第十三話 完成

 マニに魔導剣の作成を依頼してから二日目の昼、俺は彼女の鍛冶屋へと向かっていた。

 手に抱えている紙袋の中には、市場で購入した魚やら野菜等の食料品が入っている。


 ……意気揚々と有り金を材料費にとマニに渡したのだが、一テミスの余裕もなく渡してしまったために、俺の食糧がなくなってしまったのだ。

 魔導器も他の一切の道具もないため、運び屋としても活動することもできず、完全に行き詰っていた。


 結局情けないことに、事情を察したマニから手を差し伸べてもらい、彼女の世話係として働くことで、食事を共にさせてもらっている、という形になっている。


 俺はマニの鍛冶屋へと戻り、呼びベルを鳴らし、反応を待ってから中へと入った。


「戻ったぞ」


 マニは扉の後ろに立っており、装着していたゴーグルを額へと逸らす。


「ディーン、今さっき、作業を終えたところだよ。キミのお気に召すかはわからないけれど……一応は、魔導器を完成させることはできたよ。ただ、僕の魔導槌じゃあ《イム》が通らなかったから、肝心な性能がわからないんだ」


「ほ、本当に、できあがったのか!? み、見せてもらっていいか!」


「もちろんだよ。忘れているわけではないと思うけれど、キミのために作ったのだから、見てもらわないとむしろ困るのは僕なんだけれどね」


 マニが表情を崩して笑った後、すぐにいつもの冷静な顔へと戻り、俺の目を見る。


「金属は、最近一般冒険者達に人気の出始めている黒鉄クロガネを使わせてもらったよ。悪いけど、僕が手に入れられるのはここが限界だった」


 マニは謙遜して言うが、黒鉄クロガネは《イム》の判定ではD級に該当する価値を持つ金属である。

 それなりの活躍をしている冒険者達でも、黒鉄クロガネの魔導剣を用意するには少しばかり奮発する必要がある。


 彼女が普段依頼を受けて作る際には、凡鉄イアンというE級相応の価値とされる金属を用いることが常である。


 ……はっきり言って、剣一本分の黒鉄クロガネだけで、俺の渡した八万テミス程度は吹き飛んでしまう。


「闘骨は牙狼ファングを使ったんだ。比較的安めの値で入ってよかった。正直なところ、ディーンの八万テミスがなかったら、《貧者の剣ポポ》と同程度の素材しか使えなかったかもしれない」


「よ、よく手に入ったな……」


 牙狼ファング戦鼠ムースと同ランクの、D級の脅威度に当たる魔獣である。

 だが、平均レベルは牙狼ファングの方が一回り上である。

 速度に特化した魔獣であり、冒険者の死亡数は戦鼠ムースと比べても遥かに高い。

 個体によってはC級と判定されることもあり、D級の中では最強の魔獣だとされている。


「ちょっとだけ無理をしたよ。ふふ、キミの門出を祝う、祝儀の様なものだと思ってくれ。でも、そう気負わなくていい。僕もこんな魔核を使って魔導剣を打てる機会は、もう二度とないだろうからね。本当にいい勉強になったよ」


 マニがそう言ってから、少し表情を暗くする。


「……ただ、不安なことがあってね。黒鉄クロガネ牙狼ファングも、僕が扱うには高級な代物ではあるのだけれど、ベルゼビュートの魔核と比べればとても釣り合っているとは言えないだろう。魔導器として扱いやすくはなっているはずだけれど……魔核の本来の力は、ただの一分も引き出せていないだろう、というのが実情だ」


 このことは、前にもマニから忠告を受けていた。

 そもそも前例のない魔核であるため、色々と手探りで探りながら進めていくしかないらしい。

 もしかしたら真っ当に使える様な代物にさえならないかもしれない、とも彼女は口にしていた。


「……製作者である僕にしても、とてもこの魔核に吊り合うだけの鍛冶師とは思えないからね。僕は【Lv:7】しかないから、錬成魔法アルケミーの威力も限られてくるんだ」


 鍛冶師であってもレベルは重要となる。

 鍛冶師は魔導槌を用いて錬成魔法アルケミーを発動することで金属の加工を行うことが常である。


 錬成魔法アルケミーは無生物に対してのみ作用する魔法であり、対象物の密度を上げ下げしたり、熱を持たせたり、融点・沸点を一時的に変化させたりと、様々な魔法があるらしい。


 俺は専門家ではないためよくはわからないが、強靭な金属を扱うためには、それを加工できるだけの高レベルの鍛冶師と、実力に見合った魔導槌が必要となるのだそうだ。


 マニの場合は、父親から継いだ魔導槌、《炎槌カグナ[D]》を用いている。

 放射魔法アタックで炎を生み出すことができ、錬成魔法アルケミーの熱操作を補助することで、低いレベルでも強引に高い魔法耐性を持つ金属を加工することができるらしい。

 ただし、代わりにその分複雑な魔法操作が増えるため、高い技量を必要とするそうだが。


『妾の器に見合った武器であるとは到底思えぬが……まぁ、そんなものを造ることのできるニンゲンはないであろうから、よしとしておいてやろう。しかし、長年生きて来た妾ではあったが、まさか己が魔導剣になるとは思ってもみんかったわ』


 机の方からベルゼビュートの思念が届く。

 顔を上げると、一本の剣が机の上へと置かれていた。

 柄には青く輝く水晶球、ベルゼビュートの魔核が埋め込まれている。


「お、おお……こ、これが、俺の魔導剣……」


 今まで《貧者の刃ポポ[F]》しか手に持ったことがなかった。

 しかし、今日からはこの剣が俺の新しい相棒となる。


「マ、マニ、触ってみていいか?」


『……それは、妾に訊いてもらえぬか?』


 ベルゼビュートの魔核が、苛立った様に濁った光を放つ。

 俺はマニとベルゼビュートの許可を無事に取り、魔導剣を手にして鞘から外した。

 黒鉄クロガネの黒い刃身が露になる。


 すらっと細長く、綺麗な刃であった。

 しかし、それでいて手にずっしりと来る重量感がある。

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