第10話 零と虚

H市支部付近

連なるビルの屋根を跳躍し、一直線に駆け抜ける一人の少年。

「何で…何でお前がそこにいるんだよ……。"黒鉄"ッ!!!!」

彼は叫ぶと共に三度飛来する弾丸を一閃の元に切り裂いた。

それが答えと言わんばかりに再度放たれる銃弾。

稲本には到底理解ができなかった。

何故こうも殺せるのか、かつての仲間たちを殺せるのか。

そして、楓の想いをそうも捨てられるのか。


雑念はありながらもその脚は、腕は止まることなく二人の距離を徐々に徐々に縮めていった。



「レッドバレット。お前は場所を変えてカマイタチとベルセルクの援護に回れ。」

彼は左手の引き金を引くと同時に右手のスライドレバーで薬莢を取り除く。

『まさか、あの男を引きつけるとか……』

「そのまさかだ。あのバカはこちらの場所さえ特定すればアンチマテリアルライフルの弾丸にさえも反応するんだぞ。そんなバケモノと戦いたいか?」

『……いえ、了解しました。』

レッドバレットのセミオートライフルの弾速が時速3000km/h、それに対してヌルのアンチマテリアルライフルの弾速が3600km/h。

そのアンチマテリアルライフルにすら反応する男に弾丸を当てられるわけがない。

彼もそう思ったのか狙撃ポイントを変える事を快諾した。

「さて、ここまで来たのならここからはコイツを使うとしようか…」

彼はそう呟くと立ち上がり、ボルトアクションライフルに持ち替え、再度引き金を引いた。



稲本は幾度となく放たれる狙撃弾を切り落とすがその度に刃は崩れ、刀を作り直す度に侵食率は上がっていく。

「そうそう当たらねえよ…!!」

軽くなった弾丸、砕け散る刃。

だが次の瞬間、彼の足下で閃光と爆音が瞬いた。

「スタングレネード……ブービートラップか…!!」

ブービートラップ、それは本来油断した兵に作用するもの。

このブービートラップは一瞬でも油断した稲本に向けて仕込まれた物だった。

間髪入れずに叩き込まれたアンチマテリアルライフルの弾丸、稲本は厚さ100mmの鉄の壁で弾丸を受け止めた。


だが同時に足も止まる。

そして放たれるマシンガンの弾丸。

「徐々に徐々に削り倒してく算段か…」

彼は自らの作り出した壁でカバーリングするが、徹甲弾によりそれも薄くなっていく。

「このまま足止め喰らえばアンチマテリアルライフルで壁ごと撃ち抜かれて終わりって感じだろうな…!!」

彼は一気に飛び出す。

だがその瞬間撃ち抜かれ、その四肢は弾け飛んだ。



スコープの先でかつての相棒の四肢がバラバラになる様をしっかりと見届けた。

「生き急ぎたな……。全く、バカな奴だよ。」

彼がスコープから目を離し狙撃ポイントを変えようとしたその時だった。

「くっ…!?」

突如飛来する3本のナイフ。

咄嗟に二丁拳銃でそれを撃ち落そうとした。

だがそれは、彼が引き金を引く前に閃光と爆音を撒き散らしながら弾け飛んだ。

「スタングレネードか…!!」

黒鉄は咄嗟に片手をナイフに持ち替え、敵の接近を警戒する。

「バカはどっちだ……!!」

「チィッ!!」

そして朧げな視界と聴覚に突如現れた一つの影。

「喰らえええッッッ!!!!」

「ぐっ……!!!!」

稲本の居合をナイフで受け止める。

だがやはりその重みは彼の腕に大きくのし掛かったのだ。


そして対峙する二人。

「壁から出したのはダミーの身体って訳か……。モルフェウスなら命を作ることはできなくとも人の組成に似たものは作れるだろうからな。」

「そんな事はどうでもいい……。なんでお前がそこにいるんだよ…!!なんでお前がFHにいるんだよ……!!」

稲本の問いかけに彼は銃を向け、顔を歪めながら口を開く。

「憎いからだよ……お前ら、UGNの全てが…!!正義の味方を騙るお前たちが!!!!」

この時稲本は驚愕した。

感情など知らなかったはずの彼が、明確に憎いと口にしたのだ。

「俺たちの……お前たちのせいで楓は死んだ……!!UGNのせいであいつは死んだんだよ!!」

「確かに俺たちが早く対処ができていれば…」

