閑話-坑道の暗がりを抜けた先で

 麓の村へと下った私達の前に、彼らは漫然として座り込んでいた。陽の元で改めて見るウシさんとヒツジさんは、私の本質と同様に異形と映るはずであろうが、目もくれない。

 ある女性は顔を覆って泣き啜り、ある男性は頭を抱えている。年若い赤髪の女性だけが唯一、私達に気付き、得物らしい弓を構え、鏃の先端を私達へと向けた。

 焦れているのか、怯えているせいか、鏃の先が迷いを孕むように震えている。


「此奴たち全員火の気配する!」

「血からも火の気配する!!」

「これ、なんだ? ああ、じゅうだ! じゅうってヤツ! かいてある模様、たぶん魔除けのつもりだぞ!」

「血をたくさん流させてるヤツらが、魔除けしたって意味ないのにね!!」

「痕辿ればきっと、かーさんに愛されてないヤツがいる!」

「ご ち そ う!」

「だーーー!!!!」


 子鬼の二人は彼らに構わず、ただ地面に残る夥しい血痕をしげしげ眺めては騒ぎ立てていた。みれば薬莢か何かだろうそれを手に、けらけらと笑っている。

 周りをよく見渡すと、無差別に見える数ヶ所の土が深く抉られている。銃の類いを使ったのだろう。


「お二人とも静かに」


 動物の骨を被っている彼らなので、私は二人の肩を軽く叩く。ぶつくさと文句を言っているが、私は彼らの横をすり抜け、鏃を向ける赤髪の女性の前に屈み込んだ。

 直ぐ目と鼻の先まで向けられる鋭い鏃だが、彼女が向ける目には、悪意よりも、怯懦の色が強く窺えた。

 帯刀している剣を背の後ろへ追い遣り、私は静かに一呼吸して口を開く。


「ベラを、しりませんか」

「!!」


 私の声に、彼女の顔色が変わった。私達が当初目指していたのはこの村だった。ベラとヴィダルがどうにかして此処へ辿り着けたはずだ。

 鼻先へ向けられていた鏃が静かに下ろされる。


「……ベラ、…ちゃん。と、……村にいた、テスカという男が、宵の明星を後ろ盾にもつ貴族達にさらわれた」

「……あの血痕は、誰の物でしょうか」

「テスカの血。…先生、でしょう。あなた」

「……ええ。私は、ベラが先生と呼び慕うものです」


 淡々として喋る彼女の表情が、怯えともつかないそれから、意を決したように表情を引き締めて立ち上がった。

 つられたようにして私も立ち上がると、彼女は子鬼達を一瞥してから、血痕を指で示す。


「村の人はショックで動けない。テスカの両親も、テスカが……とても耳障りな音を発した武器で、何回も血を噴き出したのを見て、とても動ける状態じゃ無い。

 ベラが…ベラちゃんがさらわれたのは、私達の責任。でも、動けるのは私だけ。情けない事を承知で、お願いします。一緒に助けに行ってくれますか」

「……そうですね。女性を単身で向かわせるなど、もってのほかですし、何より…」


 言葉を潰えさせた私は、ちらと横目に子鬼の二人の姿を探した。点々と続いている血の痕を辿るようにして、森の方へと歩き出している。

 早く来いとでも言うように地面を踏み鳴らしている。


「はやくしろー!!」

「おそいぞーー!!!」

「はあーーやーーくうーー!!!」


 事実早く来いと囃し立てられてしまった。彼ら二人には軽く手を振っておき、彼女へは向き直って深く頷いた。


「ベラにまた、虫除けをしてあげないといけませんからね」

「……この森。虫たくさんでる」

「それでは早く行かないとなりません」


 私と彼女は、血痕を辿って前を跳ね飛ぶようにして歩く子鬼の後へ続いて行った。

 傾き始めた陽が西の空へと消えてしまう前に。夕焼け空を東側から迫り来る夜の暗がりが覆う前に。

 跳ね飛ぶ彼らの足は速く、一歩前を歩く彼女の足もまた速く。仮初めの器にも随分慣れたと思っていた私であったが、少しの遅れを取りながらも彼らの背を追い掛ける。

 道中、私達は子鬼の言い合いを除き、喋っている暇はなかった。

 足を只管に動かす私は、耳を劈く子鬼の声を聞きながら、山を越える前に出会った行商人との会話を不意に思い出した。



 彼女の村へ向かう前に立ち寄った町。そこを拠点にしているという行商人は、次へ目指すならオススメだ…として、かの村をこう言っていた。

 村の名はシャウリア。つい最近になって、海側にある大きな街から迷い込んだ貴族により、その存在を広く知られるようになった村だ。

 彼はそこで間を切って、誇らしげに笑った。最も、私は数年前からしっていたけれどね! と。

 かの村は良い。村人は皆陽気で、音を愛し、宴を愛し、しがない一商人の私を酷く歓待してくれたのだという。

 活火山の麓には魔物が棲むと言われ、永らくあの山へ入って出てきた者はいないと言われたその麓に村があったのだと。


「最初辿り着いた時はさ、食人の村かもしれないと酷く不安に思っちまったんだよ。でもなぁ、すぐにその事を、後悔したよ」


 肩を竦めた行商人が、今度は申し訳なさそうに渋い顔つきへとなった。コロコロと変わる表情は、仏頂面を晒し続ける私とは正反対だった。

 行商人は話を続けた。

 魔物が棲むだなんだと言われているのは、ひょっとして、活火山を、火の神を軽視している所為だったんじゃないかと。

 今時分考え方が古いかもしれないが、何百年も前には、神も妖精も人の眼に見えていたと言われる。彼らは本当に存在しているんだ。それを人間が我が物顔で、ずかずかと神の懐に土足で入り込むんだ! そりゃあ、火の神も怒って、命をとっちまうだろう。

