第6話 バケモノ

物心ついた時には、コイツはいなかった。

コイツが俺の中で微笑み出したのは、親父が死んでからだ。

時折俺の夢に出てきて、ただただこう呟く。

『そんな偽りの仮面、外しちまえよ』


それが聞こえるのは決まって俺が力に呑まれかけている時。


仮面を外せば、きっと更なる力を得られるのだろう。

だがそれは俺じゃない俺。

人らしくありたいが為にずっとその言葉を拒み続けてきた。

俺はまだ人であると言い聞かせる為に。


けれどもこの男は俺より強い。

この男に勝てなければ仲間たちは死に、罪なき人は更に死ぬ。

なら、今だけはコイツに全てを委ねよう。

そうしなければ、多くのものを失ってしまうと思えたから。

だから、俺はバケモノにこの身を委ねよう。




そして今、稲本作一は再び刃を構える。

「ブレイズ!!」

「分かってるよ…!!」

一気に叩き込まれる炎、そして間髪入れずに叩き込まれた冷気。

「なっ…まさか…!?」

制御されてない熱と冷気は大剣を脆くし、今まさに次なる一手で崩れ落ちんとしている。


そして稲本の目には貫くべき点が見えていた。

これは幼き頃から持っていたある種の才能だった。弱点を、脆い点を見通す力。

故に、この一刀は彼にとっては必殺の太刀となった。

「月下天心流 五之太刀――」

夜明けを指し示す、血路を切り開く一刀。

「暁ッッッッ!!!!」

それは大剣を打ち砕き、粉微塵へと変えたのだ。

「何故っ…!?この剣はその程度の太刀で壊れるものでは…!!」

「金属は熱して急激に冷やせば脆くなる…。それを今、実践しただけだ…!!」

稲本は再度平突きの構えを取る。

「く、来るなぁぁぁっ!!」

男は鎧を、盾を作り自らの身を守らんとした。

だが、それも意味を成さず。

「終わりだ。」

「ガッ…!!!!」

再度放たれた『暁』、それが男の心臓を貫くことでこの戦いは幕を閉じた…



「やった…のか?」

「ああ、終わったよ。」

屍となった男、笑みを浮かべるのをやめ、どこか哀愁漂う目をした稲本。

ブレイズには二人の姿がどこか歪に見えていた。

「ブレイズ、ここを制圧してさっさと上に行かねえと。」

『そっちは終わったかい?』

突如無線から入る陣内の声。

「こちらブレイズ、ゼロと共に現在的拠点を制圧中。」

『ならブレイズ、君が中の制圧を。ゼロは外の援護を頼むよ。』

「こちらゼロ、了解した。」

「ブレイズも了解。」

二人は陣内の指示に従いそれぞれの行動に身を移す。

だが、


『ハナから予定通りじゃ無いか。』


あの男の予定通りという言葉に違和感を覚え、それを拭い切れていなかったというのも事実であった。

そしてこの違和感は、後に確信へと変わっていく…





同刻

今、再び路地裏で光が瞬く。

「蒼也、そろそろ私も暖まってきたよ!!」

楓はその眼に闘志を宿し、その身体に雷を纏う。

「侵蝕値上げすぎて、ジャームにだけはなるなよ!!」

蒼也もスナイパーライフルを構え、その狙いを白き仮面の獣へと向けて引き金を引いた。

「ガァァァッ!!」

放たれた弾丸は獣の脇腹を撃ち抜き、悲鳴と共に赤い鮮血が飛び散った。

「効いた…!!」

「やはり、こいつが掻消せるのはあくまでもエフェクトのみか…!!」

蒼也は有効打を確信すると接近し、ナイフを投擲する。

「ソンナモノ…!!」

獣は咄嗟に自らの身体を硬化させそれを弾き飛ばす。


「ところがぎっちょん、こっちはどうかしら!!」

獣の背後から姿を現し、トライデントを繰り出す楓。

「チィッ…!!」

これを喰らえば危険と判断したのか、その獣も咄嗟に回避行動を取ろうとした。

「逃すかよ!!」

だがそれは蒼也のワイヤーによって脚を絡め取られ阻まれた。

「喰らい…なさいッッッ!!」

「ウグァァァァァァッ!!!!」

