3-①

 目が覚めたときには、およそ二時間が過ぎていた。結局、体育だけでなくその次の数学の時間も、美緑は保健室で過ごしたことになる。

 誰かにノートを写させてもらわなくては……。まだボヤっとする頭で、美緑はそんなことを思った。

 放課後を告げるチャイムが響く。あともう少し休んだら教室に戻ろう。

 寝起きだからかもしれないが、全体的に体がだるい。思ったより無理をしていたことが発覚した。

 もし体育の授業に出ていたら、倒れていたかもしれなかった。余計に迷惑をかけてしまうことになる。美緑は反省した。

 そして、それを防いでくれた優弥には感謝していた。

 でも、どうしてわざわざ忠告してくれたのだろう。事務的な会話を除けば、優弥とは話すこと自体が久しぶりだった。

 毎日のように遊んでいた小学生のときに比べると、優弥とは疎遠そえんになっていた。それどころか、避けられていたようにさえ思う。

 偶然登校の時間が一緒になったときだって、ちょっとしたあいさつくらいは交わすけど、優弥は美緑に構うことなく、先に歩いていってしまう。

 それに、かなり無理やり美緑を保健室に引っ張ってきたことも疑問に思った。

 優弥につかまれた手首に視線を落とす。優弥の手の感触がよみがえってきて、顔が熱を帯びた。

 たしかに体調は悪かったけれど、そこまで表には出していなかったはずだ。明らかにつらそうな様子だったら、無理するな、とか、休んでろ、くらいは言うかもしれないけど……。

 中学に上がってからの二人の関係と、今日の優弥の態度が、なかなか結びつかなくて不思議な感じ。

 そんなことを考えていると、当の本人が現れた。

 優弥はスライド式の扉を半分くらい開けて、首だけ入室する。保健室の中を見回して、美緑と養護教諭以外に人がいないことを確認してから、こちらに歩いてきた。

「大丈夫か?」

「うん」

 どさり、と通学用の鞄が二つ、ベッドの上に置かれる。そのうちの一つには、美緑のお気に入りのゆるキャラのキーホルダーがついていた。優弥は、美緑の鞄も一緒に持ってきてくれたようだった。

「歩けそうか?」

 保健室に美緑を連れてきたときとは違い、優弥はきちんと目を合わせて聞いてきた。

「たぶん」

「ん。鞄は俺が持つ。じゃあ行くか」

「え……ああ。ありがと」

 どうやら、優弥が送ってくれるようだ。そのことに数秒間気づかなかった。

 家が隣だし、優弥にとっては当然と言えば当然かもしれないけれど、距離が遠ざかっていた日々のせいで何だか恥ずかしい。

「あ、そうだ。教室からそのまま持ってきたけど、鞄に入ってるやつ以外で、何か持って帰るもんあったら言えよ。俺が取ってくる」

「ううん。大丈夫」

 ぶっきらぼうな口調で、優しい言葉をかけてくる優弥がなんだかおかしくて、美緑は少し笑ってしまった。

「何で笑ってんだよ」

 怪訝けげんそうな顔で優弥が言う。

「何でもない。ほら、行こ」

「ああ」

 美緑はベッドから立ち上がった。

「もう大丈夫なの?」

 デスクで書類を眺めていた養護教諭が言った。

「はい。先生、ありがとうございました」

 美緑は彼女に頭を下げる。

「はーい。気をつけてね」

 養護教諭は、笑顔で送り出してくれた。

 若いっていいわね。そんな呟きを背後に聞きながら、美緑は二人分の鞄を持った優弥と保健室を出た。

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