第2話 月下の太刀

19:01 稲本邸 道場

二つの刃がぶつかり合い、鳴り響く轟音と唸音。

空気さえも揺らすその音に、その場にいるもの達は動揺を隠せなかった。


二人は刀を腰に差すその動作から間に何一つ挟まず、中心にて刃を交えたのだ。

それもそのはず、二人が繰り出す『月下天心流』の技は江戸時代から伝わる居合を主体とした"暗殺剣術"。

間合いに捉えたその瞬間に相手に見られるその前に仕留める必殺の剣術でもあるのだ。

そして稲本は昨年のインターハイ、一之太刀である『三日月』のみで優勝まで勝ち上がったのだ。


だがそれは師、陣内劔には通じるはずもなかった。

「いい速さだよ作一。けど…!!」

「チィッ!!」

陣内により繰り出される二撃目。彼はガードするがそれによりコートの端まで吹き飛ばされてしまう。

「さあ、どこまで耐えられるかい?」

間を置くこともなく一気に距離を詰めて来る陣内。

そして再び放たれるは『三日月』。

水平に放たれる広範囲の居合、左右に逃げれば捕らえられ、後方に回避できない以上立ち向かうしかない。


「月下点心流 二之太刀——」

そんな彼が放つは二之太刀、

「月詠……ッ!!」

返し技である『月詠』であった。

相手の斬撃に合わせて刃を抜く。

その際に柄の先で相手の刃の軌道を変えることで攻防を兼ね備えたカウンターの一太刀。

しかしそれさえも読んでいた陣内。

「三之太刀 月影のことを忘れちゃダメだよ作一。」

三日月と見せかけ放たれていたはカウンター返し、フェイントである三之太刀『月影』。

三日月を放ちながらバックステップで距離を取り再度一太刀浴びせる、それが月影という技。

「追い打ちを警戒してる人間にそれをいうのは酷ですよ先生……っ!!」

稲本は回避も不可、されどそのままガラ空きになったところに刀を戻すのも不可能。

そう確信した彼は咄嗟に刀を右手から左手に持ち替え、逆手でそれをガードしたのだ。


「このまま端にいたらやられる…!!」

彼は一気に跳躍し、そのままステージの中央へと戻る。

だが次の瞬間、既にもう殺気はそこまで来ていた。

「あっ…ぶねえ!!」

彼が着地と同時にガードしたその時には既に陣内はもう背後へ切り抜けていたのだ。

陣内が放った技は『四之太刀 無月』。

心を無へと変え、相手に見えぬ速度で切り抜けていく技。

見てから反応は不可能。幸い三日月ほど威力はない為勘や経験を頼りにガードはできた。


それでも稲本が防戦一方なことに変わりはない。

その光景に部員たちは驚きを隠せなかった。

「稲本くんが…一方的に負けてる…?」

「サクちゃん頑張れー!!」

「ったく、先生は相変わらず手加減しませんね。」

「作一は後輩の前で手心を加えられた方が傷つくだろ?」

「それもそうでしたね。」

この時、椿と天の目には稲本の目が笑っておらず、顔だけが笑っているように見えた。

二人は同時にそれを少し怖いとも思えた。


「今度は俺から行かせてもらいますよ。」

稲本は三日月の構えで再び陣内との距離を詰める。

だがその速さはもう一段階上にあり、陣内も直前まで反応しきれず。

「やればできるじゃないか。」

「そりゃあ、アンタに教わったんですからねえ!!」

叩き込まれる一撃。陣内は1間ほど後ろに下げられるが二撃目に向けて刃を構えた。

だがもうそこに彼はおらず。

「まさかっ…!?」

「月下点心流 五之太刀——」

稲本は陣内の背後を取り彼の必殺の構えを取っていたのだ。

「暁……ッッ!!」

そして放たれた稲本にとっての必殺の一撃、五之太刀 暁。

それは相手のガード、装甲をことごとく突き破る彼の必殺の平突。

「貰ったああああああ!!」

勝利を確信した稲本。

それもそのはず。普通の人間、いやオーヴァードであったとしても彼のこの一撃を回避するのは決して容易では無いはずだ。


だが彼が対峙しているのは、非オーヴァード最強の男。

「動きは良かったけど、少し焦ったかな?」

「なっ…!?」

陣内は頰を掠めながらその刃を回避し再度その刀を構えていた。

「やられる…っ!!」