そして投擲されたトライデント、それは獣の硬質化した鎧を貫いたのだ。


「グ、グルォォォォォ…」

突き刺さった槍を引き抜きながら再度立ち上がる。

「まだ生きてるのか…しぶといな…。」

「威力が…」

「いや、あれはレネゲイドを吸収するからな。決定打となる一撃はエフェクトを交えてない実弾でなければならん。だが俺には装甲を打ち破るエフェクトはない。」

「要は押してダメならもっと押せってことでしょ?」

「はぁ…。」

蒼也は呆れながらため息をつく。

「な、何よ!?」

「いや、お前らしいなと思ってな。まあそのポジティブな考え、嫌いじゃないさ。だから、」

彼はそう言いながらスナイパーライフルをアンチマテリアルライフルに持ち変える。

「ゴリ押しで頑張ってみるとしようかね。」

「ええ!」



同時刻

「こちらクイーン、流石に一人で捌くのも厳しくなってきたわ…。ポーンでもナイトでもいいから援軍を頂戴!!」

クイーンこと西園寺久遠は、次々と襲いかかる人の形ならざる化生を次々と屠るが次第にジリ貧になっていく。

無理もない、そもそも彼女はサポーターであり戦闘職ではない。

それでもソラリスの毒、オルクスの空間支配により創り出す刃、バロールの重力圧縮で可能な限り仕留めるがどう考えても終わりが見えない。


その時、空から鷹のごとく飛来する一人の少女。

「大丈夫、久遠ちゃん!?」

それはH市支部のチルドレン、飛鳥天。

「遅いわよ!それに今は任務中よ。コードネームで呼びなさい!!」

悪態をつきながらも久遠は彼女の登場にどこか安堵を覚えていた。

「先生がサクちゃんももうすぐ来るって。私は何すればいい?」

「私があなたを強化してあげるからここの制圧をお願いするわ。安心して、ポーンだろうがクイーン級の戦闘力にするのが私の力だから…!!」

瞬間、久遠からレネゲイドの量子が展開される。

「凄い…身体が軽くなったみたい…」

「ナイトが来るまでの辛抱だけど、二人でやるわよ…!!」

二人は互いに背中を合わせ、その覚悟を示し合った。

「うん!!ところでナイトって…」

「……それ以上は聞かないで!!」





再び戦場は路地裏へと戻る。

「喰らえ…!!」

「ガッ…!!」

叩き込まれる徹甲弾。それは獣の硬質化した胴体にめり込みはするが貫通せず。これでも決定打にはならないと蒼也は舌打ちをする。

「しゃんなろおおおおおっ!!」

楓は近くにあった空き缶、屑鉄を磁力で飛ばし、それらをぶつける。

「ソンナモノ…!!」

所詮ただの屑鉄と油断したか、ただ堂々と立ちそれを受け止めんとした。

「バリアクラッカー!!」

「ナッ!?」

だがブラックドッグのエフェクト、バリアクラッカーにより貫通力を増したそれらは硬質化した身体を打ち破りダメージを与えたのだ。


それでもまだ火力は足りず。

「蒼也、連携しない?」

「今同じことを考えていたところだよ。」

二人は笑みで示し合わしたように武器を構える。

考えることは同じ、やる事はただ一つ。

二人で息を合わせ目の前の脅威を排除する。

そんな事は初めてでできる保証は何一つない。

それでも今の自分達なら出来る、そう確信を二人は持っていた。


だが次の瞬間だった。

「ウオオオオオオオオ!!!!モット、モットクワセロオオオオオオ!!!!」

獣は突如影を暴走させ辺りを破壊し回すのだ。

「こんなの…!!」

楓は咄嗟に電撃を放ち、降りしきる瓦礫を全て打ち砕く。

だがその時にはもう獣は楓を射程に捉えていたのだ。

「オマエヲ…クッテヤル…!!」

「楓…!!」

咄嗟に駆け出し彼女を庇うように飛び出した蒼也。


そして今、獣の拳が身体を抉り、鮮血が噴き出した…


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