第一章 彼女がいない世界なんて、俺にとっては何の意味もないのだから。



 中学のときから好きだった、初恋の人と結婚して三年。

 今でもたまに、俺が生きているこの世界は、実は夢なんじゃないかと怖くなる。

 目が覚めたら、彼女のいない現実が待ち受けているかもしれない。

 彼女の姿は俺の妄想で、本当は実在していないのかもしれない。

 そんなふうに疑ってしまうほどに、現実味がない浮ついた日々だった。自分でもバカげていると思うけど。

 でも、彼女とこうして夫婦になれるということは、俺の中でそのくらい奇跡的なことなのだ。

 それ以上でも以下でもなく、俺はただ幸せだった。

そして、この幸せがいつまでも続けばいいと、心から願っていた。


 俺が柳葉やなぎば美緑みのりのことを好きになったのは、中学生のときだった。

 小学校から中学校へ進学して数カ月が経つと、いつの間にか、教室は恋の話で満たされていた。

 誰が誰のことを好きだとか、このクラスの女子だったら誰が一番可愛いかとか、そんな話をよく耳にするようになった。

 この前まで、人気のアニメや発売したばかりのゲームの話をしていた同級生までもが、恋の話をするようになっていた。

 あまりにも自然に移り変わるものだから、好きなアニメやゲームの話と恋の話は、きっとグラデーションに彩られてつながっているのだろうと思ったりもした。

 俺もクラスメイトに、好きな人いる? とか、このクラスの女子だったら誰がいい? なんて中学生にありがちな質問を投げかけられたことはあった。けれどそういった質問に、俺はきちんと答えられず、曖昧あいまいにはぐらかしていた。

 恋愛に興味がなかったわけではないけれど、誰かを好きになるとか、恋人ができるとか、そういう類のことは、俺にとってはずっと先の話だと思っていたからだ。


 しかし、初恋は突然やってくる。

 俺の初恋の相手――柳葉美緑は、至って普通の女子だった。

 勉強はそれなりにできる。運動はちょっと苦手。クラスではあまり目立つ方ではないけれど、友達はそこそこ多い。他人と話すときはいつも笑顔で、先生にも好かれているようだった。

 気がつくと、俺は彼女のことを目で追うようになっていた。彼女の笑顔やしぐさに、胸の奥が温かくなる。その感情が恋だと自覚するまでに、数ヶ月を要した。

 しかし、初めての感情を前に、俺はどうしていいかわからなかった。距離を縮めようにも、なかなか自分から話しかけることができない。誰かに相談するのも恥ずかしい。けれど言い訳させてもらうと、男子中学生なんて、みんなそんなものだと思う。


 何一つ進展のない初恋を引きずったまま、俺は高校生になった。

 志望校で迷っていたときに、美緑の第一志望が、俺の志望校の選択肢のうちの一つだと知った。そこからは志望校を一つに絞って勉強した。今思い返しても不純な動機だったと思う。このことはまだ本人にも言っていない。

 高校生になって、俺は美緑と仲良くなることに成功した。同じ中学校だったという事実を理由に、積極的にアプローチしたのだ。

 休み時間に話したり、一緒に下校するときに寄り道したり、デートらしきものも何回かした。

 二年生になるタイミングで、俺は勇気を出して告白した。

「好きです」

 たった四文字。その四文字を言葉にするだけなのに、心臓が爆発しそうだった。あの感覚は、今でも昨日のことのように覚えている。

 美緑の方も、俺のことが気になっていたそうだ。そのことを聞いたときには驚いた。そして、それ以上に嬉しかった。

 世界が変わったような気がした。

 大学では遠距離にもなったし、小さな喧嘩もたくさんあったけれど、おおむね順調に交際を続けた俺たちは、三年前に結婚した。

「俺が、美緑のことを幸せにします。結婚してください」

 そんな、何の変哲もないプロポーズをした俺に、美緑は、

「うん。二人で幸せになろうね」

 そう返してくれた。

 仮にもう一度人生があったとしても、俺は美緑に恋をする。

 これは予想でも願望でもなく、強い確信だった。

 そして美緑の方も、俺と同じように思ってくれているのだとしたら、これほど素晴らしいことはない。

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