稲本は危険と判断し、陣内の一撃をギリギリのところで回避しながら反撃の構えに移った。

しかしそれももう遅い。

「「月下点心流 六の太刀——」」

二人、同じ太刀を構える。

一瞬の緊張、次の一手で勝負は決まる。

誰もがそう確信した。


「「十六夜ッッッッ!!!!」」

解き放たれた二つの刃。

目にも留まらぬ速さで目の前の相手を切り裂かんとする。

実に16連撃、それもたった1秒でだ。

16回の金属と金属のぶつかり合う甲高い音。

そして17回目に鈍いゴトンという音ともに決着はついた。

そしてそこにあったのは刀を失い立ち尽くす稲本と、勝者の余裕を見せる陣内の二人の姿だった。

「1年で僕の十六夜に追いつくまで成長するとは、流石だね。」

「褒められても、負けは負けですよ…」

二人は礼をしそのまま試合を終えた。

「じゃあ、みんなと一緒に素振りやろっか。作一は今日は一万回だね。」

「い、一万!?」

部員があまりのことに驚き声を上げてしまった。

「ということだ椿、すまないが俺はここから2時間ほど素振りしかできないから後輩の指導は任せた。」

「え、ま、まあいいけど…」

「じゃあ、みんな付いて来てくれ。こっちの道場の方が広いから。」


部員たちは先ほどの試合から闘志を燃やすもの、あまりのことに士気が落ちてしまった部員の二つに分かれていた。

だが練習が始まれば稲本はそんな彼らのことなど目もくれず、ひたすらに素振りをするのだ。

「は、早えしフォームが崩れねえ…」

彼はその場の誰しもの目を奪った。

「凄い…稲本くん…」

「部長、サクちゃんに見ほれちゃダメですよ?」

「な、何言ってるの!?」

そして部活が終わるまで、彼は一糸乱れずに素振りを続けたのだ。


全てが終わり皆を見送る劔。

「作一、夜も更けてるし送ってってあげなさい。」

「はいよ先生。」

稲本は疲れた様子も見せずに飛鳥と河合を送って行くために着替えて出てきた。

「悪いよ稲本君。うちは近いし……」

「近くだから何も起きねえとは限らねえだろ。それにどうせこいつが手を離さねえしさ。」

「ほらー、両手に花なんだから文句言わないのー。」

「一歩間違えたら手を突き刺すバラだけどな。」


3人は陽気に部活、これまでの学業や生活について話す。

「そういえばさ、稲本君のさっきの立会いって…」

「ああ、昔から親父とかとやってるやつだよ。一日一回挑んで、勝てば新しい技を教えてもらえるってやつさ。」

「いつからやっててサクちゃんは何回勝ったんだっけ。」

「結局親父には勝てず、5年前に親父が死んでからは先生に6回勝っただけだな。」

すなわち彼が教わった技は『六之太刀 十六夜』までである。

「次が最後、『終之太刀 月下明光斬』だから早く勝って教わりてえんだけどな…」

「ねえ、稲本君は何でそんなに強くなりたいの?」

椿はふとした疑問から彼に問う。

「それは——」

だが稲本も答えることができなかった。


『お願いだ先生……俺に、刀を教えてくれ……!!父さんを殺した奴を、殺す為の……!!』


復讐のため、そんなことただの友人でしかない彼女には言えるはずもなかった。


「あ、私そろそろだから。ありがとねサクちゃん!!」

「ああ。また練習の時にな。」

飛鳥は彼の心の奥底に気づいたのか、話を切るように彼らと別れる。

「じゃあ私もそろそろだから。ありがとうね、稲本君。」

「部長もゆっくり休めよ。」

2人も手を振り夜の道の中別れた。


「作一、聞こえるかい?」

イヤーピースから聞こえる声。陣内だ。

「ああ、聞こえるよ。明日の"特務"のことなら後で聞くよ。」

「それなら良かった。それと——」

陣内が続けようとしたその時稲本が遮る。

「絶対にもう『僕に力があったなら』なんて謝らないでくれよ。俺は先生のおかげでここまで強くなれたんだから。」

「……分かったよ。じゃあ、ご飯用意して待ってるからね。」

稲本は通信機越しに会話を終えるとそのまま帰路につく。


彼のかけがえのない日常、それは徐々に静かに崩れ始めてもいた……


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