火と寵愛の村-4.5

 村に唯一存在する集会所の中は、酷く静寂としていた。

 華美な装飾の為された服を身に纏う男女が、実に楽しそうに、村の族長とその婦人へ紙片を突きだした。


「半年前に歓待をしていただいた際は、大変にお世話になりました。馬車が道に迷った末、辿り着けましたのは本当に幸運でした」

「ええ、えぇ! そうですよぅ! それがまさか、お父様がご執心している東方の異国人方で築き上げている村だなんて! 幸運中の幸運!」


 喜色を孕んだ表情で、若い女が鈴を鳴らすような高い声色で続ける。


「私はぁ、先程案内してくださったあの方を旦那様として迎え入れたいのですー! 以前三味を聞かせてくださった時から、ずっとずーっと、考えておりましたの! …私よりすこーしだけ年が下みたいですけれど、まぁ気にしませんので!」

「私は……少々愛想に欠けてはいますが、弓の扱いに長けたあの女性をと考えていましてね。若人わかうどの数には限りがありますが、肩を並べる公爵家以上の世継ぎ達に宛がえましょうし」

「……お言葉だが、お二方が指名為されている二人は、次の春を迎えた頃、番いとしての儀を執り行う予定である。そも、我が一族はシャウリアを離れる事など、」

「族長殿」


 族長の声を遮る形で、若い男が拳で机を叩き、今一度突き出す紙片を見せつける様に差し向ける。

 酷く淡々とした声色ながら、唇は弧を描き、怒りとも愉悦ともつかない表情を覗かせる様に若い男は目を吊り上げた。


「貴方がたの矜持を否定するつもりはありませんが、たかが数百人という規模でしか無い村と、数千人の精鋭たる兵士を持つ宵の明星が背後に在る私たちの街…いいや、我が家紋と、どちらがより高みにあるかなど、頭を使わずとも判りますね?」

 

 若い男の隣で女がくすくすと喉を鳴らしながら、華美な服飾の間よりちらつかせていた金属の塊を手に擡げて族長へと向けた。

 族長の隣に居並ぶ婦人はその見慣れない塊に、女の顔とそれを交互に見遣る。不思議と、何か、狩猟に使うナイフよりも恐ろしい物を感じていた。


「――毛頭理解いたしかねる!! 命と引き替えに子らを売りに出せと強請ゆする貴族の街などと……!」


 紙と金属の塊を突きつけられている族長は、一筋の汗を流しながらも、啖呵を切って鈍色に光るその銃口を見据えていた。 

 その形相に若い女は奇異な物でも見るかの如く忙しく眼を瞬かせ、若い男もまた瞠目し、深く息を吐いて肩を竦めた。

 若い女の手首を軽く撫でて首を揺すり、下げるようにと無言で告げる。


「……はあ。半年前からずっっと言い続けてきたのに未だ折れる気は無いと。いいでしょう、考える猶予は今晩までとさせていただきます。答えは……ええ、明日の朝にでも」


 彼はその紙を受け取る事を当然だと言わんばかりに紙を手放し、呆れかえった調子で溜息を吐き出し、若い女を連れ集会所を後にした。

 紙片に書き記されていた事柄はこうだ。

 村村に居る若人へ婚姻を望む彼らの意思を絶対とする、その旨であった。不当な文句がずらりと並ぶその紙片の一番下部には、宵の明星と交錯する剣と銃の文様が刻まれていた。

 かさりと乾いた音を立てて紙片が机上へ落ちていく。緊張の糸が切れたらしい、婦人は詰めていた呼気を緩める。それと同時に、震える手でその紙片を取り、まざまざと記されるどうにも解せる事の出来ない言葉を見詰めた。

 足許の覚束ない婦人の肩を族長の手がそっと抱いて、萎縮するその肩を労らんと撫でる。


「ああ、あぁ……私が、私が、テスカに三味を弾かせなければ、ミアモに舞踏を踏ませなければ……」

「コアト……お前が責を感じる事などない……彼ら"貴族"を気安く招き入れたオレが浅はかだったと言えようぞ……」

「いいえ、いいえ……あなた…あなたは必死に彼らを説き伏せようとしてくれたわ…。

 テスカは私達シャルラの次期部族長、ミアモは其れを支える大事な嫁御になるのだと……それでも、それでも、彼らは言ってのけたわ…」

「……数世代後には途絶えん事になろう類い希なる異国の血を、我らが貴族に汲まれる栄誉なぞ他にないだろう……などと…!」

「どうして、どうして……私達は、祖先は…荒れ果てた地を興したわ、虚弱しきった動植物を扶けたわ、生ける火山の神に寵愛を賜る程まで、何世代にも渡ってこの土地と寄り添い生きてきたわ……!」

「コアト……」

「それなのに……! 若いシャルラの子らを貴族の愛玩に差し出せなんて、従わないならば、武力を傘に私達の村を滅ぼすだなんて……!!」

「あぁ……嗚呼………我らが、我らの子が、何をしたと言うのか……!」


 顔を覆い泣き崩れる婦人を、族長の腕が抱きすくめた。傾き始めた陽の光が、彼ら二人を柔らかく照らしていた。

 乾ききった室内の床へ大粒の涙が零れ落ちる。どちらの物とも言い切れないそれらが、やがて小さな水溜まりを作らんかとする頃合いに、それは聞こえた。

 夕暮れの村に パァン と響き渡る、耳を劈かんばかりの大きな音は、若い女の持っていた銃声であった。

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