蒼雷は紅落の空に堕ちて

第1話 日常

7月15日 12:30

H市 市立高校

「…はい、テスト終了！！」

チャイムがなると共にテストの終わりが告げられる。

「後ろの人、答案用紙を回収して。」

黙々と答案用紙を回収するクラスの人々。

だが一番右列、後ろから3番目の生徒は答案用紙を渡したその瞬間、

「よっしゃああああ！！！！夏休みだあああ！！！！」

「うるさいぞ稲本！！お前だけ答案を0点にしてやろうか！？」

教室中に響き渡る稲本作一の声。

それに呼応するようにクラス中に笑いが響き渡った。

「どうせお前欠席率高すぎてほぼほぼ夏休みみたいなもんじゃねえか！」

「なにおう！留年しないギリギリをいつも攻めてるだけでな！」

「堂々と言うんじゃねえ！！」

「あだっ！！」

教員から飛ばされるチョーク。

稲本もそのまま後ろに転がり落ちる。

「ったく…。このあとの全校集会はサボるなよ？」

教員は呆れた顔でそのまま教室から出て行った。

「相変わらずだね稲本くん。」

彼に声をかけるのは隣の席の『河合椿』。

彼女は稲本の様子にただただ純粋に微笑んでいた。

「俺は俺だからな。仕方ないだろっての。」

稲本はワイシャツについた埃を払い落としながら弁当をカバンから取り出す。

「そういえば、今年のインターハイはどうするの？」

「ああ、そういえばもうそんな季節か。」

彼らの言うインターハイというのは剣道のインターハイである。

「というか、新入選歓迎会以来部活に来た？せっかく稲本くんに憧れて部活に入った子もいるのに。」

「俺の剣術は特殊だからな。教えることもできないし、それにあんなの真似たって所詮は…」

彼は何処か陰りのある表情を浮かべた。

瞬間、彼に衝撃が走る。

「サクちゃん、テストお疲れ様ーっ！！」

「あだぁっ！？」

突如飛来した一人の少女。

「飛鳥さん……テスト終わって気持ちはわかるけど稲本くん死んじゃうわよ。」

「あ、部長。ご無沙汰してます。」

「天……。痛い……。」

机とともに吹っ飛ばされた稲本。

本日二度目の転倒である。

「そういえば、飛鳥さんは今年もインターハイ出る？」

「はい！今年もバリバリやりますよ！」

「じゃあうちのチームは今年も安泰ね。二人が大将なら大抵の事はどうにかなるしね。」

「いや、俺まだ出るって言ってないんだが…」

「そういえば生徒会長は？」

彼の事はそっちのけで二人は会話を進めていく。

「多分、黒鉄くんのところじゃないかなぁ…」

同時刻

屋上

「ふぅ…あの部屋はうるさくてかなわんな。」

黒鉄蒼也、コードネーム『ヌル』と呼ばれる少年は屋上のフェンスにもたれ掛かり口にくわえたタバコに火を灯す。

瞬間、頭からバケツで水をかけられる。

「……何の真似だ楓？」

「何の真似じゃないでしょ！？ここ校内なんだからタバコ吸っちゃダメって何回言えばわかるの！？」

「痛い、首が取れる。」

楓は蒼也の胸ぐらを掴んで思い切りよく彼を揺さぶる。

「というか生徒会長も大変だな。こんな所まで不良少年のタバコを止めに来るとは。」

「というよりは、夏休みの話をしに来たのよ。」

彼女もびしょ濡れになった蒼也の隣でフェンスにもたれかかる。

「真奈も連れて星を観に行かない？と思って。」

「星…か。確かにこの季節はいいな。」

「じゃあ今度の週末連れてってね！約束よ！」

「約束か……。任務でいつ死ぬかもわからない奴と約束を交わしても知らないぞ？」

「そんなこと言いながら10年近く約束を守ってくれてるじゃない？」

「…ああ、そんなものもあったな。」

9年前

『お母さん…お父さん…！！』

『クソが…空き家だと思って逃げ込んだのに人がいるとは思わねえよ…。

突如少女の前に現れた不思議な力を操る男。

それは少女らの前に現れたと思えば彼女の両親を虫ケラのように殺し、そして今少女をも殺さんとしているのだ。

だが、瞬間的に彼の喉は掻っ切られたのだ。

『て、てめえはぁ！！』

『ターゲット確認、迅速に処理する。』

目に見えぬ速さで動く少女と同い年ほどの少年。

『このクソガキがああああ！！』

『危ない！！』

男の攻撃に思わず少女は手を前に差し出した。

その瞬間、雷が男に降り注いだのだ。

『クッソこの…!!』

『排除。』

そして怯んだと思えばその次のタイミングではもう、その男は後頭部に銃弾を受け息絶えていた。

『こちらヌル、目標を排除。オーヴァードとして覚醒した少女を確認したため保護を要請する。俺は戦線に…』

彼がそのままその場を去ろうとした時、少女が彼の衣服を掴んだのだ。

『あ、あの…！』

『どうした？』

『……怖いからまだ一緒にいてほしいの。』

