第十一話 魔導剣

 酒場、《大蝦蟇ロッガーの舌亭》を後にした俺は、ベルゼビュートの魔核を手に、マニの鍛冶屋へと戻って来ていた。


「早い戻りだったね、ディーン。椅子に座って待っておくれ、赤茶ティアを入れて来るよ」


 玄関で顔を合わせたマニは、店の奥へと戻ろうとする。

 俺はすぐさま頭を下げた。


「ど、どうしたんだい?」


「頼みがあるんだ。嫌だと思ったら断ってくれ。危険なことに巻き込むかもしれないし、俺の持ち合わせは少ないから、すぐには対価も用意できない……」


「何を……」


「このベルゼビュートの魔核で、魔導剣を打ってくれないか?」


 マニが、彼女特有の猫目を瞬かせた。


「そ、その魔核を材料に、剣を……?」


「あ、ああ」


 マニは目を見開いたまま、ベルゼビュートの魔核をじっと眺め、ゆっくりと腕を上げて指差した。


『何のつもりであるか、小娘。偉大なる大悪魔であるこの妾を指で差すなど、不敬であるとわからぬのか?』


「あ、いや……申し訳ない。その……そっちのベルゼビュートさんは納得しているのかな?」


『うむ。どうせ妾は、自分の力では身体も用意できない状態であるからな。今の状態ではただの喋る置物である。ならいっそのこと、魔導器にでもなった方がこの先面白そうであったからの』


 あっけらかんとベルゼビュートが言う。

 俺もベルゼビュートの方から提案されたときはびっくりした。


 確かにただの魔核は本来、人の魔法の発動を補佐するものではない。

 ベルゼビュート自身に自我が残っていたため、どうにか疑似的に魔導器の役割を再現してもらうことができた、というのが現状だ。

 ただ、魔導器としては不完全な状態なので、俺の補佐も十全には行えていなかったらしい。


 魔核と自我だけ残され、《デモルディ》による仮の身体を得ることだけが楽しみのベルゼビュートにとっては、合理的といえば合理的なのかもしれない。

 俺はそこまで割り切れる自信はないが、これも長い年月を生きて来た大悪魔の価値観なのだろうか。


 ただ、ここで問題があった。

 よほど信頼できる鍛冶屋でもない限り、ベルゼビュートの魔核を預けることはできない。

 周囲に言いふらされては困るし、そのまま持ち逃げされたり、軍の方へと持っていかれる可能性もある。


 逆に鍛冶の問題さえ突破することができれば、露呈する危険性は避けられる。

 他者の魔導器を《イム》の魔法で勝手に鑑定する行為や、知っている情報を第三者に広める行為は、冒険者の間では御法度とされているのだ。

 罰金刑がつくことも珍しくなく、最悪の場合は冒険者ギルドの名簿から抹消される。


 魔導器は冒険者の質自体を大きく左右するため、嫉妬や犯罪行為の対象となりやすい。

 恫喝に盗難、強盗と、揉め事が尽きないのだ。

 狩り仲間パーティー募集の際も、得意とする魔法の分野と本人のレベルを確認されるくらいである。


 王国中が知っているような高名な魔導器使いともなればさすがにその限りではないが、俺が意識する様なことではないだろう。

 

 それに……魔核は用意できているとして、他の材料費や作業費の全てをすぐに工面することは、俺には不可能だった。

 というより、魔導剣のない現状の俺では、それがどれだけ先のことになるのかもわからない。

 魔導剣さえ造ってもらえれば働いて返すことができるといっても、信用のない貧民街の運び屋の俺では、真っ当に取り合ってはもらえないだろう。

 恰好の悪い話だが、マニに縋る以外に《戦鼠の巣窟》での損失から立て直す策がどの道ないのだ。


 マニが顎に手を当てて思案する。


「……悪いけど、僕は下位の魔導器以外の鍛冶を行ったことがないんだ。魔導器の鍛冶の難度は、素材の価値に比例すると言われている。僕には、その魔核を扱い切るだけの力がないよ」


