3-②

 下駄箱げたばこで靴を履き替え、昇降口しょうこうぐちを降りる。

 外は風が少し冷たくて、冬が近づいてきているのを感じた。

「何か、久しぶりだね。こうやって二人で歩くの」

 体調はまだ万全とはいかないが、かなり楽になっていた。

「ああ」

 校門を通って、いつもと変わらない通学路を、優弥と二人で並んで歩く。終業時間から少し経っているが、他の生徒もちらほら目に入る。気恥ずかしさと懐かしさと安心感が、三、三、四くらいの割合。

 黙っているのも何となく気まずいので、美緑は切り出した。

「優弥は志望校、もう決めた?」

 美緑たちは中学三年生で、数カ月後には受験だ。

「んー、候補はいくつかあるけど、まだ迷ってて……。一応、第一志望は春宮はるみやってことになってる。……柳葉は?」

 聞くか聞かないかを逡巡しゅんじゅんしたような間を空けて、優弥が尋ねた。

「私も春宮かなー」

 県立春宮高校。自由な校風で、イベントが多い。美緑たちの通う中学校から一番近い高校だった。偏差値へんさちはそこそこ高いけど、このまま順調にいけば美緑は問題なく受かるだろう。

「そっか。じゃあ俺も春宮目指して頑張るかな。偏差値足りないけど」

 今のは、何に対しての『じゃあ』なのだろうか。美緑は疑問に思ったが、そのまま会話を続けた。

「優弥ならきっと大丈夫でしょ」

 美緑は、優弥が意外と努力家だということを知っていた。人が見ていないところで頑張っている優弥の姿を、美緑は小さい頃から見てきた。

 幼稚園のとき、お遊戯会ゆうぎかいの劇の練習をしている様子が、隣の美緑の家まで聞こえてきた。小学校の帰り道、九九くくのプリントを見ながら必死に覚えていた。

「んなことはねえよ。この間の英語のテスト、過去最低を更新したんだぞ」

「でもさ、数学とか理科とかはいつも上の方にいるじゃん」

 定期テストのたびに廊下に貼り出される順位表では、総合と各科目の上位三十人までが掲載される。その中でたまに、優弥の名前を見るのだ。

「よく見てんな」

「ん、まあね」

 優弥の名前だから覚えてた、なんて言ったら、どんな反応をするのか気になったけれど、口には出さない。

 そこからは様々な話題が出た。厳しい教師に対する愚痴や、共通の知り合いの話をしながら、二人はゆっくり歩いた。

 毎日通る帰り道は見慣れているはずなのに、なぜか今日は新鮮な気持ちだった。体調のせいだろうか。それとも、優弥が隣にいるからだろうか。

「ほら、じゃあこれ」

 家の前まで来ると、優弥が美緑の鞄を渡してくる。

「ありがと」

 美緑はそれを受け取って礼を述べた。

「おう、早く治せよ」

 優弥が自宅に入るのを見届けてから、美緑も玄関げんかんをくぐった。


 その日以来、優弥との距離が近くなったように思う。昔のように頻繁ひんぱんに話したりするわけではないけれど、休み時間に廊下で会ってちょこっと話したり、家を出るタイミングが同時になったとき、そのまま並んで登校したりもした。

「美緑、最近黒滝と仲良いよね。付き合ってんの?」なんてクラスメイトから聞かれたりもしたけど「別に。そんなんじゃないよ」とテンプレの返答をしておいた。内心はかなりあせっていたが、何気ない口調で答えられていただろうか。

 実際、そんなんじゃなかったし、質問をされたのはそのときの一度きりで、特に冷やかされたりなどもなかった。

 みんな受験勉強でいっぱいいっぱいで、他人の色恋沙汰いろこいざたに首を突っ込んでいるひまなどなかったのかもしれない。いや、別に色恋沙汰じゃないけど。

 美緑にとって優弥は、ただ単に家が隣の仲の良い男子だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 疎遠になっていたのは、お互い異性と仲良くすることを恥ずかしく思っていたからで、最近また話すようになったのは、そういう時期が終わったから。ただ、それだけのことだ。

 ただ、それだけ。

 美緑は自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返した。

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