第二十三話 嫌な偶然

 俺とマニは、《ロマブルク地下遺跡》の地下三階層へと降り立った。

 俺はこれまで以上に《オド感知・底》を意識し、闘気を消耗させて範囲を広げ、精度を保ちながら通路を歩く。

 万が一にでも、C級相当の魔獣の不意打ちなんて受けることになったら、その時点でお終いだ。


 マニは壁を照らしながら歩いている。

 高い鉱物が埋まっていないか、気になるのかもしれない。

 マニは元々は鍛冶師が本分であったが、今では運び屋兼採掘師としての活動が主だという。

 職業柄、気になるのかもしれない。


「採掘するのか?」


「いや、やめておこう。確認しているだけさ。荷物もあまり余裕はないし、どうしても作業間は無防備になってしまうからね。高位の鉱物ほど、周囲の地表も硬くて掘り出し難いものだから、僕だとかなりの時間が掛かってしまう」


 鍛冶師はレベルによってできることが大きく変わってくるが……採掘師も、レベルに依存する面がある。

 錬成魔法アルケミーで周囲の地表を一時的に柔らかくするものもあるので、きっとああいったものも使うのだろう。

 俺も一応、少しでも役割を持ちたくて採掘用の道具を持っていたが、採掘師とはまともに呼ばれないレベルである。


「……特に、僕の魔導槌の《炎槌カグナ》は採掘用ではないからね。本当は鍛冶以外には使いたくはないのだけれど……余裕がないから仕方なく、というのが本音だよ。地表を崩したり、魔獣を殴ったりなんかには、本来向いていないんだ。消耗もしちゃうしね」


 ……当然と言えば当然のことだが、知らなかった。

 いつもマニは《炎槌カグナ》一本で鍛冶も戦闘も採掘も熟しているので、そう言うものなのだと思っていた。


「今回の目的は黄金魔蝸ゴルド・マイマイだ。幾つも並行して行えるほど、ここでの探索は余裕があるものではないよ。《ロマブルク地下遺跡》のこの階層では水泉石が見つかるらしいから、それを目標にここまで降りてみるのも悪いことではないと思うけれどね」


「へぇ、水泉石が……」


 水泉石はかなりの高値で扱われる。

 それだけ需要が高いのだ。

 水入れ袋をいくつも鞄に積まなくとも、水泉石を数個転がしておけばそれだけで済むのだから。

 高名な狩り仲間パーティーでは水は必要最低限しか持ってはいかず常に一定数の水泉石を用意しているものだし、そうでなくとも余裕のある狩り仲間パーティーは万が一に備えて一人一つは持っている。


 俺もいつかは、水泉石を躊躇わずに使えるくらいの冒険者になってみたいものだ。

 

「ここに来るのは久しぶりだな、懐かしい。ディーンに話したことはなかったけれど……僕は実は、一度ここまで足を運んだことがあるんだよ。もう五年前になるのかな」


「ここって……地下三階層にか?」


 マニが頷く。


「どうしても欲しい鉱物があると頼まれてね。それも、それは地下三階層の中でも最奥部にあって、採掘にもとても時間の掛かるものだったよ。あの頃の僕だと、そもそも本当に掘り出せたのかどうかも怪しいくらいさ。当時はそれがどのくらい無謀なことかわからなかったから、あっさり了承してしまった。随分と昔のことだけれど、いや、あのときは酷い目に遭った」


 マニは冗談めかしたふうに口にするが、壁へと向けられた目は笑ってはいなかった。


「三人で向かって、一人が死んだんだ。僕が生き残れたのは、単に運がよかっただけだったよ。気は抜かないで、目標を絞っていこう」


「そう、だな……」


 ……俺も《オド感知・底》がなければ、まず潜ろうという気にはなれなかっただろう。

 それからしばらく、先行している三人組と、黄金魔蝸ゴルド・マイマイのオドを探りながら動く。

 D級魔獣のオドを感知した際には大回りして避けて動いた。


 進めば進むほど、黄金魔蝸ゴルド・マイマイのオドの動きが遅くなっている。

 やはり、俺が斬りつけた際に与えた傷は決して浅くはなかったようだ。

 遠回りしながら進んでいたが、だんだんと距離が縮まってきた。


 ただ、他に懸念事項もあった。

 だんだんと黄金魔蝸ゴルド・マイマイとの距離が近づくに従い、D級魔獣と接近する機会が増えて来たのだ。

 まさか、あの黄金魔蝸ゴルド・マイマイは追跡者達を追い払うために、他の魔獣を利用しているのだろうか。


 そしてついに、先行する三人組がD級相応の魔獣とぶつかったのを、俺の《オド感知・底》が感知した。


「……前の三人組、D級魔獣と交戦したみたいだ。かなり手こずっていたみたいだな」


「ちょっと不穏だね。でも、これで引き返してくれるのなら、都合はいいのかもしれない」


 ……的確に黄金魔蝸ゴルド・マイマイを追っている様ではあったし、一人感知持ちがいると思っていたのだが、避けられなかったのだろうか?

 改めて、《オド感知・底》を拾うことができてよかったと思う。


 だが、この後に予想外のことが起きた。


「ひ、一人だけ先へ進んでいるみたいだ。正気か!?」


 三人の内、一人だけが黄金魔蝸ゴルド・マイマイを追って前へと進み始めたのだ。

 恐らく、二人は負傷したのだろう。


『ニンゲンの欲とは底がないものであるの。極上の獲物を追い詰めたと思い、引き際を見失ったのであろう』


 ベルゼビュートが興味深そうに言う。


 ……だが、俺も驚きはしたが、理解できないわけではない。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイを倒せば、大きくレベルが上がるだろう。


 レベルが5も違えば、魔導器の性能が同じならば勝敗を覆すのは難しいとされている。

 よほど高いレベルを持つ者ならいざ知らず、黄金魔蝸ゴルド・マイマイを倒せるかどうかは、冒険者としての人生さえも左右しかねないことだ。

 悠久の時間を持つ悪魔と人間は違う。


 通路を進んでいると、通路脇に添えられた不気味な像の陰へと隠れるように屈む、二人のオドを感知した。

 避けることはできるが……既に、この二人とは対立する理由はない。


 俺はマニと顔を合わせる。

 彼女は俺の考えていることを察し、首を頷かせた。

 俺は前へと出る。


「……そこの二人、何があったのか聞いてもいいか?」


「運び屋のガキだと? な、なぜ、お前がそこにいる?」


 帰って来たのは、聞き覚えのある声だった。

 俺は耳を疑う。嫌な偶然もあったものだ。


 像の陰から出てきたのは、暗色のローブを纏う小柄な少年と……もう一人は太い腕に血の滲んだ包帯を巻く、見知った顔の大男、ギルバードの相棒のモーガンであった。

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