「いや、マニにしか頼めないんだ」


 俺はマニの言葉に対し、即座に切り返した。


 しかし、ベルゼビュートの魔核を扱ってまともな魔導器を打てる人間が、俺の手の届く範囲の鍛冶屋で、マニの他にいるとは到底思えない。


「ディーンが僕を頼ってくれるのは嬉しいけれど、現実的ではないね。鍛冶師の質を決める指標の一つとして、素材となった魔核と闘骨の性質をどこまで活かしきることができるか、といったものがあるんだ」


 マニが困った様に口にする。

 しかし、俺だってマニとは長い付き合いである。

 それくらいのことは俺も知っている。


 下位悪魔や下位魔獣ならともかく、中位以上となってくると、どの金属と親和性が高いのか、内部にどういった魔法陣を刻めばよいのかが難しくなってくる。

 そういった知識のある鍛冶師は、まず貧民街には住んでいない。

 人気の鍛冶師に頼む必要があり、鍛冶に掛かる費用も無論、跳ね上がることになる。


 マニ本人は自己評価が低く、自身では技量が及ばないと言っている。

 けれど、マニにはその知識があるはずだ。


 彼女は幼少の頃、父を経由して祖父である伝説の鍛冶師ガヴェンの知識を引き継いだのだという。

 マニはしっかりした性格で、当時、父も理解できていなかったことをメモに取り、その後に長い年月を掛けてその知識の理解に努めている。


「マニが生活費からどうにか金銭を用意して、古書堂や落物堂を巡って本を買い漁っては勉強していることは、俺が一番よく知っている。俺はマニに頼みたい」


 マニが呆気に取られた様に、小さな口を開けて俺の目を見る。


 貧民街の娘だと侮られており、中位以上の魔導器の作成依頼がマニへと出されることはない。

 だが、知識と熱意はそこいらの鍛冶師には絶対に負けていないはずだ。


「……どうしようかな。キミからは、随分と以前に貸した一万テミスもまだ返って来ていないんだけどね」


「うぐっ……」


 ……ギルバードの予備の魔導器の魔核を売って、俺の手持ちを足したとしても、闘骨を用意するのがせいぜいだろう。

 他の材料費に四万テミス、変わった魔導器の作成の手間として十万テミスは見るべきだ。


「ふふっ、冗談だよ。どうするつもりであっても、ディーンの選んだ道を応援する。そう言ったのは僕だからね。僕の鍛冶の技量に関しては買い被りの面が否めないけれど、そこまで言われちゃあ断れないしね」


「じゃ、じゃあ……!」


 マニが笑って頷いた。


「いいよ、ベルゼビュートの魔核を使った剣の作成、引き受けるよ。僕に任せてほしい。貸しは……そうだね、未来の英雄様に期待っていうことにしておくよ」


 マニが茶化した様にそう言う。


「……ただ、幻魔銅オレイカルコス幻魔銀ミスリル幻魔金ゴールグなんてものはウチにはないから、魔核の力は充分には引き出せないだろうと思う。魔核は作成時に雑に扱わなければ、外してまた別の魔導器の部品にもできる。とりあえずの、間に合わせのもの、くらいに考えてくれると気が楽でいいかな」


 幻魔銅オレイカルコス幻魔銀ミスリル幻魔金ゴールグは、三大魔金属と称される、高価な金属である。


 魔金属とは、オドの影響によって突然変異した、人類にとって価値のある金属のことを示す言葉である。

 深い地で長年眠っている間にその土地の持つオド、はたまた強力な魔獣の影響を受け、従来の金属が偶発的に変質したものが一般的である。

 これらを生み出すことの出来た錬金術師も歴史の中ではいたとされている。


 幻魔銅オレイカルコスは魔力を掻き乱す力を持ち、幻魔銀ミスリルは魔力を断ち切る力がある。


 幻魔金ゴールグにはその様な変わった特性はないが、人間が手にすることのできる物質の中で最も重く、魔力伝導率が高い。

 最も魔導器に適した物質であるとまでいわれている。

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