第8話 狼煙

10月26日 H市

空には一機のヘリコプター。

その中には6人のエージェントが乗り込んでいた。

その誰もが防弾ジャケットとスモーク付きのヘルメットを被っているせいで互いの顔は認識できない。

だがそれこそがその防具の意味でもあった。

「隊長、私まだ納得いきません。」

一人の女性が声を上げる。

「どうしたカマイタチ。俺は面倒臭い質問は受け付けないぞ。」

答えるのはその中でも隊長と思しき男。

「あんな、何処の馬の骨かも分からない男を副長に任命するなんて!!」

彼女は一人離れたところに座る一人の男を指差すら。

「でも、現に僕ら3人で彼一人に勝てなかったじゃないですか。ね、ベルセルク。」

「そうだな、レッドバレットの言う通りだ!!まあ俺としては別に強え奴と戦えれば誰が指揮官だろうが関係ないがな!!」

「しかし…!!」

「って事だよカマイタチ、諦めな。」

「…了解。」

そんな彼らが口論を続けている中、件の男は窓の外を見下ろしただ一言こう呟いた。

「仇は…取るよ…」




『カスケード社』のレネゲイドビーング'によるテロ事件から3ヶ月。

空には今にも降り出しそうな雨雲が浮かぶ。

今もまだ街に傷跡は残り、誰の心も癒切ってなどはいなかった。

例えUGNの隠蔽工作が働いたとしても隠しきれるわけもなく、大規模なバイオテロが行われたとだけ報じられていた。


「ようやっと、このビルも復興してきたんだね…」

「ああ、ようやっとって感じだな。」

駅前の通りを歩く部活帰りの稲本と河合。

二人は少し悲しげな、寂しげな表情で街を歩く。

「私、まだ信じられないの。楓ちゃんも黒鉄君も死んじゃったなんて。」

「俺もまだ、信じられねえよ…」

稲本と河合は二人が死んだと言われる路地裏へと向かう。

そこには既に幾つかの花が供えられていた。

「安らかにね…」

「お前が死んだなんて…俺は信じねえからな…」



この時、稲本は一人の、黒鉄蒼也の生存は心のどこかで確信していた。

理由は簡単だ。


誰も黒鉄蒼也の死体を確認してないのだ。

確かに四ヶ谷楓に関しては血の付いた薬莢が落ちていた。

致死量と思われる血痕も地面に付着していた。


けれども、黒鉄蒼也に関しては血痕はあれど死に至るものではなかった。

彼の使っていた拳銃だけがそこに残されていたのだ。


そして何よりも、"四ヶ谷真奈"は死んでいない。

されど彼女の姿も無くなっていたのだ。

少なくとも二人が彼女を見捨てるはずがない。

妹の事を愛してやまない二人が彼女を何かしらの理由で保護している、そう考えることができたのだ。


だから、黒鉄蒼也はまだ生きている。

例え気休めの考えだったとしても、彼にはそんな気がしていたのだ。




「稲本くんは、今日もバイト?」

「ああ。俺はまあ…N市の大学にスポーツ推薦か決まってるしな。」

「もー、受験勉強するこっちの身にもなってよね。」

バイト、などというがこれは彼がUGNに呼び出された際の隠語である。

「まあ、でもバイト頑張ってね。」

「ありがとう。部長も勉強頑張ってな。」

二人は笑顔で別れる。

これで彼の日常は一先ず終わりを迎える。

そしてまた、彼はゼロとしてあのビルへと赴いた…




UGN H市支部 作戦会議室

そこは市内を一望できる窓に壁一面を覆われた大きな会議室。

「遅かったな作一。」

「遅いと言っても5分前ですよ、先生。」

会議室に集められたUGN H市支部の職員達。

『13』のメンバーも全員集い、皆が椅子に座っていた。

「さて、諸君らに集まってもらったのは他でもない。ここ数日間、連続で起きているH市支部職員殺害事件についてだ。」

手渡された資料には事件について事細かに書かれていた。

殺されたエージェント達について、彼らがその辺のチンピラに倒される様なやわな人間ではない事、そしてそんな彼らが無惨な死体として路地裏で見つかった事が記されていた。


「何か気になることでも見つけたかい、作一?」