「違うよゼロ。あのテロは、あの戦いは『13』によって引き起こされたんだ……!!」

突如告げられた衝撃の一言、稲本は一瞬思考が停止してしまう。

「どういう事だよ…!?『13』が引き起こしたって…!!」

「お前が知る必要はない……!!!!」

稲本の問いかけに黒鉄は銃口を向ける。


「お前…!!」

放たれる散弾。稲本はそれに対し鉄壁で受け止める。

刹那、ショットガンのマガジンが投げ込まれる。

「死ね…!!」

「くっ…!!」

稲本は何をされるか察したかドーム状に鉄壁を広げる。

次の瞬間、ヌルのハンドガンがそのマガジンを撃ち抜いた。

弾丸の雨はドーム状に覆われた稲本目掛けて一気に降りしきる。

「予想通りの動きだ。」

ドームの背後から回り込むヌル。

彼はハヌマーンのエフェクトで即座に彼を射程に捉える。

「死ね。」

「こん…の!!」

放たれるハンドガンの弾丸。

それを受け流す為に刀を使った。


だがそれこそが彼の思惑だった。

「長モノを使うには離れるのが遅れたな?」

「テメエ…っ!!」

ヌルは二本のナイフで稲本に斬りかかる。

稲本はそれを対処せんと刀を振るうがあまりに接近されすぎたせいでガードが手一杯である。

更に背後は自らが作り出した鉄壁により退路は阻まれている。

完全にヌルの策略に嵌められたのだ。


「貰った。」

ヌルの一言共に先程の傷に突き刺されるナイフ。

防刃防弾ベストさえも通り越して彼の刃は稲本を捉えたのだ。

「ガッ…!?」

「FHの技術は凄いよ。UGNなんて足元にも及ばない程にな。」

更に心臓に突き立てられる刃。

「畜…生がああああ!!」

稲本は薄れゆく意識の中、渾身の蹴りをヌルに叩き込む。

ヌルはそれをガードすると共に後方に退避する。


ハンドガンを咄嗟に構えるがそれは叶わず。

「一之太刀 三日月ッッッ!!!!」

「グォ……っ!!」

胴体を切り裂く稲本の一撃。

互いに命を削り合い、そのレベルは極限へと達しようとしていた。

「ようやっともう一人のお前がでてきたか…。」

「何だと…?」

ヌルはほくそ笑む。

「鏡を見てみろよ。お前、笑ってるぞ。まあ、薄々気づいてはいただろうけどな。」


気づいていた。

知っていた。

自身にもう一人の自分がいることを、そしてそれが、殺戮の為だけに存在していることを。

けれども、制御できているとも思っていた。

「相変わらずお前は自分のことがよく分かってないんだな。どうせもう何のために戦ってるのかも分からないんだろう?」

「俺は、復讐の為に……!!」

「ならなぜ、組織に囚われている?UGN、それも13にとらわれる必要もないだろ?」

彼の言い分も最もだ。

何故俺はここに残っているのか。

そもそもこの組織に残る理由などあるのか。

そんな問いかけは幾度となくしてきた。


けれどもその答えはまだ出ていない。

そして、共に長く過ごしてきたヌル、黒鉄蒼也はそれを知っていたのだ。

「お前もこっちに来い。そうすれば復讐だって果たせる。」

「誰がFHに堕ちたお前の声など……!!」

「ああそうか、復讐なんてものよりも大切な奴らができたのか。なら、俺がそれを全部奪ってやる。天も、椿もな。」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

怒りに任せてただ叫ぶ。

同時に刃を構えていた。

視界ももう、真っ赤に染まっていた。



思惑通り。

ヌルはそう思いながらナイフを構えた。

無論、稲本の斬撃にこのナイフ2本で勝てるとは思えない。

だが、彼は心の中で笑っていた。

勝ちを確信していた。

「黒鉄ええええええええッ!!!!」

昔からお前はそうだ。

自分の大切なものの為に戦っている。

だからそいつらが傷つけられると分かれば、傷つけられたらすぐ様感情的になり、周りを見失う。


そんなお前だから、この挑発に乗ってくれると思ったよ。


瞬間、蒼き閃光が瞬いた。

そして、二人の戦いは熾烈を極めて行く――


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