火と寵愛の村-5
それは耳の鼓膜をぶち破らんばかりのドでかい音だった。アノちいせえ塊からするとは到底思えねえほど、でっかい音だった。
俺ァ久々にたまげた。こんなに耳障りの悪い音がこの世の中にあるのかって、初めて奴等を恐れたさ。
嗚呼、ああ。野山を駆け巡る獣なんぞ、仕留めた事がねえだろなって顔をしている奴等だからな。正直言やぁ、俺ァ奴等を舐めていた。
「テスカ!!!」
今までに聞いた覚えの無い声で、ミアモが俺の名を叫んだ。嗚呼、ああ。俺の直感は当たっていた。集会所から出てきた貴族様達は、山菜を集めて帰ってきた俺達を一瞥するや、その塊を向けたんだ。だから俺は、咄嗟とは言えだ。ベラとミアモを背に抱いた。
どうやらその判断はアタリだったらしい。
「テスカ……!!」
肩に風穴でも開けられたような感覚だ。なにか、小さい粒が、物凄い速さで吹っ飛んで、肩を抉っていきやがった。
「ミアモ!! 頭下げてろ!!!!! 絶対上げンじゃねえ!!!」
俺が声を張り上げた刹那、まるで間欠泉にも似た勢いで血が噴き出した。その光景があんまりにも可笑しいモンで、中々に無い光景なモンで。喉から笑いが出てきやがる。
運の悪いことに利きの左肩がやられちまった。視界の端で、フードを目深に被るその隙間から、怯えた表情をしたベラが見える。
ちいせえ塊を向ける貴族の女が眉を顰め、男は愉悦に浸った様な面構えで俺と対峙するように居並んだ。
「あーーーあ。弓の扱いに長けた其方の女の人の無力化を図りましたのに、これでは愛しい未来の旦那様の三味を聞けなくなりましたわ」
「はっは。我が妹君、射撃の腕がなまってしまったのでは? 今暫く、狐では無く男を追い掛けていたばかりに」
「いやですわ兄さま。次こそ当てて見せますわよ」
「――…とはいえ…」
周りに集まる村の連中が、得体の知れない塊の殺傷力に萎縮して動けずにいる。無論俺もだ、ミアモすら固唾を飲んで奴等の挙動を見守ることしか出来やしない。
無理もない。俺らはあくまでも先代から続く武器を手に、時折やってくる商人から知恵を買い、独自に生きる術を仕上げてきたんだ。
アレは、そうさ、銃ってヤツだ。
非力な女子供ですら簡単にヒトを撃って、殺す事のできる代物、おっかねえ"得物"だ。
「あの女性は些か私の手に余る。未だ幼すぎるが、あの桃色の髪をした子へと鞍替えしようかと思ってね」
「まあ、まあ。兄さま、流石に私、引きますわよ」
「女性を調伏するには、幼い方がまだ良いだろう? それと余りむやみに撃つな、価値が下がってしまうからね」
止まらねえ血潮が俺の足許で小さな水溜まりを作る頃、聞こえてきた会話に俺は耳を疑った。今日は耳にあれこれ痛い日だなオイ。
俺は舌打ちを一つして、血の垂れる手を後ろ背に、ミアモの腕を小突いてベラを示す。
「おいおい、何言ってやがンだ。未来の旦那様? ベラに鞍替え? 貴族様方よ、寝言は寝ていうもんだぜ?」
「まぁ! 兄さま、銃で撃たれても怯むどころか全く意に介してございませんわ! やはり私の目は鋭かったといえましょう?」
「……口達者なのはいけないが、自分の足で歩いて貰わなくてはならないからね……」
「!」
嫌な汗を一つ搔く。まるで今から、シャウリアを離れてどこぞへ連れていかれるのかってな物言いだ。
妙な睨み合いが俺と貴族の男の間で繰り広げられる。緊張感と無縁の生活を送ってきやしたが、此処まで気分の悪い睨み合いはそうそう無いぜ。まだ熊と睨み合ってた方がマシさ。
「はあ? 自分の足で歩くたァどういう――」
俺が口を挟む間も無く、立て続けに パァン、パァン そんな音が夕焼けの中に響き渡った。
いけねえやな。
血の流れる左肩へもう一発、次いで右の腰を粒が掠めていきやがった。鋭い痛みが腰へ、鈍い痛みが腕へと走る。
「っッ……!!!」
言葉にならねぇ痛みに俺は呻く事すらできねえで、片膝を突いた。かすり傷にしては深い傷痕が、腰に出来たらしい。
膝を突く間際後ろの二人を見たが、どこも怪我をしていないらしい、俺がまた肩から血を噴いてんのに顔面を蒼白させていやがる。人の心配してる場合じゃねえだろうに。
「まあ、まあ。流石に、更に傷を抉られては未来の旦那様も喋る余裕はございませんのね?」
悠々とした態度で笑う女に、俺は思わずと顔を上げて一睨を向けた。男はそんな女の態度に呆れる様に、溜息を吐いて、俺越しにベラかミアモかを見定むような目を向けていやがる。
