第二十五話 誓い

 俺はマニと共に《ロマブルク地下遺跡》の通路を駆け、ついに黄金魔蝸ゴルド・マイマイと、ギルバードのオドの元へと追いついた。


 ギルバードは《幻惑の剣ヌーサ》を振るい、黄金魔蝸ゴルド・マイマイを追いかけ回していた。

 手を開けるためか、彼のマナランプは床に放置された状態で辺りを照らしている。


 黄金魔蝸ゴルド・マイマイは床を滑る様に高速移動し、彼の攻撃を尽く躱していく。


「クソッ、《イリュージョ》!」


 ギルバードの放った対象に幻惑を見せる《呪痕魔法(カース)》も、黄金魔蝸ゴルド・マイマイの殻に弾かれていた。


 黄金魔蝸ゴルド・マイマイは態勢を崩した彼の周囲を一周し、死角目掛けて口許からどす黒い液体を吹きかける。

 彼の衣服が黒く汚れる。


「うぶっ……」


 ギルバードが口元を抑える。

 恐らく、あの黒い液体には毒があったのだ。


「……あの魔蝸マイマイ、決定打がないだけで戦えるのか」


 俺は思わず呟く。


 ギルバードは膝を突きながらも、黄金魔蝸ゴルド・マイマイを睨んで牽制する。

 それから、まるで今気づいたかのように俺へと視線を寄越した。


「なぜ君がここにいるのかな、ディーン君? 何のつもりだ? まさか、万年運び屋の君がここまで来るなんてね。命懸けで逆転でも目指し、黄金魔蝸ゴルド・マイマイを狙ってみたのかな? 運がいいじゃないか、ここまで生き延びられるなんてね」


 ギルバードが、苦し気な表情にそれでも笑みを浮かべ、俺を挑発する。


「だが……無駄だったね。黄金魔蝸ゴルド・マイマイは、私が討伐する。フフフ……これで私も、ロマーヌ有数の実力派冒険者になれる。軍入りだって、非現実的な話じゃあなくなってくる! バカみたいな冒険者生活はお終いだ!」


 ギルバードは言いながら、黄金魔蝸ゴルド・マイマイへと斬りかかる。

 毒で身体が鈍っているのだろう。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイは、余裕を以てそれを躱していた。


『自分の置かれた立場に気が付いておらぬらしい。あれは、本物の間抜けであるの』


 ベルゼビュートが興味なさそうに言う。


「……一度忠告してやる、ギルバード。諦めて、モーガンとキャロルを拾って帰るんだな。追い込まれたのは、お前の方だ」


「はっ! バカなことを言っているんじゃあない! 苦心して見つけた獲物が先取りされて、頭がおかしくなったようだなディーン君! この私が、追い込まれたわけが……」


 ……俺が《オド感知・底》で感知していた魔獣達が、通路の奥から姿を現し始めた。

 小鬼ゴブリンが三体、中鬼ホブゴブリンが二体だった。


 中鬼ホブゴブリンは小柄な小鬼ゴブリンと違い、人間の大人と同程度の全長を持つ。

 体表も堅く、ごつごつとしており肌の色が浅黒い。

 小鬼ゴブリンはせいぜいE級魔獣だが、中鬼ホブゴブリンはD級魔獣であり、戦鼠ムースと同程度の凶悪さを誇る。


「な、な、な……」


 ギルバードが悲痛な声を漏らしながら、その場から退く。


 ギルバードは、死ぬ気で喰らいついても中鬼ホブゴブリンを一体倒せるかどうか、というところだろう。

 戦鼠ムース自体、逸れた一体をモーガンと協力して狩ることが前提であったのだ。

 D級魔獣複数体の群れは、地下三階層ならばあり得ない話ではない。

 キャロルの《聴絶》の感知を失った時点で諦めて帰還するべきだったのだ。


「……自業自得だね。欲に駆られて無理を繰り返して、ディーンまで危うく殺しかけたどころか、懲りずに他の子も犠牲にしかけていたのだから。単身で動いていた今回ばかりは、貴方にもどうしようもない」


 マニは見下したような目で言い放つ。

 俺と接しているときの普段の彼女からは想像もできない、冷たい口調だった。

 マニは俺の話を聞いたときからギルバードには憤りを覚えているようであった。


 ギルバードは逃げようとするが、黄金魔蝸ゴルド・マイマイに素早く回り込まれていた。

 彼の背へと、中鬼ホブゴブリンが迫っていく。

 中鬼ホブゴブリンの手には太い棍棒が握り締められていた。


「た、助けてくれ、ディーン君! 都合のいいことを言っているのはわかっている! 助けてくれ! 本当に反省しているんだ! 君には酷いことをしてしまったと思っている!」


