5-①


 ――さて、そろそろ冷静になってもらえたか。

「なれるかっ!」

 ――まあ、とりあえず話だけでも聞いてくれ。

 営業マンみたいなことを言って、胡散臭い猫は話し出した。

 俺は数分間、黒猫の話を聞いた。

 まず結論から言うと、この世界にはたくさんの神様が存在する。

 神様を信じていない人間なんて大勢いるし、俺もその中の一人だった。ついさっきまでは。

 そして神様は、多種多様な動物としてこの世界に紛れているという。猫以外にも、犬やハムスター、ペンギンや金魚など。人間と接点のある動物が多いらしい。

 テレビや雑誌で取り上げられている怪奇現象の一部は、いたずら好きの神様の仕業。宗教などで「神の声が聞こえる」なんて言ってる人間のうち、一割弱は本当に神とのつながりを持っている。

「んなこと信じられるか⁉」

 話を聞き終えた俺の第一声はそれだった。しかし実のところ、半信半疑、いや、七信三疑くらいか。

 実際に、謎の声が頭の中に響いてくるのだから、信じないわけにもいかない。

 それに痛めた足首が治っていたことも、常識から大きく外れた何かの影響でもない限り説明がつかない。

 神様が車にはねられそうになるかよ! というツッコミはこの際置いておいて、本当に神様が存在するのか、今いる世界が夢の中なのか、精神がおかしくなってしまったかのどれかだった。

 夢にしては景色ははっきりと見えるし、精神も正常だと自分では認識している。

 故に、この黒猫は本当に神様であるという結論に達するわけだ。不本意ながら。

 それでもやはり、にわかには信じられない。懐疑的な視線を送っていると、黒猫は言った。

 ――さて、貴様に力をやろう。

「力?」

 ――ああ。神が人間に助けてもらったときには、謝礼として神の持つ力を渡すことが慣例になっている。人間も神に何かを頼むとき、お供え物をするだろう。それと一緒だ。

「へぇ」

 単純な男子中学生の俺は、力という響きに少し惹かれてしまった。

「で、どんな力をもらえるんだ? 歯磨はみがを最後まで絞り出せる力? それとも、割りばしを綺麗に割れる力?」

 ――ふっ。そんなちゃちなものではない。

 神様は俺の冗談めかした発言を一蹴して。

 ――時間を巻き戻す力だ。

 そう言った。

「そんなもの、あるわけないだろ」

 ――なぜそう言い切れる。

「常識的に考えてだよ。まあ、お前とこうやって会話ができちまってる時点で常識も何もないけどさ。それに、百歩譲ってお前が神で、千歩譲ってそんな力を持ってたとしたら、さっき使ってればよかったじゃねえか」

 ――あっ……。

 人間のくせになかなかやるではないか。黒猫の顔には、そう書いてあった。

「……」

 ――それはだな、貴様を試すためだ。そもそも力など使わずとも、疾風しっぷうのごときワタシの瞬発力があれば、あんなのろまな車など余裕で避けられた……はず……だ。

 漫画だったら確実に、黒猫の額には冷や汗が流れているだろう。

「俺にはお前が驚いて固まってるように見えたけど」

 ――何だと⁉ 証拠はあるのか⁉

 シャー、と威嚇しながら、猫は俺の脳内に怒ったような声を響かせた。

「ってかさ、気高い口調で話してるけど、お前結構ドジっ子だろ。車にひかれそうになったり、自分の力を忘れてたり……」

 ――なっなっななな何を言う! ワタシは正真正銘、気高い神様だ! バカにするのもたいがいにしろっ!

 気高い神は自分で気高いって言わないと思う。

 俺はいつの間にか、自然に神様の存在を認めてしまっていた。うっすらと抱いていた恐怖も、どこかへ行ってしまっていた。

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