第二十七話 ゴブリンの群れ

「こんなひ弱な魔獣の肉体も裂けぬとは、癪なのだがな!」


 ベルゼビュートが貫いた中鬼ホブゴブリンから腕を引き抜き、奥にいる小鬼ゴブリンへと跳びかかり、その頭部へと喰らいついた。

 小鬼ゴブリンの頭が割れ、砕けた頭蓋が露になり、身体から漏れ出したオドの輝きが俺へと移っていく。


 ……ぐらりと、眩暈がした。

 《造霊魔法トゥルパ》により顕在化したベルゼビュートは強いが、やはり長い時間は持たない。

 一発ぶちかましてやるのが限度だ。

 その一瞬でD級魔獣を圧倒してくれるので、俺の切り札ではあるのだが……ベルゼビュートが派手に動くほど、俺の方に負担がかかる。


「ちっ! あと一体くらいは仕留められると思ったのだがな……」


 ベルゼビュートの身体が光り、消えていく。

 ……中鬼ホブゴブリンが分かれられたのがキツかった。

 あの二体を倒してくれれば、かなり状況はマシだったのだが。


「ゴ、ゴァァツ!」


 俺が斬りつけた方の中鬼ホブゴブリンも、呆然とベルゼビュートが同族を殺戮していく様を眺めていたが……俺が眩暈で退いた隙を見て、すばやく棍棒を構え直す。


「ゴォオッ!」


 中鬼ホブゴブリンの身体に闘気が漲るのを感じる。

 だが、次の瞬間、中鬼ホブゴブリンは驚いた様に動きが硬直した。

 ……恐らく、俺が奪った闘術を使おうとしたのだろう。


「《火装纏》!」


 俺は中鬼ホブゴブリンから奪った闘術を使う。

 オドを火の魔力へと変換し、《魔喰剣ベルゼラ》伝わせて発火させる。


「グゥ……!」


 燃え上がる刃が、中鬼ホブゴブリンの首元に突き刺さった。


「ゴ……」


「や、やった……」


 やったかと思ったが、《オド感知・底》が、まだ奴の生命力が尽きていないことを教えてくれた。

 このまま剣を横に振り抜こうかと考えたが、死角に残る二体の小鬼ゴブリンが移動し、黄金魔蝸ゴルド・マイマイも様子を窺っている。


 恐らく小鬼ゴブリンは、俺の不意を突いて《闇足》で移動し、回り込んだのだろう。

 地味だが厄介な闘術だ。


「ちっ!」


 俺は剣を引き抜き、背後へ跳んだ。

 閉じかけた中鬼ホブゴブリンの目が見開き、声にならない鳴き声を上げながら俺へと棍棒を振り下ろす。


 棍棒が床を叩いた。

 逃げるのが遅ければやられていた。

 《オド感知・底》には本当に助けられる。


 ……だが、これで二体の小鬼ゴブリンに対し、無防備になってしまった。


「安心してくれ、片方は、僕が引き付ける!」


 駆けて来たマニが、片手に握る三つの火炎石を小鬼ゴブリンへと投げ付ける。

 小鬼ゴブリンが弾こうとしたときに、続けてマニが《炎槌カグナ》を振り下ろした。


「《プチフレイム》!」


 《炎槌カグナ》の先端から魔法陣が展開され、炎が小鬼ゴブリンへと襲い掛かる。

 炎に触れた三つの火炎石が、小さな火柱を小鬼ゴブリンの身体に上げる。


「はぁ、はぁ……フフ、《錬成魔法アルケミー》で圧縮して爆発力を高めた、特別製だよ。威力が足りないかもしれないと危惧していたけれど……E級相手くらいなら、意外とどうにかなるものだね」


 ……一体なら、いける。

 小鬼ゴブリン骸人ワイトに比べ、力でも速さでも劣る。

 一対一なら、正面からぶつかっても、今の俺なら負けることはないはずだ。

 地面を蹴り、一気に跳びかかった。


「らぁっ!」


 胸部に《魔喰剣ベルゼラ》を突き立て、そのまま斜め下へと振り抜けた。

 これで小鬼ゴブリンは全て片が付いた。

 後は瀕死の中鬼ホブゴブリンと、黄金魔蝸ゴルド・マイマイだけだ。


「わ、悪いマニ、助かった。だが、あまり前に出たら……」


「キミが負けてしまったら、どの道次は僕なのだけれどね……。まったく、《造霊魔法トゥルパ》があるとはいえ、よくあの状況で出てくれたよ。熱くなると、いつも考えるよりも先に動いてしまうのだから」