 ギルバードへと中鬼ホブゴブリンの棍棒が振り下ろされる。

 彼は左腕で身体を庇うが、衝撃に耐えられずに地面へと叩きつけられていた。

 右腕に《幻惑の剣ヌーサ》を握り締めたまま魔迷宮の床を這う。


「そ、そうだ! 反省の証として、私の魔導剣、《幻惑の剣ヌーサ》をあげたっていい! 君のレベル上げにも付き合ってあげよう! 君なら、すぐにいい冒険者になれる! 私はそう信じていたんだ! だから、だから……!」


ギルバードが俺へと手を伸ばす。


「……ディーン、戻ろう。あんな奴、どうなったっていい。黄金魔蝸ゴルド・マイマイは惜しいけれど、状況がこれだと仕方のないことだ。彼らには、ギルバードは死んだと伝えればいい」


「な、なんということを! わ、私はディーン君に聞いているんだ! なぁ、そうだろう? ディーン君、ディーン君は、冒険者になりたがっていたよね? そうだろう?」


中鬼ホブゴブリン二体は、僕達には厳しい相手だ。小鬼ゴブリン三体も無視できる魔獣じゃあない。それになにより、黄金魔蝸ゴルド・マイマイ自体が危険過ぎる。レベル不相応に弱く、逃げ回っていることが多いから軽視されがちだったけれど、決して戦えないわけではなかったんだ」


「う、うう、うぐ……! モーガン、助けてくれ! モーガンッ! 私は、こんなところで終わりたくない! 誰か、助けてくれ!」


 ギルバードが醜く喚く。


 ……マニの言う通りだ。

 ギルバードに助ける価値なんてないのかもしれない。

 俺を殺しかけても悪びれることをせず、同じようにキャロルを端金で釣って死なせかけていた。

 俺に死ぬべき人間とそうでない人間を区別できるような大それたことはできないが、それでもあいつを見殺しにしたって、俺は責められる謂われはないはずだ。


 黄金魔蝸ゴルド・マイマイも、地下三階層の奥まで侵入しなければならなかった時点で、諦めるべきだったのだ。

 意外にも奴は頭が回り、そして闘術を駆使して冒険者と渡り合えるだけの術をもっている。


 《魔喰剣ベルゼラ》も不確定要素が多く、こんな死地でいきなり使うべきものではない。

第一、俺はE級の骸人ワイトを一体倒すのに必死だったんだ。


 そんな俺に、C級の黄金魔蝸ゴルド・マイマイ、D級の中鬼ホブゴブリン二体、おまけにE級の小鬼ゴブリン三体なんて、とてもじゃないが相手をするべきではない。


「悪い、マニ」


 それでも俺は走った。

 マニが俺を止める様に手を伸ばしたが、俺は背を低くしてそれを避けた。


「ディーン! む、無茶だ! 危険過ぎる!」


 俺は中鬼ホブゴブリンの棍棒を《魔喰剣ベルゼラ》で防いだ。


「とっとと逃げて、二人を連れ帰れ、ギルバード」


「ディ、ディ、ディーン君! ああ、ありがとう、ありがとう……この恩は、きっと……!」


 ギルバードがよろめきながら立ち上がる。


「そして、二度と俺の前に出て来るな! 俺はこの先、絶対にお前みたいな冒険者にはならない! そう決意するために割り込んだ!」


 ギルバードは一瞬呆然と口を開けたが、それもすぐに止めて、走って逃げだしていった。

 これでいい。

 ギルバードから《魔蟇フローグの舌亭》で和解を申し出されたときから俺の胸に残っていた、胸中に渦巻く靄が軽くなったような気がする。


 俺のずっと感じていた靄は、ギルバードの様な生き方は、決して他人事ではないのかもしれない、というものだったのかもしれない。


 俺だって言い切れなかったのだ。

 我が身可愛さや利益のために、他者を犠牲にせずに冒険者業を続けていくことができるのか。


 だが、今ここで決心することができた。

 俺はギルバードの様には絶対にならない。

 俺は剣聖ザリオスの様に、何一つ恥じずに済むような生き様を送ってみせる。

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