第十八話 骸人

 地下二階層を進んでいると、足音が近づいて来た。


「人間……ではなさそうだね。少し軽い。それに、あまりにも無警戒なように思う。知性がかなり薄そうだ」


 そうなると、知性の薄い魔獣、という線が強そうだ。

 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を構え、ゆっくりと前へと進む。


 からん、と音がした。

 曲がり角の先から、灰色の頭蓋が覗く。

 姿を見せたのは、古い棍棒を手にした骸人ワイトであった。


 骸人ワイトは、人骨が魔迷宮の瘴気に長い間晒されることで生じる魔獣である。

 ……ついこの間までは、俺がまともに戦えるような魔獣ではなかった。

 だが、今なら真っ当な戦いになるはずだ。


「《イム》!」


 骸人ワイトの評価を先に確認する。

 異常個体ユニークを避けるためには、相手が見知った種族であっても、先に《イム》を使うことを忘れてはいけない。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:《ワイト》

状態:《通常》

Lv:14

VIT(頑丈):22

ATK(攻撃):32

MAG(魔力):32

AGI(俊敏):34


称号:

《アンデッド[--]》《底級魔獣[E]》


特性:

《オド感知・底[E]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 ……行ける。

 ごく普通の骸人ワイトである。

 特に闘術や、厄介な性質を持っているわけではない。


 俺は走って骸人ワイトへと距離を詰め、《魔喰剣ベルゼラ》を振るった。

 骸人ワイトが手にしていた棍棒で刃を受け止め、剣と棍棒の競り合いになった。


「ふー……ふー……」


 息が荒くなる。

 俺は危険度Eの魔獣と一対一で戦うことは、初めての経験であった。

 緊張する。

 今の俺ならば大丈夫だという思いと、次の瞬間にあの骸人ワイトの手にする棍棒が俺の頭に振り下ろされたらどうすればいいのだろうという恐怖があった。


『ディーン、少し熱くなりすぎているぞ。一度、距離を取れ』


 ベルゼビュートの声がする。

 しかし、どう距離を取ればいいのかが、咄嗟に頭に浮かばない。


 力では俺が勝っているはずだ。

 思い切り剣を押し込み、奴の棍棒を弾いた。

 骸人ワイトの身体が揺れる。


 俺はすかさず、剣を前方へと突き出して追撃した。

 刃は骸人ワイトの肩を破壊した。骨が砕け、右腕が地に落ちる。


「や、やった……」


 だが、骸人ワイトは左手で棍棒を操り、俺に狙いをつけて振るってきた。

 人間なら、右腕を斬られれば、咄嗟に左腕で反撃する様なことはできないはずだった。

 アンデッドに痛覚はなく、それ故に恐ろしいまでの打たれ強さを持つ。

 俺はそのことを遅れて思い出す。


「ぐっ!」


 身体を逸らして棍棒を回避し、大きく後ろへ下がる。

 どうにか距離を取ることができた。

 今の攻撃、当てられていてもおかしくなかった。


「カ……カカカ……」


骸人ワイトの顎が動き、歯がかち合って音を立てる。

まるで笑っているかのようだった。


……こいつ、どこを斬ればいいんだ?

攻撃しても、今みたいに打たれ強さを利用したカウンターが返ってくる。

次も避けられるとは限らない。


『しっかりせぬか、ディーン! 危なっかしい!』


 ベルゼビュートから苦言が漏れる。

 ふと、その声で気が付いた。


 この魔導剣には、敵の力を喰らう《暴食の刃》の力がある。

 しかし、骸人ワイトは別に特別な魔法や闘術を保有しているわけではないが、俺の足しにならなくとも、相手のマイナスになることはあるはずだ。

 できる、やれるはずだ。

 もっと奥に進む前に、ここで《魔喰剣ベルゼラ》の力を見ておくというのは都合がいい。


 それに……骸人ワイトは、真っ当な冒険者ならば一人で倒せてしかるべきクラスの魔獣なのだ。

 俺がここで下がるわけにはいかない。


「僕も気を引くくらいはできるよ! どうにか隙を作って……!」


 マニが荷物を降ろし、《炎槌カグナ》を手に取ろうとした。


「少し、待ってくれ。一人で戦ってみたいんだ」


 俺がそう言うと、マニは心配そうな顔をしながらもその場に留まった。


「……わかったよ。でも、これ以上危なそうだったら、すぐに動くよ」


 マニは【Lv:7】だ。

 【Lv:14】の骸人ワイトの気を引く様な行動は取るべきではない。

 それに……運び屋ではなく、前面に立って戦う冒険者となるためには、骸人ワイト如きで立ち止まってはいられないのだ。


【《暴食の刃[--]》:魔力を込めた一振りを放つことで、対象の有している《特性》、《魔法》、《闘術》からその内の一つを奪い、この魔導器の所有者のものとすることができる。】


 《暴食の刃》は、魔力を込めた一振りを放つことで発動する。

 俺は《魔喰剣ベルゼラ》に魔力を込める。

 剣と身体が一体になったような感覚を味わった。


「カカァ!」


骸人ワイトが棍棒を大振りする。

 俺は身体を背後へと逸らして回避する。

 骸人ワイトの隙を突き、《魔喰剣ベルゼラ》で奴の腰を狙う。

 《暴食の刃》のせいか、剣が重く感じる。

 今は問題ないが、普通に振るうよりは速く振れないかもしれない。


「るぅ、らぁっ!」


 刃が骸人ワイトの腰に触れる。

 その瞬間、接触部を通し、骸人ワイトから俺に何かが流れ込んでくるような感覚がした。

 骸人ワイトの中に一つの光があるのを感じる。

 恐らく、これが奴の唯一の保有技能、《特性》の《オド感知・底[E]》である。

 俺はそれを引き摺り出す様に意識し、魔導剣を振り切った。


「カ、カァ……!」


 すぐさま骸人ワイトが俺へと棍棒を振るう。

 だが、棍棒は俺の横を通り抜け、地面を叩いた。


「……カ?」


「成功した、みたいだな……」


 骸人ワイトはその場をうろうろと歩いては、出鱈目に棍棒を振るう。


「い、今、何をしたのだい、ディーン?」


 マニが骸人ワイトの不可解な様子を見つめながら、俺へと尋ねる。


『ふうむ、面白い使い方をしたの』


 ベルゼビュートが楽し気に言う。


「《イム》」


 俺は自身の状態を確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

特性:

《智神の加護[--]》《オド感知・底[E]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……狙い通り、骸人ワイトの《オド感知・底》が俺へと移動していた。

 骸人ワイトは肉体がないため、《オド感知・底》によって自分以外のものを把握している。

 ならば、その《特性》さえ奪ってしまえば、俺を知覚することは不可能であろうと思ったのだ。


 俺は目を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。

 わかる。自分のオド、マニのオド、そして手許のベルゼビュート、辺りを這う骸人ワイトのオドの位置が、不鮮明ながらに見えて来る。


 《イム》で確認した際には半信半疑であったが、自身で体感した今、その能力を疑う余地はない。


「やっぱりこの剣は……オドを用いた他者の技能を、奪い取る力がある」


 俺は言いながら、《魔喰剣ベルゼラ》を振るい、骸の頭部を飛ばした。

 続けて《魔喰剣ベルゼラ》を勢いよく大振りし、胴体を叩き斬った。

 骸人ワイトがバラバラになり、その場に散った。

 

 骸人ワイトから漏れ出したオドの輝きが俺へと移る。

 俺は《イム》を発動して自身の情報をチェックした。

 【Lv:13】から【Lv:14】へと上がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る