彼は黙ってしまう。それは命令に背く行為。故に本来なら拒絶すべきことであるのだが、拒絶しきれなかったのだ。

『ヌル、お前はそこで待機だ。いいな。』

それを見かねた隊長の彼はヌルに向けて改めて命令を出した。

『了解、朧隊長。』

『ねえ、本当に行かないでくれる？』

不安げに向けられる視線、彼に感情はなかった。それでも彼を育ててくれた二人を真似し、優しく答えた。

『ああ、此処にいるよ。』

『約束…してくれる…？』

『大丈夫、約束する。』

『ありがと…』

作り笑顔だったはず、それでも彼女にとっては心の支えになったのだ。

そして今、

「まあ、そのおかげで俺は気兼ねなくタバコを吸えなくなったがな。」

「だーかーらー、体に悪いって言ってるでしょ！」

二人は本当の家族のように今を過ごしていたのだ。

「俺の身体だから勝手だろ。」

黒鉄は気丈に振る舞うが、心のどこかでは安らぎのようなものを感じていた。

その時、

「楓センパーイ！」

「あら、天ちゃんったらどうしたの？」

飛鳥天が彼ら二人のところに飛び出して来たのだ。

「先輩、今日生徒総会ですよ。生徒会長からの挨拶とか…」

「………。わっすれてたあああああああああ！！！！！！！」

「……ったく、これだからお前は。」

彼は少しだけ、誰にも見られないように口角を上げてタバコに火をつけた。

※

18時24分 H市 住宅街

剣道の防具や竹刀を持った少年少女が唐揚げやコロッケなどを手に

「稲本君、部活の後なのにいいの？」

「構わねえよ。どうせ俺と先生は夜通しやってるからな。」

「サクちゃんの道場に行くの久しぶりー！！」

「まあ、お前はつい一年前まで受験生だったからな。」

大勢でわちゃわちゃ行く帰り道。

その途中、メガネをかけた黒い衣服の人と鉢合わせる。

「あ、先生。」

その人こそ稲本にとっての先生、陣内劔であった。

「おお、作一。今日は大勢で来たのかい？」

「ああ。と言っても稽古はつけなくていいよ。河合と天がいるから後輩たちの指導は大丈夫だから。」

「そうかい、なら先に戻っていつもの準備してるよ。」

「おう。」

陣内は稲本達が歩んで行く道のその先をスタスタと歩いて行った。

「いつもの？」

飛鳥と河合が二人してキョトンとしていると稲本が答える。

「俺が親父と先生に10年くらい付けてもらってる稽古だ。まあ、後で見てもらえればわかるよ。」

そして彼らがそうこう話している間に道場へと辿り着く。

「ここが稲本君ちの…」

「まあ、俺が育ったところだな。上がってくれ。」

稲本に連れられるように部員達は皆道場へと歩いて行く。

敷地内には少しの和室と、大小二つの道場が。

「やあやあ、よく来てくれたね。」

道場には正座で彼らを迎える陣内劔。

「ったく、客人が来るって分かってたんだからお茶や菓子の一つか二つくらい出しといてくれよな。」

「でもみんな練習のために時間を惜しむかなと思って。」

「それもそうだな。みんなはもう一個のでかい道場で先に始めててくれ。俺は先生と一回立会いをしてから行くから。」

稲本は荷物を降ろし、陣内の前に立つ。

「ねえサクちゃん、二人の立会い見てってもいい？」

その時、天が声をあげた。

「私も、ちょっときになる…」

「あ、俺みたいです稲本先輩！！」

それに呼応するように声を上げる彼の後輩達。

「だってさ、作一。」

「…仕方ねえなぁ。」

彼は少し渋りながらも準備を進めた。

「じゃあ、始めるとしようか。作一。」

「はい、宜しくお願いします。」

「嘘だろあれ…」

「完全に鉄で出来てるじゃねえか…」

二人は防具を付けず、竹刀ではなく日本刀と同等の素材で作られた模造刀を手に試合場へと入っていく。

模造刀、切れ味は皆無であったとしても人を殴れば簡単に死に至る。

そんなものを使い二人は今から立会いを始めようとしているのだ。

「今日、君が僕に勝てば授けるのは『終之太刀』だったね。」

「ええ。この間、ようやっと一本取って『六之太刀』を教わりましたからね。」

二人は蹲踞を行いながら会話を交わす。

そして距離にして約10m、即ち剣道のコートの端と端の所に二人は立った。

「そ、そういえば合図とかはいいの？」

河合が聞くと稲本は無言で首を横に振った。

そのときの稲本の鋭い殺気の様なものは河合や部員達でも感じ取れた。

互いに刀を構えることもなく、一度の静寂が流れた。

だが皆が瞬きをしたその時、トンッという軽やかな音と共に二人の姿は消えた。

「「月下点心流一之太刀――」」

そして次の瞬間、中心に二人の姿は現れた。

「「三日月……ッッ!!!!」」

金属同士が力強く打ち鳴らすその音と共に。

二人の戦いが今、始まる。

続