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事故に遭う直前、世間を騒がせていたニュースがある。「OMOKAGE」という人工知能を巡る騒動だ。メカやテクノロジーに疎い僕にとってはあくまでニュースの中での出来事でしかなかったけれど、印象には残っている。事件は、死んだ夫を模したAIと暮らしていた女性が、夫を追って自殺した、というものだった。
「OMOKAGE」という単語をネットで検索してみると、ウィキペディアのページが先頭に出てきた。
『OMOKAGE
OMOKAGE(オモカゲ)は、故人に成り代わって遺族の心のケアをする目的で開発されたアプリケーションソフトウェア、また、専用筐体を含めた総称を指す。自然言語処理を用いての応対が可能で、生前の故人に纏わる様々なデータを元に記憶を構築し、故人と同じような振る舞いを見せる高度な疑似人格を実装する。画像も個人の写真を元に生成、専用装置でホログラム投射するため、遺族にはあたかも故人が生き返ったように感じられる。名称の「OMOKAGE」とは日本語の「面影」に由来。』
僕が見た僕。それは幻ではなく(いや、ある意味は幻なのだけど)、ホログラムという最近の映画や何かで使われる技術を転用したものだった。ここで引っ掛かるのが「専用装置」という言葉で、僕は考えるより早く心当たりに目を向けていた。自分の部屋の天井から釣り下がった黒い物体、リビングにもあったあの物体、秋津さんが照明だと説明していたあの物体である。僕は軽い眩暈を覚えて、目頭を押さえた。
『概要
OMOKAGEの開発を行っていたAtom社は、2008年12月にJohn Clark、Paul Orwell、George Gibson、Ringo Hoganによって設立された。当初の社名は四人の名前に因んで「Beatle」社と申請していたが、商標上の理由で許可が下りず、Johnが好きだった日本のアニメ「鉄腕アトム」から名前を取った。
Atom社は2018年10月に検索大手Geek社に買収。以後、同社のAI開発部門の中核を担う。
2018年4月にGeek社より発売されたスマートフォン「Lithograph」の支援AIとして、OMOKAGEの前身となる「Eichi」が初めて実装される。
2020年8月、Geek社が兼ねてより開発を進めていた疑似人格精製システムが完成。12月、同社は「OMOKAGEプロジェクト」を発表する。この席でOMOKAGEが死者の生前の姿を模倣するAIであることが明かされ、倫理的、宗教的観点から物議を醸す。
2021年8月、OMOKAGEの販売が開始。筐体の大きさと決して安価ではない価格設定でありながら、人格再現度の高さと保険適用により、当初の予想を大幅に上回る売り上げ(生前の予約注文を含む)を記録する。
2022年7月、Janis Sherry事件が発生(「トラブル」の項を参照)
2023年4月、顧客より要望の多かった「OMOIDE」機能を実装。これにより、携帯端末で屋外へ連れ出すことが出来るように(実際はインターネットを介した本体との通信)。』
更に画面をスクロールさせていくと、『トラブル』という項目に行き着いた。
『トラブル
2022年、アメリカ・オハイオ州にてOMOKAGEを日常的に使用していた女性が、亡き夫を追いかける旨の遺書を書いて自殺する事件が発生した。この出来事をきっかけに、OMOKAGEの精巧過ぎる「故人の再現性」を問題視する向きが強くなった。購入には販売業者による審査が必要となり、現在日本でOMOKAGEを入手する際には、遺族の精神鑑定も義務付けられている。しかし、そもそも遺族のメンタルケアを目的として作られたソフトの購入に精神鑑定が必要なのは本末転倒なのでは、とする声も根強く聞かれる。(要出典)』
なるほど。僕はまた、目頭を押さえた。今度は強めに押さえなければならなかった。
どこかで「フィクション」として捉えていたニュースが、たちまち僕の「リアル」に現れた。比喩でも何でもなく、そのままの意味で。
あの機械がOMOKAGEであるとは限らない。十中八九特徴が一致したって、別の似た何かだという可能性も十分にある――。そんな希望はしかし、たちまち泡のように消えていく。
僕は、先ほどから散々襲ってくる眩暈の原因に思い至った。
眠っている間に、母さんの中で僕は死んだのだ。少なくとも、一度は。
その事実が、目眩を覚えるほど長大だった。
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