第十話 意地と夢
酒場、《
奥の席へと二人で座る。
「《
不気味なほどにテンションが高い。
だが、虚勢なのはわかりきっている。
「おお、酒が来たな。ああ、私が注ぐ。勿論だろう? では、我が親友の無事を祝福し、乾杯だ! ははは! どうだい、こんな大判振る舞い、食べたことがないだろう、ディーン君には!」
「いい加減、なんのつもりなのか口にしたらどうだ?」
ギルバードは前髪の毛先を摘む。
「……どうだい? 私なりに奮発してみた。これで、あの件は、チャラということにしてもらえないかな?」
「お前は、何を言ってるんだ?」
「運び屋に《デコイ》を掛けて逃げて来たなんて話が上がったら、この先まともに
「ふざけているのか?」
「私は大真面目だ。よかったじゃないか、拙い結果論ではあるが、皆無事じゃないか。もしもあのとき、私がディーン君に《デコイ》を掛けなければ、三人とも死んでいたんだ。
ギルバードは手の振りを付けながら、必死に俺へと弁舌を振るう。
「……お前、そんな理屈で俺が納得すると思ってるのか!」
「大人になろうよ、なぁ、ディーン君。いや、わかっている。納得しないと思ったから、この場を設けさせてもらった。私は、本当にその話を蒔かれるのは止めてほしいんだ」
「それはお前の勝手な事情だろ!」
「そうだね、私の勝手な事情だ。でも、ディーン君がどうしてもそうするというのならば、私は全力で否定し、別の在りもしない話を持ち出して君を否定するかもしれない。そうなると……ここにいられなくなるのは、果たしてどっちかな? 状況は不利だけど、影響力は私の方が遥かに上なんだ。マニちゃんだったかな? 彼女にも凄く迷惑が掛かるかもしれないね」
ギルバードが俺へと、引き攣った顔を向け、媚びとも見下しとも取れる、不快な笑いを向ける。
「お前……!」
「私は申し訳ないと思っているし、こんな手段は取りたくはない! だから、お互い大人になろうじゃないか。私は動揺していて、君が死んだと思い込んでいただけなんだ。それでいいじゃないか、誰も傷つかない。今後は変に値切らず、通常相場の値に近い値で固定
「…………」
俺は目を瞑り、気を落ち着かせた。
自分に必死に、これは仕方のないことだった、と言い聞かせる。
俺は殺されかけた。でも、結果的には皆生きている。
それでいいじゃないか。確かにギルバードの立場だと、ああせざるをえなかったのかもしれない。そうだ、そうなんだ。
「……わかった」
押し殺す様な声で俺は言った。
「ふ、ふふ、そうだ、弱い奴が悪いんだよ、運び屋が」
ギルバードの声が弛緩し、唇の隙間から小さな呟きが漏れる。
気が緩み、思わず漏れた言葉。本人もそれに気が付いてないようだった。
きっと、本音が出たのだろう。
ギルバードが俺に《デコイ》を掛けたときにも口にしていた言葉だ。
悔しかった。
しかし、それ以上に情けなかった。
俺に力がないから
自分を無理に騙したことにして、納得した振りをするしかない。
逆に自分や、親友のマニに対して脅しを掛けられる始末である。
「料理をお持ちいたしました」
店員の女が、《
いい匂いがする。匂いが、空腹の胃に染み込むようだった。
胃が空腹に駆られ、わずかに動いた様な感覚さえ味わった。
俺なんかじゃあ、とても買おうとさえ思えないような値の張る料理だ。
「どうだい? な、ディーン君! 君なんかじゃあ、自分でこんな料理を買おうとも思えないだろう? 美味しそうだろう? これは本当に美味しいんだ。私は魔迷宮でツイていることがあったとき、いつもモーガンの奴と来てこの料理と酒を頼む」
俺は机を叩き、立ち上がった。
「俺から、もうあの話はしない。だから、お前も一生俺に関わるな!」
俺はそう叫び、その場を後にした。
腸が煮えくり返りそうな想いだった。
それでも空腹に疼いた自身が憎い。
力がないというだけで、ここまで馬鹿にされなければいけないものなのだろうか?
夕日が差した道を歩く。
橙の雲が少し滲んで見えた。
俺は服の袖で目を拭った。
『だから妾は言ったであろう、ディーンよ。あんな男と関わっても、ロクなことにならんとな。しかし、せっかくであるから、あれくらい馳走になればよかったのに。あやつの言うことにさほど理があったとは無論思えぬが、もう少し大人になってもよかったのではないか?』
ベルゼビュートが思念を送ってくる。
わかっている。
俺が子供だったがために、いらない恥を掻くことになった。
料理だって無駄になった。
運び屋の安定した仕事の話だってなくなった。
もしかしたら、ギルバードから余計な恨みを買うことになったのかもしれない。
ちょっとしたプライドを通すために、多くのものを無駄にした。
わかっているが、どうにもならないんだ。
きっと何千年も生きて来たような悪魔には、人間の悩みなんて、ちっぽけすぎてわからないだろう。
「だけど、こんな小さなことでもどうにもならないのが人間なんだ」
『そうなのであろうな。しかし、そういうニンゲンの弱さは、妾は嫌いではないぞ』
「頼みがあるんだ、ベルゼビュート。俺は、本気で冒険者がやりたい。お前の力を貸してほしい」
『フフン、よかろう、ディーンよ。元々、貴様には《プチデモルディ》の上位魔法を覚えてもらわねば困るのでな。最初からもっと強い奴を捜すのもいいが、偶然とはいえ妾を拾ったのは貴様である。それに妾も貴様のことは嫌いではないぞ』
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