第二十二話 黄金魔蝸を巡って

 俺はしばらく、黄金魔蝸ゴルド・マイマイと、それを追う三人の冒険者のオドを感知し、その後を追いかけていた。

 冒険者三人からは気づかれない程度に距離を開けていく。


 ただ、三人もなかなか黄金魔蝸ゴルド・マイマイを見失わない。

 そればかりか、後を付けているこちらにも気が付いているかのような動きを見せていた。


 俺としては、三人がとっとと黄金魔蝸ゴルド・マイマイを見失い、諦めてくれるのを期待していたのだが……どうやらあちらにも希少な感知持ちがいるようであった。


「……異掟魔法ルール持ちか? ロマブルクの冒険者ギルドに《サーチ》の使い手がいるなんて、聞いたこともないぞ。さすがに軍じゃないとは思いたいけど……」


 軍部の関係者が黄金魔蝸ゴルド・マイマイ狩りに手を出しているのならば、余計な干渉はしない方が吉だろう。

 軍だけは絶対に敵に回してはいけない。

 俺なんて魔導尉どころか、一般兵にも敵わない。


 もしも反逆者、重要犯罪者としてマークされれば、戦鼠ムース以上の闘気を持ち、多彩な魔法を操る連中が、連携を組んで昼夜問わずに襲い掛かってくるのだ。

 一日も逃げきれないだろう。

 さすがに獲物が重なったくらいでそこまでマークされることはないだろうが、関わらないことがベストであることには間違いない。


「軍の人間が動いているのなら、黄金魔蝸ゴルド・マイマイがここまで逃げきれているとは僕には思えないよ。黄金魔蝸ゴルド・マイマイの動きが速いといっても、せいぜいD級魔獣の最上位くらいだからね。彼らならあっさりと追いつくだろう」


 マニが俺の言葉に対し、冷静に指摘を入れる。


「ここまで手こずるくらいならば、彼らならば環境士を連れて地下四階層辺りに潜った方が、金銭的にもレベルアップとしても美味しいはずだと僕は思うよ。それに、彼らは魔導尉を隊長に置き、一般兵五人を部下とした六人隊を組むことが多い」


 ……考えれば考える程、軍の人間という説はあり得なくなっていく。

 さすがに考えすぎだったかもしれない。


 そうして、その後もしばらく三人の冒険者と黄金魔蝸ゴルド・マイマイのオドを感知し続け、距離を置いて後を追いかけていたのだが……状況が少し変わった。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイのオドが、大きく地下へと移動したのである。

 恐らく、黄金魔蝸ゴルド・マイマイが更なる下階層へと降りたのだ。


 前方の三人の動きが止まった。

 ……俺も少し、これは慎重に考えなければいけない。


 地下三階層は危険な魔獣が一気に増えて来る。

 D級魔獣と何度も出くわす様になり、運が悪ければ複数のD級魔獣に囲まれる恐れもある。


それに……場合によっては、十年以上魔迷宮に潜っているようなベテランの中級冒険者でさえ恐怖する、凶悪なC級魔獣と遭遇することだってある。

黄金魔蝸ゴルド・マイマイは保有オドが高いためにC級魔獣として分類されるが、強さはせいぜいD級魔獣の下位程度に位置する。)

 地下三階層以降は人間にとって息苦しい環境が続き、身体に負荷が掛かり続けることもマイナス要因の一つだ。


「地下三階層くらいなら、しばらく動くことはできるだろうけど……さすがに今の俺じゃあリスクが大きすぎる。諦めるか……」


 そのつもりだったのだが……三人のオドは、黄金魔蝸ゴルド・マイマイを追いかけて地下階層へと移動していった。

 なんと、前方の三人は更に後を追いかけることを選んだようだった。


「なんだ、あいつら……相当腕に自信があるのか?」


 こうなると少し不安になってくる。

 俺は冒険者として、少し臆病すぎるのだろうか。


 俺はふと、幼少の頃に聞いた大昔の英雄の言葉を思い出した。


『冒険者として大成するには、無謀とも取れる戦いに挑む勇気と、そしてそこから勝利を掴み取る叡智と力が必要だ』


 ……これは、この世界で最も有名な英雄譚の主人公、剣聖ザリオスの言葉だとされている。


 剣聖ザリオスは実在した人物であった。

 千年前、永き封印より復活した邪悪な双頭の神代龍エンシェントが《現界イルミス》にて殺戮を繰り返し、既存の文明の多くを破壊したとされている。

 その双頭の神代龍エンシェントが暴れていた百年間は《暗黒の時代》と称される。


 剣聖ザリオスは《暗黒の時代》末期に孤児として生まれ落ち、その勇気と叡智、力によって貧しい身分から成り上り、やがては英雄と呼ばれるようになった。

 やがては《智神イム》の加護を受け、賢者ペディア、弓聖リエルラと共に双頭の神代龍エンシェントへと挑み、《夢界リラール》の果てへと封印することに成功したのだという。


 俺が冒険者を志したのは、それ以外に選択肢がほとんどなかったということもあるのだが、剣聖ザリオスに憧れていた、という面もあった。

 マニと出会うより以前、唯一の家族であった父が死に、貧しく辛い幼少時代を送っていた俺にとって、貧しい身分から身一つで周囲に認められていくザリオスの物語は、俺の数少ない支えの一つだったのだ。


「どうする、ディーン? 黄金魔蝸ゴルド・マイマイの移動ペースが落ちているのは明らかだろう。キミが斬った怪我が響いているのかもしれない。それに、キミの話だと、先の三人組は少なからず黄金魔蝸ゴルド・マイマイと交戦していたようだった。前回よりは疲労しているはずではあるし、狙い目といえば狙い目なのかもしれないよ」


 ……あいつの動き方はわかった。

 次会ったときには《イム》を当てられるはずだ。

 それに、俺には《プチデモルディ》もある。

 追い詰められたとき以外は使いたくなかったが……ここは、勝負してもいいはずの場面だ。


 今の好機を逃すことは、後の窮地を作ることにも繋がる。

 レベルを一つでも上げておけば、切り抜けられる場面は増えて来る。

 その恩恵は大きい。

 脅えて好機を不意にすれば、それは結局自分を追い込んでいくことにも繋がるのだ。


 俺は目を瞑り、呼吸を整える。


「……行こう。《ロマブルク地下遺跡》の、地下三階層へ」


 俺が答えると、マニが笑った。


「よし、じゃあ決まりだね。異論はないよ。この機会は、逃すべきじゃあない。……ただ、ここから先は、今まで以上に慎重に進む必要がある」


 ……地下三階層なんて、俺も数えるほどしか潜った経験がない。

 環境は悪いが、三時間くらいならば以前の俺でもさしたる支障にはならなかった。

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