最終話 蒼雷は紅落の空に堕ちる

H市 ビル 屋上

誰が流した涙なのか、止むこともなく、強くなっていく雨脚。

濡れる二人と滲む傷跡。

痛みだけが、悲しみだけが増していく二人の戦い。

それももう終わりを迎えんとしていた。


スコープの中心に奴を捉えた。

左手の人差し指はもう引き金にかけられている。

あとはもうそれを引くだけ。

そうすれば、そうすれば――――

全てが終わると信じて……!!


そんな思いと共に黒鉄は引き金を引かんとした。

瞬間、稲本は鉄壁を空中で創り出し防御の体制をとった。

だがそれも無駄だ。

彼は、いかなる防御さえも打ち破る『バリアクラッカー』を放たんとしていた。

如何に稲本が防御を固めようとそれは無意味。

回避ができなければ勝ちは決まっている。

つまり、チェックメイトだった。

「サヨナラだ……相棒……!!」

放つ弾丸、轟音と共に弾丸が螺旋を描きながら放たれる。


弾丸が激音と共に鉄板に打ち当たる。

瞬間、雷を纏いし弾丸により鉄壁はヒビ割れ、一気に砕け散る。

この間はわずか1秒にも満たない。

そして次の瞬間には壁の向こうで何かが弾け飛んだ。

黒い、『13』の制服の切れ端だけが舞い散った……


そう、切れ端だけだった。

「っ……!?奴は!?」

飛び散らぬ肉片、それは即ち稲本がまだ生きているという証。

「ここだよ…黒鉄…!!!!」

瞬間、両腕を大火傷した彼の姿がそこにはあった。

そう、彼は鉄壁目掛けて一気に爆発を起こした。

それにより体は急降下。

即座に姿を消すと共に飛び上がり、蒼也の背後を捉えたのだ。


「なっ…!?」

「喰らい…やがれえええええ!!!!」

叩き込まれる稲本の渾身の蹴り。

黒鉄は一気に地面へと叩きつけられ身体が跳ねた。


「まだ……終われねえんだよおおおおおお!!!!!」

侵蝕値はもう限界だ。だがもう構わない。

化け物になろうとも、全てを失っても構わない。

そんな想いと共に彼は最後の一発を放たんとする。

「させるかああああああ!!!!」

叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

今度は怒りでも憎しみでもない。

ただ友を止めるため、それだけの為に一歩踏み出した。



鮮血が舞った。

切り上げられた腕が宙を描きながら、弧を描きながら真っ赤な血を雨のように舞き散らした。

「ぐあああああああっ!!!!」

黒鉄蒼也は痛みと共に左手で無くなった右腕を押さえるしかなかった。


「この馬鹿野郎が…!!」

稲本は血に濡れた刀を投げ捨て、蒼也の右手を止血した。

「な、何の真似だ…!!」

「生きろって事だよ……。お前は、名も無き怪物のヌルじゃなく、黒鉄蒼也として生きろって言ってんだよ……!!俺も、楓も……!!」

蒼也は俯く。

答えもしない。

それでも、その目に涙が浮かんでいるのは一目瞭然だった。


「お前は…UGNが憎いと言ったな。」

「ああ…」

蒼也は静かに答える。彼にはもう抵抗の意思はない。

「UGNに楓を殺されて、だから憎いと…」

「ああ…」

「だったらお前は彼女を愛してたんだよ。感情を知らないとは言っていても、憎しみよりも先に愛情をお前は知ってたんだよ……」

「お前に言われなくても、そんなこと……」

分かっていた。

けれども認められなかった。

彼女を愛したのが、人殺しの自分であるという事実を。

それでも、今なら静かにそれを受けいることができた。


「火、くれないか?」

蒼也は左手でタバコを取り出し口に咥える。

「火…つったってこの雨じゃ…」

「そうだな。きっとあいつが吸うな…って言ってるんだろうな…」

彼は空を見上げる。

今まで悲しげに降っていたその雨も、今は優しい物へと変わっていた。

そんな雨に対し黒鉄もどこか笑っているような様子であった……


「……お前には伝えなければならないことがある。あの日、あのテロの日にそう言った人がいた。」

黒鉄蒼也は口を開く。

「どういう……!?」

「俺はその人から全てを告げられた。13の姿を、そしてあの事件の全てを。」

「それは一体誰なんだ…!!」

稲本は黒鉄に掴みかかり問いたださんとした。


その時、1機のヘリが二人のもとに現れる。

「ヌル!!今日のところは撤退だ!!」

叫ぶ狼王ロボ。黒鉄はヘリに向けて歩き出す。

「答えろ…蒼也!!」

稲本の叫びに黒鉄は振り返り、ただ一人の名を口ずさんだ。

「―――――――――」

――思考が止まる。真っ白になる。

何もかもが頭の中で崩れるようで、全てを失ってしまうような感覚にとらわれそうで。

そんな思考で彼は見送る。かつての友が去っていく、その姿を。


ヘリは彼を乗せるとすぐさま飛び去り、曇天の中へと消えていった。

「無事かい!!作一!!」

その時、彼の元へと駆けつけたのは彼の師の陣内劔だった。

「先…生……」

陣内は稲本の様子を案じたのか、優しく彼の目を見つめた。

「彼は、黒鉄蒼也は去ってしまったのかい…?」

「はい……。俺が未熟だったせいで、奴にはトドメをさせず逃げられてしまいました……。」

「生きて撃退しただけでも上出来だ。まずは帰って、休むとしようか。」

「……はい。」

彼は陣内の背を追いそのままついていく。


だが、この時彼の頭の中では黒鉄の言葉が、

『俺に教えてくれたのは、"先生"だ。』

何もかも信じられなくなるその一言が、頭の中で何度も何度も繰り返されていた……



ヘリ内部

「そうか、右腕をやられたか……。」

「攻め切ることもできなかったのは俺の失態です。如何なる処罰も……」

彼が皆に頭を下げるとロボは彼の頭を撫でた。

「まずは義手の手術だな。ったく、面倒な仕事を作りやがってよ。」

ロボは面倒くさそうに、だが心なしか優しい声色で彼に応えた。

「それと、次から隊長はお前だ。いいな?」

「っ…!!しかし!!」

彼が抗議の声を上げようとした時、皆が遮るように応えた。

「お前の戦局分析は的確だった。これからもよろしく頼むぜ!!」

「指示してくれた狙撃、とてもやりやすかったですよ。」

「……私はまだ貴方を認めたわけではないです。それでも、信用に足ると判断したまでです。よろしくお願いしますよ、隊長。」

皆が彼を認めていた。

そして彼女からも右手が差し出されていた。

「すまない、今は右手はないが期待に応えるようにするよ。」

黒鉄蒼也も皆に応えるように左手を差した。


この時の彼の目にはまだ復讐の炎は宿っていた。

だがそれに支配などはされていなかった。

その炎は、決意の灯火となり今彼の未来を照らしていた……



虚無から歩んだ二人の決着は今、ここに付けられたのだった……


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