「なんの音だ……!?」
「テス、カ? ……テスカ…!!」
集会所から飛び出してきた親父とお袋の声が妙に跳ね上がる。信じられないもんでも見る様な顔で俺と奴等を交互に見て、柄にも無く慌てて俺へと駆け寄ってきた。
その瞬間だ。
いつの間にか、親父達よりも俺へと距離を詰めてきていた女が、その手に持つ銃を俺の眉間へと突きだした。ひくと挙動を震わせるお袋が、親父の腕を取って引き留める。
「うふふ。流石に、自分の子を人質に取られてしまっては、動けませんものなのですねぇ」
「趣味が悪い妹君だが、此れが最も早く街へ帰る手段と言えますね」
「そうですよねぇ兄さま! うふふ、うふふ!」
「さぁ、行きましょうね」
さんざ撃った所為か熱を持っているそれを、全くブレずに俺の額へ眉間へ女が押しつける。怯えきったベラが、男の腕に無理やり引かれてミアモから剥がされるのを横目に、俺は見ている事しか出来ない。
痛い、コレは余りにも痛い。痛すぎるが、親父にぶん殴られた時よりはぜんっぜんマシだ。マシのはずなんだ。
こん、と俺の眉間を軽く突き、女は矢鱈綺麗な顔でにんまりと口角を上げた。
「さあ。未来の旦那様? 足は撃っておりません、自分のおみ足で、ご自分の意思で、私と共に街へ行ってくださるでしょう?」
「誰が……ッ…」
「私、将来の兄さまの花嫁を撃つ真似はしたくございませんの」
「あ……」
呻く俺の声に更に口角を吊り上げ、女は懐から素早い動きでもう一つ銃を取り出し、ベラの横面へ突きつけた。
フード越しに感じるそれは、硬くて冷たくて、何よりおっかねえものに違いない。クソが、クソが!
男がベラの腕から手を離して、やれやれと腕を所在無く振るっている。
「て、んめえ…!」
「おや。おや。あまり口答えはしない方が賢明だよ、"テスカ"くん?」
「!!!」
男もまた、懐から銃を取り出した。女の物よりも一回り大きいソレは……俺の後ろで、奴等を睨み付けるミアモへと向けられていた。
…左肩から流れる血に濡れる左拳を握りしめ、血で汚れていない右手で、身を震わせて縮み込むベラの肩を叩きその手を取った。
遠目にでも、親父が苛烈な表情を押し殺して俺らを見詰め、お袋は口許を覆って噎び泣いてんのが見えた。
俺らが何をしたンだ、火の神様よ。……いいや、いいや。神様はわるかねぇ、眼前で銃を手にニヤニヤ笑いこけてる此奴らが何よりやべぇッてこったな。
「……いくぞベラ。俺の手、確り掴んどけよ」
「! は、はい……」
「宜しいでしょう。聞き分けがよい息子さんを持って、さぞ鼻が高いことでしょう」
「ええ、ええ。未来の旦那様が、頭の悪いお方じゃ無くて良かったわ!」
俺から向けていた銃を引き、女はベラの横面へ銃を押し付けたまま俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
好き勝手言いやがる男が親父とお袋へ目配せをして、「また後日改めて伺いますよ」なんとも優美な声で語りくさる。
「貴族………」
自慢の弓を握るような所作をミアモがした瞬間、俺の足許に向けて男の銃から一発ぶちかまされた。
「……暴れ馬らしい貴女を、調伏し甲斐があるという貴族もいましょうから。ねぇ?」
わざわざ俺に見せつける様にか、どうにも知れたもんじゃねえが。
男は動きを止めたミアモの傍らに屈み込むと、顎を撫で摩るゲスいた仕草の後に踵を返し、その間際に俺の羽織を強引に引っ掴んで俺を引き摺った。
「さあ、行きましょうね。我が妹君の婿にして、我が愚弟となる男よ」
「はッ……応ともさ……」
俺は点々と血痕を残しながら、不安そうに見上げてくるベラの手を引いて、男の後を着いて村を出て行った。
撃たれた肩の痛みは時間を増すほど痛く、体ン中の血をどんどん抜かれてく気配に息を詰める。
「…ベラ……」
「は、はい……?」
後ろでお袋の泣く声が聞こえる。村の連中の混乱に狼狽える声が聞こえる。親父の慟哭すら聞こえる。
ミアモの声は、俺の耳には聞こえてこない。
ベラの手を再度握り直して、俺は、歪めたくなる表情を一身に堪えて、ベラを見下ろし笑った。
「ごめんな」
俺の謝辞を嘲笑うかの如く、掻き消すかの如く、女が空へ向けて銃を一度だけ撃ち放った。
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