「う、うぐ、本当に悪い……」


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を構え、中鬼ホブゴブリンを牽制しながら答える。


「……もっとも、僕としては、僕のいないところでこんな無茶をされるよりは、よほどいいのだけれどね。こうして助けてあげることだってできるかもしれないし、いざというときは一緒に死んであげることもできるから」


 さらっと男らしすぎることを言ってくれる。

 さすがに戦闘面ではマニに頼ることはないと思っていたが、これだけレベル差が開いてもここまで頼り甲斐があるとは思わなかった。

 ……俺ももっと、この剣に見合うようにならなければならない。


「ギギッ!」


 黄金魔蝸ゴルド・マイマイが間合いを縮めて来る。

 安全圏から見ているだけでは埒が明かないと踏んだらしい。


「マニッ! あいつには《毒水》と《粘弾》がある!」


「ああ、わかった。僕は守りに徹して、少しでも黄金魔蝸ゴルド・マイマイの気を引かさせてもらうよ」


 黄金魔蝸ゴルド・マイマイは決定打を持たない。

 マニのレベルでも防御に徹すれば安全に気を引き、中鬼ホブゴブリンの支援に回らせないことができる。


「オ、ゴォッ!」


 瀕死の中鬼ホブゴブリンが駆けて来る。

 喉からの流血も激しく、かなり疲労しているはずだが、その動きは大きくは衰えていない。

 やはり、最初に喉を貫いたときに殺しきっておきたかった相手だ。


 《魔喰剣ベルゼラ》と、中鬼ホブゴブリンの棍棒がぶつかる。

 押し切れそうだったが、相手から弾かれて後ろへと大きく跳ぶことになった。

 今にも死にそうな様子なのに、凄い膂力だ。


 俺も小鬼ゴブリンともう一体の中鬼ホブゴブリンの分だけレベルが上がっているはずなのだが……まだ、瀕死の奴の力に敵わないのか。


 ……しかし、黄金魔蝸ゴルド・マイマイも長い移動と重なる交戦で疲れているのか、最初に比べて大分動きが鈍っているようだ。

 死角にはいるが、《オド感知・底》で探ると動きは分かる。

 マニと対峙しているが、攻めもせず、退きもせず、中途半端な動きを繰り返していた。

 あれならいっそ、動きが鈍っているにしろ、もう一度全力で逃げた方がいいのではないかと思うのだが……。


 ふと、気が付いた。

 違う、黄金魔蝸ゴルド・マイマイは、俺とマニを延長線上に置こうとするように動いている。

 奴の狙いは、俺だ。


 恐ろしい奴だ。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイは、まだ主力である俺を倒し、安全にこの場から逃げ切るつもりでいる。

 《オド感知・底》がなければ気が付けなかった。


 いや、わかっていればむしろ利用してやることだってできる。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイがこの位置関係で使って来るのは、《粘弾》だ。


 予想通り、黄金魔蝸ゴルド・マイマイの闘気が高まるのを感じとった。


「マニ、避けろ! 俺の方に流せ!」


「えっ……」


 マニが動いたのに合わせ、俺も大きく横へと跳んだ。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイが放った粘液の塊が、俺のすぐ横を通り抜け、中鬼ホブゴブリンへと迫っていく。

 中鬼ホブゴブリンは寸前でそれを避けたが、体勢が大きく崩れていた。


「ここだっ!」


 隙を突いて、中鬼ホブゴブリンの背側から《魔喰剣ベルゼラ》の刃を突き刺した。

 さすがの中鬼ホブゴブリンも力尽きたらしく、その場へとゆっくり倒れた。

 中鬼ホブゴブリンからオドの光が漏れ、俺の身体へと入り込んでいく。


「た、倒せた……俺の手で、D級魔獣を……!」


 戦鼠ムースに散々辛酸を舐めさせられた俺だったが、ようやくこれで、ギルバードの一件から自分が解放された様な気持ちだった。


 だが、まだ終わりではない。

 後は疲労しきった黄金魔蝸ゴルド・マイマイが残っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る