第九話 不快な再会

 少しマニの鍛冶屋で休息を取らせてもらった俺は、すぐに冒険者ギルドへと向かうことにした。

 ギルバードのせいで俺が死亡扱いにされているのだ。

 早く撤回しておかないと、手続きが厄介なことになりかねない。


 冒険者ギルドへの登録がない者は、魔迷宮への探索や、闘骨や魔核の売買に大きな制限が課されてしまう。

 登録が抹消されていれば、復活できるまではまともに冒険者としての活動ができなくなってしまう。


 登録料は月額の上にそれなりの額を取られるが、加盟していなければ違反した際にはかなり遡った期間の違反金が取られてしまう。

 おまけに同じ狩り仲間パーティーの者達にも同じ罰金が課されることになっている。


 冒険者ギルドの中へと入り、死亡報告を撤回する。

 職員の女は、俺が生きていたと聞いて『やれ、処理の面倒な奴が来た』という不機嫌そうな顔を浮かべ、隠そうともしなかった。


 運び屋の扱いなどそんなものである。

 少々不快だが、俺ももう慣れてしまった。

 怒りには繋がらなかった。


 手続きが終わり、さっさと帰ろうと踵を返したところ、すぐに見覚えのある奴が視界に入った。


 気取った羽帽子に、目立つ色のマント。

 俺を置き去りにしたばかりか、《デコイ》を掛けて行ったクソ野郎である。


「いや、あれは酷いものだった。薄々、魔獣の溜まり場モンスタープールがあるかもしれないかな、くらいには勘付いてたんだけど、まさか地下二階層であんな数の戦鼠ムースが溢れているなんて。私もモーガンも、逃げるのに必死だったさ」


 ちょうどギルバードが冒険者仲間へと《戦鼠の巣窟》での一件の話をしているところだった。

 怒りのあまり眩暈を覚えた。

 俺は目を瞑り、呼吸を整える。


『ディーン、あんな奴に関わってもあまりいいことはないと思うぞ』


 布で覆って懐に隠してあるベルゼビュートの魔核が、俺へとそう思念を投げかけて来る。

 しかし、俺は奴から目を離すことができなかった。


「……あの運び屋のガキは、死んじまったか。無理もないな、まともに戦鼠ムースとかちあっちゃ、あんなレベルの低い奴には逃げきれねぇよ。お前もよく連れて行ったな。あいつは冒険者に憧れていたみたいだったが、諦めさせた方が本人にとっちゃよかったと思うぜ。今更だがな」


 ギルバードの話を聞いていた赤髪の大男が、彼の落ち度を詰った。

 途端、ギルバードは機嫌悪そうに眼を細める。


「別に私が無理に連れて行ったわけじゃない。あいつがどうしてもというから、大事な荷物を任せたんだ。私ももっと真っ当な運び屋を雇いたかったさ。まったく、情にほだされてあんなのを雇うべきではないね」


 ギルバードはさも心外そうに言う。

 よくも言ってくれたものだ。

 いつもただでさえ低い相場から、嬉々として値切ってくれたくせに。


「ただ、誤解されるのもなんだから言っておこう。私は戦鼠(ムース)の群れに襲われたときも、ぎりぎりまではあいつを庇いながら動いていたんだ。しかし、奴は錯乱していて言うことをまるで聞いてくれなくてね。結局はそれのせいで駄目だったのさ」


 俺はギルバードの背へと歩く。

 赤髪の大男が俺に気が付き、おや、と顔を上げる。


「どうしたんだガゼル?」


 ギルバードが赤髪の大男へと問い、彼の視線を追う様に俺へと振り返った。


「よく言ってくれたな、ギルバード。危うく、お前に殺されるところだったよ」


 俺は周囲に聞かせるため、わざと大きな声で言った。

 ギルバードは俺を見ると、間抜けに大口を開けてその場を後ずさった。


「な、な、な……! なんでここにいる! そんな、どうやって……!」


「偶然、小さな急斜面のトンネルを見つけてな。そこからは戦鼠ムースと死に物狂いでかくれんぼして、どうにか這い上がってきたよ」


「あ、え、え、えっと……その……」


 ギルバードが小刻みに唇を震えさせながら、周囲へと目線を移す。


「どうにも話が変わってるみたいだな? お前は俺に《デコイ》を掛けてとっとと走って出て行ったんだから、俺の死体なんて確認してな……」


 ギルバードの目から大粒の涙が溢れ出し、俺の肩を強く抱いた。


「よくぞ、よくぞ生きて戻って来てくれたディーン君! ああ、今日ほど素晴らしい日はない! 皆、聞いてくれ! ディーン君が、ディーン君が生きて戻ってきてくれたんだ!」


 俺はギルバードの異様な行動に呆気を取られ、思考が止まってしまった。

 すぐに首を振り、状況を冷静に考え直す。


「お前、この期に及んで誤魔化そうなんて見苦し……」


「わかっている! 君の言いたいことは、全部わかっている! ああ、素晴らしい、なんて素晴らしいんだ! ディーン君、夕食はまだかな? 今日は私の奢りだ! 二人で飲もうじゃないか!」


 強引にギルバードに引かれ、冒険者ギルドを出て、近くの酒場へと向かうこととなった。

 レベル差があるため、抵抗しても振り解くことのできる気がしなかった。

 それに人目のあるところだ。

 下手なことはしないだろうと考え、ついていくことにした。

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