第7話 別れ

H市 路地裏


放たれた獣の一撃。

宙を舞う鮮血。

"突き飛ばされた"黒鉄蒼也の目にも、肉を抉られる楓の姿ははっきりとその目に映っていた。

「楓…!!」

彼は咄嗟にライフルで獣の腕を狙撃する。

腕を弾き飛ばされる獣。

蒼也は咄嗟にスモークグレネード、スタングレネードを駆使し、獣の視界を奪いながら楓の身体を抱えて獣の死角に逃げ込む。


「大丈夫か楓…!!」

「わ、私は大丈夫…」

彼女は大丈夫と言うが、息は乱れ、侵蝕値も明らかに大幅に上がっている。

恐らくあの獣の一撃が彼女の侵蝕値を上げたのだろう。

それよりも、何よりも彼が納得がいかなかったのは彼女の行動だ。

「何で…何で俺なんかを庇った…!!」

「だって……ね。」

彼女は笑顔ではぐらかす。

「お前ってやつは…!!」

彼は必死に今できる最低限の応急処置を施す。


知っていた。彼女はそういう人間だと。

目の前の誰かが傷つくことを許せない人だと、

自分が窮地に立っていようと関係ないと。

故に自らの命をかけてでも彼女は他を守ることを優先とするのだ。

思えばここの避難スピードが速かったのも、彼女だけがここに残っていたのも彼女が率先してこの獣に立ち向かっていたからなのだろうと納得が行く。


黒鉄蒼也は、心の何処かでそんな彼女に憧れていた。

ヌルという一つの兵器として作られた彼は、生まれてから殺す事しかせず、合理的な判断の下に数多もの任務をこなしてきた。

けれども、彼女に合理的な考えなどなかった。

誰かを助けるためなら自分の事は一切考えずに突っ走るように行動する。

それは合理的でなくとも、利益の為なんて薄っぺらいものではなかった。

そんな彼女と長く共に暮らしているうちに、そんな生き方に惹かれていった。

彼女は彼にとって、"ヒーロー"だったのだ。


だから、死なせられない。

「お前はここで大人しくしてろ。巻き込んだ俺がバカだったんだ…。」

「でも…!!」

「でも、じゃねえ!!星見に行こうって約束したのはどこのどいつだ…!!」

「それでも…」

「動けるようになったら逃げろ。ついでにこの後の予定でも組んでるんだな。」

彼は少しでも彼女を不安にさせまいと笑顔で自身の外套を楓にかけて彼女を隠し、右手にナイフ、左手に拳銃を持ってそのまま正面へと躍り出た。


瞬間襲いかかる白い仮面の獣。

「オマエジャナイ!!」

「そうだろうな…。だが、お前の相手は俺だ。」

彼はグレネードを放ちその獣を迎撃戦とする。

だが獣はそれを凍らせ爆破させずに蒼也に一撃叩き込んだのだ。

「ぐっ…!!」

吹き飛ばされコンクリートの壁にめり込む蒼也。

「シネェッ!!」

「誰…が…!!」

彼は壁を蹴り、獣に飛び蹴りを叩き込む。

ダメージはなくとも距離は取れる。

「こういう時に、ボルトアクションライフルだと連射できないから不便だな…!!」

彼は両の手にスナイパーライフル、アンチマテリアルライフルを構え、そのまま同時に両引き金を引いた。

「ガッ…!!」

同時に叩き込まれた弾丸。

一つは装甲を抉り、もう一つは皮膚に届き、赤い血が滲む。


だが、それ以上がなかった。

「今ので決められないとなってしまった以上…ジリ貧か。」

彼は冷静に戦況を分析し、これを倒せないと判断する。

ならば自身にできることは命をかけてこいつを足止めすること。

そうすれば楓も市民も安全に――


その時だった。

「蒼也、アンチ何とかの弾を頂戴!!」

突如戦場に舞い戻る少女。

「楓…!?」

蒼也は左手のスナイパーライフルを投げ捨て、右手のアンチマテリアルライフルのリロードを行う。

そしてマガジンを取り外し、彼女にマガジンごと投げた。

「お前ってやつはもう……好きに使え!!」

「ありがとう蒼也!!それとね……」

楓は受け取ったマガジンから弾丸を一つだけ取り出し、狙いを獣へと付け、

「私に合わせて…!!!!」

「全く無茶を言ってくれる…!!」

今それを放たんとした…


「オマエダ…オマエヲクッテヤル…!!!!」

獣は楓へと狙いを変え襲いかからんとした。

だが蒼也のワイヤーが獣の身体に巻きつけられ、そしてその身体は宙に浮いたのだ。

