第二章 ただ、それだけのことだ。
1
中学三年生の
何かあったのだろうか……。
悩みの種は同級生の男子、
美緑と優弥は、物心がついたときにはすでにお互いのことをよく知っていた。家が隣同士で、一緒の学年。小学生の頃は同じ登校班で、毎朝一緒に学校に通っていた。
親同士も仲が良く、どちらかの家で一緒にご飯を食べたり、少し遠くに出かけたりするなど、家族ぐるみで交流があった。
子どもの頃の美緑は、大人になったら優弥と結婚するものと信じて疑わなかった。わざわざ口に出しはしなかったが、それが当然のことだと思っていたし、優弥も同じように思っているものと考えていた。
けれども、世間一般の男女がそうなるように、学年が上がるにつれて、優弥は美緑と距離を置くようになった。美緑の方も、遠ざかった距離を埋めようと優弥に近づくようなことはなく、女子の友達が増えていった。
ライクの好きとラブの好きの区別もつくようになると、優弥と結婚するのだというようなことも、いつの間にか考えなくなっていった。今にしてみれば、何てバカなことを考えていたのだろうと思う。
小学校の低学年の頃は、よくお互いの家を行き来していたのに、
しかし一週間ほど前、中学三年生になった二人の間に変化があった。
それは、空気が冷たくなり始める十月のある日のことだった。
美緑は三年生になってから、昼休みは図書室で過ごすのが日課になっていた。
その日もいつものように、図書室で本を読んでいた。静かな空間は
時計を見ると、昼休みが終わろうとしていた。
美緑は読んでいた文庫本を鞄にしまい、図書室を後にする。
五時間目は体育の授業だ。体育祭が近く、今日もその練習だった。
美緑は運動があまり得意ではなかったが、イベントは好きだった。中学生最後の体育祭を楽しみにしていた。
体操着に着替えるために更衣室へ向かう。
「柳葉」
振り返って「ん?」と首を
いつからか、優弥は美緑のことを
「体育の授業、出るのか?」
質問の意図が、よくわからなかった。
「うん。出るけど……何で?」
体育の授業は隣の優弥のクラスと合同で行われる。そのため、次の授業が二人とも体育であることを、優弥も当然知っているはずだ。
優弥は、一瞬だけ目を合わせたかと思えばすぐに逸らして、ためらいがちに口を開いた。
「……体調、悪そうだけど大丈夫か?」
小学生のときの甲高さが
「えっ、どうして……」
たしかに今日、美緑は熱があった。が、そこまで高熱でもなかったし、少し無理すればどうにかなると思っていたため、体育の授業は最初から出るつもりでいた。
それに今日は、三年生女子全員が出場する
「……見りゃわかるよ」
優弥はそう言ったが、仲の良い女子ですら、美緑のちょっとした不調を察知した様子はなかった。優弥が気づいたのは、きっと小学校からの付き合いだからで、他に理由なんてないのだろう。
つまるところ優弥は、体調が悪いにもかかわらず体育の授業に出ようとしている美緑を心配して、こうして声をかけてくれたということになる。
「でも……」
頑張れば四十分ちょっと運動するくらい、きっと大丈夫だ。私が休んでしまったら、みんなに迷惑をかけてしまう。優弥が気遣ってくれるのは嬉しかったけど、美緑は素直に授業を休もうとしなかった。
はぁ、と
「他人のことを考えるのはいいけど、もうちょっと自分のことも大事にしろよ。ほら、保健室行くぞ。体育の先生には俺が言っとくから」
優弥は、美緑の言おうとしていることを先読みしていた。
美緑の手首をつかんで歩き出す。
最後に優弥と手をつないだのはいつだったろうか。小学校の低学年だったはずだが、具体的な日付は覚えていない。そのときはまだ、手をつなぐという
授業が始まる直前。
いつの間にか男の子らしく大きくなっていた優弥の右手が、美緑の左手首を覆っている。彼の手には力が入っているようで、少し痛かった。
美緑がそのことを言えば、優弥はたぶん手を離してくれる。けれど、美緑は言わなかった。なぜかはわからないけど、このままつかんでいてほしかった。
寝ぐせがついた後頭部と、昔に比べて大きくなった背中を視界に入れながら、美緑はそう思った理由を考えていた。しかし答えは出ない。心臓の
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