 そうして、ふんと鼻息を荒くする行商人へ、どう返そうかと私は悩んだが、直ぐに彼はにやりと笑った。


「そこでコレだよ、修道士さん!!」

「……これは?」

「神の加護が込められた腕飾りさ!!」


 彼は得意気に続けた。

 これはその土地その場所に棲まうとされる神への敬愛の証だと。水晶を基調にして作られたその腕飾りの中心には、赤い色の宝石が飾られていた。

 商人は単なる迷信も馬鹿にしてはいけない。生涯を商売繁盛で過ごす為には、まず万物に感謝せねばなるまい! 私の商売は、生きとし生けるもの全ての恩恵を頂いて初めて成り立つ物だからな!

 その直ぐ後に、ベラへ宝飾品でも如何か? と、商売魂逞しく商品を勧められたのは参ったが。

 きっと彼は大成するだろう。



 道なき道、自生する草花を踏まぬ努力を出来ぬままに、私達は歩みを止めること無く走り続けた。

 そして パァン と、そう離れていない距離で、銃声が響き渡った。

 夕焼けの空を轟かせる様にして響き渡るそれに、思わずと私の足が鈍る。彼女もまた、土を深く踏み締めて一瞬でも動きが鈍った。


「ちかいぞ、ちかいぞ!」

「あそこだ、あそこだ!」

「!!」

「お二人とも、彼らは銃を――」


 遠目に、少しだけ開けたような場所で、立ち尽くす男性の影が見える。何かを構えている。恐らく銃に違いない。

 そして、その構えた先。茂る葉を押し退けてその先を見ると。

 桃色の髪をしたベラが、ヴィダルの名を呼びながら、何かを必死に集めているのが見えた。…そして、彼女と同じ赤い髪をした青年が…血塗れの青年が、華美な顔立ちの女性に銃を突きつけられているのもまた見える。


「ベラ――」

「テスカ――!!」


 私と彼女の声が丁度重なった瞬間。子鬼の彼らが真っ先にと茂みを飛び越えていく背が見える。


「きょーの!!!」

「ごはーん!!!」


 彼らが躍り出ていった瞬間、銃が此方に向けて発砲された。一拍遅れてもう一発。二発、三発。

 激しく撃ち続けているらしい、何度も何度も響き渡る。私は慌てて彼女の後頭部を抱えて身を伏せさせる。銃声が聞こえなくなっても尚、私も彼女も動けずに、地面と顔を突き合わせていた。

 ……どれ程経っただろう。時間にして十秒か。散々、騒ぎ立てていた子鬼の彼らが一言も発していない。

 容赦なく銃を向け、撃ってきたあの男女だ。ベラと、あの青年もどうなったろうか…。…いいや。いつまでもこうしているわけにもいかない。私は彼女に伏せている様にと小声で言付け、剣の柄を握りながら、茂みを飛び出した。


「な………」


 私の声に反応して、体に銃創の残るウシさんとヒツジさんが振り向いた。


「おそい!!!!」

「そうだよ、おそい!!!」

「もう狩っちまっただろー!!!」

「お前のとりぶん無いからなー!!!」


 自身の血であろう赤色に塗れながら、彼らは各々男女一人ずつの心臓を得物の短刀で綺麗に一突きしたらしい。

 体に真っ直ぐナイフが突き刺さった侭の遺体を抱え、私へ大声で文句をぶつけ……言うだけ言って、彼らは踵を返し、森の木立の中へと姿を眩ませていってしまった。

 余りにもあっけらかんとした物言い、そして、驚く程足早に森の奥へと消えてしまった故に。ほんの束の間、呆気にとられてしまったが、私は視線を赤髪の青年に向けた。

 彼方此方から血を流しながらも、上体を擡げて地面に腕を突いている。周囲の様子を窺う様に、きょろきょろと所在無く首を動かしている。無事らしい。

 ベラは………。


「せんせい……!!」

「!!」

「ミギュ……」


 ……まるで、端切れにも似た様相のヴィダルを両手で力一杯握り込むベラが、私へと駆け込んできた。剣の柄から手を離し、私はベラの背を抱き撫で叩く。そうして怪我は無いかと目を皿にして見下ろすばかりとなる。


「テスカ!!」


 私達の声にひとまずの安全を感じたらしい赤髪の彼女が飛び出し、青年の傍らへ走り寄っていく。

 落ち着きの無い青年の視線は、間近の彼女へと向いたようだ。


「ミア…モ……?」


 言葉尻に笑ったような気配を含んだ青年の声は、見た目以上に幾分元気そうに思われる。

 陽が西の空へ完全に沈んだ頃。二人ぶんの女性の泣き声が、静かにこの森へと木霊した。

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