「今だああああああっ!!」

叫ぶ黒鉄、狙いをつける楓。

「電圧最大……!!喰らえ、ライトニング……ボルトォォォォォッ!!!!」

彼女の叫びと共に放たれた弾丸。

それは獣の胴体に叩き込まれ、獣の装甲を打ち砕いたのだ。

「ウ…グァ…」

蠢きながら体の修復を急がんとする獣。


だがそれはもう間に合わない。

「終わりだ……クソッタレ……!!」

放たれる弾丸。

それは獣の身体を容易く貫いた。

「ウ…グォ…ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

そして次の瞬間、獣の身体は四散し、脅威は排除された…



「やったね!!蒼…也…」

ガッツポーズと共に膝から崩れ落ちる楓。

「楓!!」

彼女が地面に倒れこむ前に抱えるが、明らかに侵食率はオーバーし、息も乱れている。

「蒼也…何個かお願いしてもいい…?」

「誰がそんなの聞くか……!!」

彼は彼女の意識が、理性が飛ばないように目を合わせ続ける。

「真奈はさ…私よりもしっかりしてる子だからちゃんと、色々教えてあげて…」

「お前が教えてやれ…!!俺じゃなくて、姉のお前が…!!」

蒼也は必死に彼女を繋ぎとめようとする。

けれども彼女は、笑顔で次の願いを告げた…


「それとさ…お願い蒼也、私を殺して…」

「何…言ってんだよ!!」

彼は怒る。今まで彼女にこんな声を荒げたことはなかった。

それでも彼女は、笑顔で彼に頼むのだ。

「ちょっと力使いすぎちゃって…多分私はジャームになっちゃうの…。だから、誰か傷つける前に…ね?」

「バカなこと言うんじゃない…まだ、まだ支部に戻れば…!!」

そんなことを言うが現に彼女が助かるかは五分五分。もし彼女がジャームになって仕舞えば被害は免れない。

そして誰かの為に戦い続けた彼女がそんなものを望む訳がない。

でも、それでも…


「蒼也が…殺してくれ…無いなら……!!」

その時、彼女が蒼也を突き飛ばしたのだ。

「楓…!?」

「私が…貴方を…!!」

「やめろ…やめてくれ楓!!」

彼は咄嗟に銃を構える。

撃ちたくない、だが殺されるわけにもいかない、そんな葛藤の中彼は銃口を向けた。

楓は先ほどと同じように雷を纏い、今まさに蒼也に一気に近づいた。




乾いた音が鳴り響く。

身体を重ね合う蒼也と楓。

力が抜けた様にもたれかかる彼女の表情は満面の笑みだった。

「ありがとう…蒼也…。」

「何で…何で…!!」

「貴方だったから……。あの時私を助けてくれた私にとっての"ヒーロー"の、貴方に殺されるのだから何も辛くないの…。でもごめんね、こんな辛い役目を押し付けちゃって…」

抱き抱える蒼也の手は滲んだ血で真っ赤に染まっていた。

「全くいい迷惑だ…!!だから、生きて…ちゃんと詫びろ…!!」

彼は必死に手当をしようとするが、彼女がその手を離さなかった。

「星、見に行けなくてごめんね…。いつか、来世で一緒に行こうね…。」

「楓…楓…!!」

「蒼也……―――――」

虚空に消えた言葉。

彼の耳にその言葉は届かず。

彼女は笑顔のまま、静かに事切れた…


「あ…あああああああああああ!!!!!!」

声にならない叫びが虚空に響く。

痛い。痛い。

胸が、四肢が裂かれるように痛い。

涙が頬を伝い、動かなくなった彼女の体を濡らしていく。

「俺が……俺は……俺は……!!!!」

彼は錯乱し、自らの銃をこめかみに向け、引き金を引かんとした。


「蒼也……」

その時、その男が彼の前に現れる。

「俺は……俺は……!!」

「冷静に、聞いて欲しいことがあるんだ……。」

彼は悲しげな瞳で、優しい口調でそのまま彼に告げた。


「―――――」

聞き取れなかった。

いや、理解ができなかった。

脳がそれを受け入れることを拒否したのだ。


痛みが消えていく。悲しみが消えていく。


同時に、彼の中でドス黒い炎が燃え上がる様な気がした…

――憎い

ただその感情だけが今、彼を支配していた……




そしてこの日を境に、『黒鉄蒼也』、『四ヶ谷真奈』は姿を消した……


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