第3話 前夜

22:54 UGN宿舎


少年、黒鉄蒼也は自室のベランダにてタバコに火を灯し夜空を見上げる。

煙は揺ら揺らと音一つない闇の中へと消えて行く。

煙はどこへ行くのか。まるで行く当てのない様子は自分に似ていて――

「身体に悪いと言ってるでしょうが!!」

「……。」

そんなムードをぶち壊す頭から掛けられたバケツの水。

彼が振り向けばそこには四ヶ谷楓の姿が。

「鍵は閉めておいたはずだが。」

「私は大家よ。マスターキーの一つや二つ。」

「いや、それを見越して電子ロックに変えておいたんだが。」

「この能力で壊したわよ。」

笑顔でバチバチと右腕を放電させる彼女。

冗談ではなく本当に電子ロックを破壊したのだと確信し、呆れた様子で蒼也は湿ったタバコを吐き捨てた。


「で、電子ロックを壊してまで何をしに来たってんだ?」

「んふー、ケーキ作ったから食べない?と思って。」

彼女はケーキ、とは名ばかりの明らかに異形とも思える黒い球体の塊を差し出してきた。

「…今簡単なケーキ作ってやるから待ってろ。」

「えー、私のはー?」

「俺はそれをケーキとは呼ばん!!」


2人がわーぎゃー騒いでいると不意にドアが開かれる。

「2人ともうるさいよ…。蒼也さんはお姉ちゃんに構わなくてもいいのに…」

呆れながら部屋に入ってきたのは楓の妹、四ヶ谷真奈である。

「真奈も座れ。ホットケーキ焼くからな。」

彼はそう言うとキッチン棚からホットケーキミックスを取り出しフライパンに熱を入れ始めた。

「ねえ蒼也、星を見にいきたいって話しあったよね?」

「ああ、あったな。」

彼は生地をボールでかき混ぜながら答える。

「明日とかどう?」

「明日…か。」

彼は曖昧な返事を返す。

「絶対とは言えないが。遅くとも夕方には帰れると思う。そうしたらレンタカーでも借りて行くとするか。」

「うん、そうしよ!!」

「ほ、星を見に行こって…?」

「天体観測よ。ほら、あの日も約束してたけど……」

楓の言うあの日というのは蒼也と彼女らが出会った日。即ち彼女らの両親が巻き込まれ殺されてしまった日の事である。


「でも蒼也さんもようやっと夏休みなのに…」

「構わない。俺は別に部活に入ってるわけでもないからな。ないならツーリングでもするさ。」

彼はフライパンを両手で見事に扱いながら笑顔で返事する。

「真奈も行きたいでしょ?」

「…うん。」

「じゃあ決まりだ。」

彼はそのままホットケーキを皿に乗せ二人に差し出す。

「これ食ったら寝ろよ?」

「はい!」

真奈は元気よく返事をするとそれを丁寧に食す。


「そういえば楓。また不良グループとの問題に首を突っ込んだらしいな。」

「だってイジメの現場を見たら止められずにはいられないでしょ。」

蒼也はそれを聞くと呆れたような表情を見せる。

「お前は昔からそうだ。誰かが困ってれば自分の身を呈して助けに行く…。」

「でもほら、誰かのために傷つくのであればこんな傷へっちゃらへっちゃら!!」

蒼也はそのまま指を構え、楓にデコピンをした。

「あいだっ!?」

「そんなの命がいくつあっても足りない。心配するこっちの身にもなれ。」

「でも、いざとなったら蒼也が駆けつけてくれるでしょ?」

「…ったく、お前は…」

彼はまた呆れるような表情で紅茶を差し出す。

「もう寝ろ。明日からせっかくの夏休みなんだからな。」

「はーい。」

楓も真奈も夜食を食べ終えるとそれぞれの部屋へと戻っていった。


『聞こえるか、ヌル。』

通信機越しにおもむろに聞こえる聞きなれた声。

『聞こえているゼロ。』

蒼也は先程の笑みとは程遠い淡々とした表情で受け答えをする。

『あと10分後にミーティングだが、忘れてはいないだろうな?』

『わざわざそんな事を言いに来たのなら無駄足だ。もっと利口な事に時間を使うんだったな。』

黒鉄蒼也ことヌルはバイクのキーを手に外へと出る。

『相棒として迎えに来てやったんだから多少は迎えてくれてもいいんじゃねえのか?』

『黙れ。俺としてはお前のようなバカと組まされている事自体に納得していないんだからな。』

『悪かったなバカでよ。』

二人は互いに憎まれ口を叩きながらヘルメットを被りエンジンに火を灯す。

「行くぞ。」

「ああ。」

そして一気にスロットルを開け加速し、その場を去っていった。





UGN H市支部 地下


H市支部の地下に作られた小さな部屋。

そこに5人のエージェント達は集められていた。

「遅かったな。」

「二人とも、待たせるなら連絡くらいしなさいよね。」

「12秒の遅れだ。次からは気をつけるんだよ。」

ゼロとヌルを迎えるブレイズとクイーン、そして隊長である夜叉。

「『13』のメンバーとして自覚がないんじゃないのか。」

「遅くなり申し訳ありません。」

そして彼らの中心にいるのは『13』の総指揮官、ディセイン・グラード。

その男は厳かに皆の中心に座っていた。


「今回貴様らを呼んだのは他でもない、新たな脅威がこの街を脅かしているからだ。」

彼の言葉と共にモニターには一つのビルが映し出される。

「ここはカスケード社が保有しているビルではあるが、直近の捜査で彼らが戦闘用の『レネゲイドビーング』を創り出している事がわかった。」

『レネゲイドビーング』、それはレネゲイドウイルスそのものが意思を持った生命体である。

人の形を取ることもできるが種族としてはまだ幼いことから人間の感情を理解できない、といった点も見受けられる。

それでも人間社会に溶け込んでいることからヒューマンズネイバーとして今を生きている。


だがそんな彼らが今、兵器として利用されているのだ。

「今回、我々はカスケード社に攻撃を仕掛け事の真相を突き止める。」

「しかし、ここまで情報が出ているのなら俺たちが動く必要はないのでは…」

「ゼロ、我々はこの情報を非合法な手で手に入れた。」

そう、即ち表向きの部隊が動くことはできない。

だからこそ彼らにこの任務が渡されたのだ。


「決行は明日の13:00、それまで準備を整えておけ。」

「了解しました。」

彼らはディセインに敬礼するとその場から離れていく。

「ヌル、何か嬉しそうね。」

「そんな事はない。そもそも俺に感情はないんだ。」

「最近のお前は感情豊かに見えるが、まだちゃんと何が感情かわかってないだけなのかもな。」

レイモンドはヌルの頭を撫でるように掻き毟る。

「蒼也もようやっと馴染んで来たね。」

「ええ、大方楓のおかげですけれどもね。」

そんな様子を稲本と陣内の二人も微笑ましく見ていた。


だがこれは、彼らにとって最後の安息の時間でもあった…


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