいけないのか。

 解体作業は割り切っている俺だが、別に死体を斬って体液塗れになることには慣れていない。

 当てずっぽうで解体していくのは、本来ならば避けたいところだ。

 しかし、十万テミスのためならば仕方がない。


「しかし……この渦巻模様の金きらの殻が邪魔だな」


 まるで解体用ナイフでは歯が立たない。


「これだったら任せてほしい。生きている間は生体オドで阻害されるから通らないけれど……鉱物なら、《錬成魔法アルケミー》で引き剥がすことができる」


「そ、そうなのか?」


「ああ。元々、魔蝸マイマイは土を喰らい、その地中の成分を集めて闘気で強化し、殻の硬度を高めていくのだけれど、その度合いが一定以上に達したときに黄金の輝きを放つようになる。加工はなかなか難しいらしいけれど、その分、魔法に対して高い耐性を持つ魔導器になる」


 マニが楽しそうに話す。

 本業の鍛冶師関連のことなので、舌が回るのかもしれない。


黄金魔蝸ゴルド・マイマイの殻は、魔蝸金マイマルゴと呼ばれているんだ。鍛冶師の間でも、価値の高い、希少な金属とされている。僕らがこれを換金してもらってもせいぜい五万テミスだろうけれど、買い戻すとなると三倍の値は掛かるだろうね」


「そ、そんなにか!?」


「《魔喰剣ベルゼラ》に使った黒鉄クロガネより、一つランクが上だといえばイメージしやすいかな? 《イム》で調べてみるかい?」


 俺はせっかくなので、マニの言う様に調べてみることにした。


【《金の渦殻[C]》】

【黄金の輝きを放つ魔蝸マイマイの殻。】

【殻を構成する鉱石は魔蝸金マイマルゴと呼ばれており、D級以下の魔法干渉に対して高い耐性を誇る。】

【そのため武器の素材としての価値は高いが、肝心な《錬成魔法アルケミー》でさえも通りが悪いため、これを加工できる鍛冶師はなかなかいない。】


 価値Cか……なかなかのものだ。


「できれば持って帰りたいが……少々嵩むな。それに、重量もある」


「変形させて体積を減らすことができれば、持ち帰りやすくなるかもしれない。僕の拙い《錬成魔法アルケミー》が、どこまで通るのかはやってみなければわからないけれど」


 どうにもマニはやる気満々に見える。

 しかし、俺はあまり現実的だとは思えない。


「……でも、それでも厳しいんじゃないか? 予備のマナランプがつっかえるし……」


「手で抱えて行けば大丈夫だよ。どうしても邪魔なら、マナランプなんて捨てて行ってしまってもいい。中古ならば六千テミスもあれば買えるものだよ。魔蝸金マイマルゴを買うには、その二十倍以上掛かるのだからさ」


 ……ああ、なるほど、マニが持ち帰りたいんだな。

 一鍛冶師として、希少な鉱石を置いていきたくないのだろう。


「僕も一応鍛冶師の端くれだから、伝手はあるよ。上手く行けば、十万テミスくらいで捌くこともできるかもしれない!」


 目がきらきら輝いている。


「……いや、持ち帰れたら、それはもうマニのものにしてしまってくれ。色々とお世話になっているし、俺一人でここに来たわけでも、倒したわけでもない。情報を得たのもマニだからな」


「い、いいのかい? いや、しかし、それはさすがに悪いだろう。それに僕もキミも、金銭的にもあまり余裕はないだろう。今はお金に替えてしまった方が……!」


「ま、まだ持ち帰ることができるかどうかも分かっていないから! な?」


 その後……黄金魔蝸ゴルド・マイマイから《金の渦殻》を引き剥がすことにマニが成功した。

 俺が黄金魔蝸ゴルド・マイマイの本体を切り開き、内臓付近に闘骨らしき硬いものがないかを死んだ目で確認している間も、マニは《錬成魔法アルケミー》で必死に《金の渦殻》を精製して軽くし、形を嵩張らない様に変形させていた。

 その様子には少し執念染みたものが見えた。


 大分苦戦していたようだったが、最後には形の悪いながらに四角柱の形を保った魔蝸金マイマルゴの鋳塊を複数作り上げていた。

 もっとも、簡易のものなので、鍛冶屋に戻ってからまた精製し直すことにはなるそうだが。


 俺も俺で、どうにか黄金魔蝸ゴルド・マイマイの闘骨を得ることに成功していた。

 途中で《オド感知・底》がヤバそうな魔獣の気配を拾い、黄金魔蝸ゴルド・マイマイの臀部を抱えて逃走する羽目にも陥ったが、どうにか一件落着である。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイの解体はあまり気分のいいものではなかったが、闘骨を見つけたときには達成感があった。

 さすが黄金魔蝸ゴルド・マイマイ、闘骨まで黄金色であった。


「ようやく解体が終わったな……地上階層へと帰ろう」


『のう、ディーン。して……この魔蝸マイマイは、どうやって食うつもりなのだ?』


「え……」


 ベルゼビュートの冗談かと思ったが、声色が本気だった。

 俺は「もっと美味しいものがあるからあれは勘弁してくれ」とベルゼビュートを宥め、ようやく《ロマブルク地下遺跡》から帰還することができた。

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