「いや、殺されたメンバーの誰もが抵抗してないなと思って…」

稲本が見る限り全てのエージェントが狙撃によって一度殺された。そしてオーヴァードの特徴として生き返りはしているが、反撃をする前に殺されているのだ。


これは違和感でしかない。

攻撃を受ければ回避行動や牽制を行う。少なくとも素人ではない彼らならそれを十分に理解していたはずだ。

それでもそれを行わなかった理由、

「油断していた…?」

「油断なんてそんな、アンタじゃあるまいし。」

クイーンこと久遠の言う通りエージェントが油断などはあり得ない。


ならば――

いやまさか、そんな事があるのか?


彼の脳裏で一つの仮説が浮かぶ。

エージェントでも油断する時、他人に背中を向けることはある。

それは"仲間"がそこにいる時だ。


彼らは一人で殺された。

だがもし仮に、その場所に仲間と思えるような人間がいたら。


本当はそいつが仲間でないのに、接近を許してしまったのなら。

そいつの間合いに入ってしまったのなら。


「顔色悪いけど大丈夫かい作一?」

「先生……非常に言いにくいんだけどさ、裏切り者がいるって可能性はないかな?」

「…は?」

場が静まり返る。

それはそうだ。彼はこの場に仲間殺しが言ったのと同じだ。

「ふざけんなよクソガキ!!俺たちがそんなことする様な奴らに見えるってのかよ!!」

「可能性として十分にありえるって話です!!誰がかなんて…」

「ここにいる奴らはみんな今日の行動を確認をされた!!そんなに疑うのならなぁ!!」

一人が怒りからか武装する。


その彼の言葉で稲本は一つの答えに辿り着きかけていた。

「…今いない仲間――」

「死んだそいつら以外に誰が……!!」

「いや、まさかそんな…?」

けれども彼は頭の中に浮かんだ答えを拒絶していたのだ。



その時、何かが聞こえた。

ヘリのローターの音。

それが徐々に徐々に近づき、今まさにこちらに向かっている。

そして次の瞬間、

「な、何だ!?」

突如姿を現した戦闘ヘリ。

それはもうすでに銃口を向けていたのだ。

「作一!!」

怒鳴るように叫ぶ陣内、

「ああ!!」

それに呼応するように壁を作り出した稲本。

しかしそれも間に合わず、放たれるミサイルと機関銃は次々と窓ガラスを破り、次々と命を奪っていく。

「生存者は!!」

「俺達と先生……あと数名ってところですかね…!!」

突如行われた攻撃。

同時に響き渡る緊急放送。

『敵部隊、14階から侵入しました!!直ちに非戦闘員は非難を行い、戦闘員は迎撃を!!』

「下の階も攻撃を受けているのか…」

「俺はこのヘリを…!!」

稲本がヘリに立ち向かおうとしたその時、陣内が彼を止める。

「作一、君はみんなを引き連れて下へ。」

「まさか一人でやるつもりとか言うのか?」

「ああ、そのまさかだよ。」

稲本は陣内の目が本気であると、そして彼の実力を知っていたから彼を信頼できた。

「これより我々は敵の迎撃に向かう!!指揮権は一時的に俺、ゼロが行使する!!」

「了解…!!」

そして彼はそのまま皆を引き連れそのまま下層へと降りていった。



その時、一人の男がヘリからビルへと降り立つ。

「ったく…お前が待ち構えてるとか面倒くせえなぁ…」

その男は気だるそうな様子でそこに立つ。

だがそれの放つ気迫は明らかに只者ではない。

「安心しなよ"狼王ロボ"。君の相手は僕だけだ。」

「……それが厄介なんだよ、夜叉。」

陣内は刀を、男は義手からブレードを繰り出した。

「じゃあ……」

「始めっとすっかァ!!!!」

2人の刃がぶつかり合い、鈍い金属音が響き渡る。

狼王と夜叉の戦いが今、幕を開ける。



そして同じ時、

「狼煙が、上がったか…」

ビルから煙が上がる様を見る1人のスナイパー。


狼達の狩が、今始まる。


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