二人は無言のまま、保健室の前までやってきた。優弥はやっとそこで美緑の手を解放した。

 美緑は、今まで優弥が握っていた部分を、顔を動かさず目だけで見た。少し赤くなっていて、触れるとほんのり温かさを感じた。

 優弥は、躊躇ためらいなく保健室の扉をノックすると「失礼します」と言って入室した。

「あら、どうしたの」

 保健室の中では、ふくよかな養護教諭ようごきょうゆが机に座って何か作業をしていた。

 美緑はあまり保健室の世話になったことがないので、その教諭を見るのは久しぶりだった。初めて見たとき、柔らかそうな人だと感じたことを思い出す。

「すみません。この人、体調が悪いみたいなんで、休ませといてください」

 美緑がボーっとしていたからか、優弥が代わりに説明してくれた。

「はい、わかりました。ありがとね」

 養護の先生が安心感百パーセントの笑顔で答える。

 表情だけでなく、存在そのものから優しさがあふれ出していて、この保健室を満たしている。そんなイメージがあった。

 そういえば、小学校のときも保健室の先生って、すごく優しい人だったなぁ。養護教諭には、生徒を安心させる表情の試験でもあるのだろうか。

 美緑はそんなことを考えながら、白衣を着た養護教諭にうながされるまま、ベッドに腰かけた。

「はい。じゃあ、これ」

 養護教諭が体温計を渡してくる。

 体温を計りながら、保健室の中を見渡す。どうやら、美緑以外に生徒はいないみたいだった。

 優弥にお礼を言わなくては……。そう思って入り口の方を見たのだが、優弥はすでにいなくなっていた。

 じっと、体温計が鳴るのを待つ。

 現実感がなくて、夢の中にいるみたいだった。保健室という特殊とくしゅな環境や体調不良のせいかもしれないし、優弥に手首を握られたからかもしれない。

 ピピピ、という音で我に返り、脇から体温計を取り出す。三十七度六分。小さなモニターにはそう表示されていた。

 ああ、結構高いな。朝よりちょっと上がってるし。

 美緑は自分の体の温度に対して、他人事ひとごとのような感想を抱いた。

「あらら。ちょっと熱があるじゃない。こういうときは無理しちゃダメよ」

 美緑の手元をのぞき込んだ養護教諭が、ゆったりした口調で言う。

「すみません」

 美緑はうつむいて小さな声で言った。

あやまらなくていいの。もし寝れるようだったら寝ておきなね」

 そう言った養護教諭の笑顔は、とても自然で優しかった。

 一度ベッドに横になると、自覚していなかった気だるさが全身を襲う。

 保健室独特の消毒液の匂いを感じながら、美緑は意識を手放した。

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