第十ニ話 金策

 マニにベルゼビュートの魔核を用いた魔導剣を打ってもらうこととなった翌日、俺はギルバードの予備の武器から取り出した魔核を売り払い、四万テミスを手に入れた。



 マニは無償で俺の魔導剣を打ってくれると言っているが、彼女もあまり生活に余裕があるわけではないはずだ。


 少しでも足しになればと思い、貧民街にある俺のあばら家を漁り、金になりそうなものがないかと探してみた。

 ……もっとも、そんなものがあれば生活に困った際に売っているはずであり、そう都合よくは見つからなかった。


 運び屋として用意した予備道具や火炎石、父の代からあった古い本、俺の趣味で揃えていた料理道具を鞄に詰めて歩き、売って回った。

 料理道具は俺の使い古しの上に元々あまりいい代物でもなかったため、近所を回って多少高めの値で買ってくれると言ってくれた人へと売り渡した。

 運び屋の予備道具や古い本は、街へと向かってからそれらを扱っている店を転々として捌いた。


 ……全部合わせて、せいぜい一万テミスといったところだった。

 まぁ、こんなものだろう。

 しかし、踏ん切りがついた気がする。


 俺はもう、運び屋のディーンではない。

 魔導剣を振るって戦う、正式な冒険者として生きていくのだ。


 レベルは既に、冒険者を始められるくらいにはある。

 そして、冒険者をやっていく上で必須である魔導剣も、今マニが打ってくれている。


 ギルバードの予備の魔導剣から取り出した魔核を売って手に入れた金が四万テミス、そして家にあったものを捌いてどうにか手に入れた一万テミス、俺の元からの手持ちの三万テミス、合計八万テミスを持ってマニの元へと向かい、材料費の一部としてもらった。


「よくディーンがこれだけ持っていたものだね。……かなりの無理をして作ったんじゃあないのかい?」


 マニは椅子に座り、調べ物をしているところだった。

 ベルゼビュートの魔核を机の上に置き、その横に分厚い本を並べている。

 彼女は手に持っていた一冊を、机の上へと置いた。


「……そんなところで意地を張って、後々にディーンに余計なところで苦労される方が僕は嫌なんだけどね」


「でも、流石に何もしないわけにも……」


「僕はもっと素直に、友人のやることを応援したいだけなのだけどね。こんな小さなところで躍起になるよりも、いつか百倍にして返してやるだとか、幸せにしてやるだとか、それくらい大きなことを言ってほしかったものだよ」


 マニが腕を組み、やや不貞腐れた様に言う。


「後者はちょっとニュアンスが変わっていないか……? それだと全く違う意味に聞こえるぞ」


 ……まぁ、不審に思うのも無理はないか。

 俺はギルバードの予備の魔導剣の欠片から合計六万テミスを得ている。

 返してやる気はないし、その道理もないと考えているが、ここにあるお金はほとんど奴のものだと言っても過言ではない。


「実はこの金、元冒険者仲間の魔導剣の残骸から得たのが大半なんだ。そこまで無理をして用意したものじゃない」


「……盗みに手を出したのかい? キミは、そういったことは嫌っていたと思うけれど」


 マニが目を細め、訝しんだ様子で俺を見る。

 あまりマニには言いたくない話ではあったが、仕方ないか……。


「……俺に《デコイ》を使って、戦鼠ムースの囮にしてくれた奴がいたんだ。そいつが俺に預けていた魔導剣だ。どうにも、わざわざ丁寧に顔を合わせて返してやる気にもなれなくてさ」


 俺はマニから目を逸らし、頭を掻きながら説明した。

 あまり恰好のいい話ではない。

 本当のことを言うと、避けておきたかった。


「……キミ、殺されかけていたのかい?」


 マニの声が冷たくなる。

 まるで俺を詰問しているかのようだった。


「あ、ああ、まぁ、形式としてはそうなるかな」


 俺は言葉に詰まりながらもそう答えた。

 マニが立ち上がり、俺へと詰め寄る。


「……だけど、もういいんだ。状況も悪かった。あれがなかったら、三人とも死んでいただけだったよ。俺も意趣返しはさせてもらった。これ以上は、気分が悪いだけだ。今更、もう一度あいつの顔を見たくもない」


 ギルバードの行動を悪く言うのは簡単だ。

 だが、それをしたところで、俺の中ではきっと何一つ晴れないだろう。


 それに、あいつが言っていたこともまた事実だ。

 俺が騒ぎたてたところで、お互いに痛み分けがせいぜいなのだ。


「……そうかい。キミがそう言うのなら、僕がこれ以上何かを言うのは野暮なことだろう。僕としては、唯一無二の親友を殺されかけて野放しということ自体が、あまり気分のいいことではないのだけれどね」


 マニは納得していないようではあったが、椅子へと座ってくれた。


 俺だって、今でも恨み言を吐き出したくはなる。

 しかし、もう過ぎたことなのだ。

 それにどうしたって仕方のないことでもある。


 やられたままではいたくないが、あいつの足首を掴んで同じ沼地に沈み、共倒れする様な無様な真似もごめんだ。

 過去の嫌な思い出に足を囚われていたくはない。

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