火と寵愛の村-4

 二人の人間は丁度俺とミアモより二つ三つ歳上といった所の若い男女だった。

 葉を頭にくっつけていたり、服のあちこちが土で薄汚れていたりするが、着ている物等の身なりは良い。

 警戒するミアモにベラを預けて、俺は東屋から身を乗り出して二人の前に立った。


「失礼するが、俺達の村に何か用向きでもあんのか? 旅人の身なりじゃあねぇみたいだが」

「旅人? そんなモノじゃないですよ!」


 間髪入れずに声を返した男が、座り込む女の手を引いて立たせる。


「もちろん用向きアリアリですよぉ!! だって私達、此処 "シャウリア" の村に遊びにきたんですものー!!」

「そうなんです! 本当は一週間後に到着の予定だったんですけどねぇ、妹がどーしても早く行きたいってわけで、予定前倒してきちゃいました。あはは」

「あはは、ってなぁ。……じゃあお前ら、一週間後に来る予定の客人様ってわけか?」

「ああー、そうなるかもですねぇ! 村の人が迎えにくる? っていうのは聞いてたんですけどねぇ、えへへ。温泉にー、美味しいお料理にー、お酒に!! あ、あなたみたいな男の人もね、楽しみで楽しみで夜も眠れなかったんですよぉ! だから待ちきれなくてきちゃいました!」


 訝しげに見る俺の視線を察してか、それともわざと知らん振りをしてんのか。女の方が俺に寄り添い、腕にべたべたと手を絡ませてくる。軟弱な細腕、雪に似た白い肌、掛けられる体重はかなり軽く思える。甘ったれた物言いに、俺が眉宇を寄せんのも無理ねぇだろう。

 男の方は俺越しに、東屋を見上げてミアモを仰ぎ見ていた。視線に孕む品定めめいた邪な感情が、ありありと透けて見える。気に入らねぇ。


「半年前から月一回のペースで来てましたから? 地盤が安定して無くても、僕らなら全然平気だと思って来たんですが。思いの外、道は険しかったです。でも活火山の麓に村を作るなんて、危なくて大変ですね」

「あ? 何が言いてーんだ」

「ずっと昔に東方の地から来たっていう、異民族の祖先でしたよね? 余所から来る血の人は危機管理意識が低いんですかね。僕らの開拓民である祖先は、山を切り拓いた平地に作っていますから」

「………」


 睥睨とする俺の眼に気付いたらしい男が、ミアモから俺に視線を映して随分愉しそうに笑いやがる。女は声にこそ出さないものの、男の言うことには同意を示す様に小さくとも首を頷かせていた。

 ……どうにも鼻につくが、そうか。半年前から来てる客人を持て成さなきゃならん理由は、詰まるところが此奴らか。三味の奏者の端くれとして供宴したかもしれんが、俺は覚えていやしない。

 貴族だ。

 ベラが来た山向こうの街じゃなく、海岸沿いにあるデカい都市のお偉方。上流階級とかいう人間だ、此奴らは。


「――もう! 兄さまも貴方も。不機嫌な顔で、睨み合わないでくださいよぉ! どうだっていいので、早く案内してください!」


 俺の腕に絡みついたままの女が頬を膨らませて、不服げな俺と上機嫌そうな男へ向けて言い放つ。女の腕を疎ましく思いながら、俺はミアモへ振り向く。


「そういう事だそうだ」

「ずっと聞いてた。ついさっき文をしたためて矢と共に射った、報せは届いてる」

「お早いこって」


 弓を携え直したミアモがベラの手を引いて東屋から出てくると、準備に忙しい村の中心部へ足を向け、貴族である此奴らを一瞥して無愛想に会釈して背を向けた。いつも通りの愛想の無さだが、それが何よりも奴らしい。


「…落ち着いたら捜し、行こう。ベラ」

「はい……」


 直ぐに此奴らから興味を失せたミアモが、優しくベラへ話しかけるその態度へ横にいる女が詰まらないもんでも見るかの様に鼻を鳴らし、男の方はとみれば…なんだ? ミアモよりも、手を引いて覚束なく歩くベラへと視線を注いでいやがる。

 男の様子に気付いたミアモがベラの肩を寄せてさっさか歩き出す後ろで、俺は肩を竦めて女の腕を引っ張った。


「そんじゃぁ、我らの村へおみ足を運ばせてくださった"貴族様"がたよ。さっさと遊んで、さっさと帰っていってくださいな」


 俺の言葉に、女は再び甘ったるい笑みを浮かべて俺の腕に懐き、一方で男は訝しげな表情を浮かべていた。



 二人の男女を村の中心地である広場まで案内した折には、難しい顔をした親父と、嬉しそうな、けれども困ったような顔をしたお袋が待ち構えていた。

 親父が急遽やってきた二人を相手にすべく集会所へと入っていく傍ら、ミアモのしたためた矢文を片手に畳んで持つお袋が「本当に弓を扱うのが上手になったわね」それをミアモへ手渡しながら笑って言う。

 今朝以上に村がバタバタと忙しなく、男連中は得物を手に獣を獲りに行くと村を飛び出し、女達は客人を持て成す装飾を急ぎで繕い、村の年寄りも総出で野菜だの果物の選定を行っている。子ども達も野草の採取へと駆り出されてまるで落ち着きが無い。

 客人持て成しの練習を、とあれだけ騒いでいた奴等は俺の顔を見るなり、…変に悲しそうな顔をして、何も言わずに通り去って行きやがる。


「テスカ、ミアモ。それと…ベラちゃん。お昼ごはんは、美味しかったかしら?」

「! はい! あのですね、ええと。とっても、とってもおいしかったです!」

「そう! 良かったわ!」


 ベラから空箱になった弁当、俺とミアモから軽くなった瓢箪を受け取るお袋がやけに嬉しそうに笑う。

 お袋は俺とミアモ、それにベラを交互に見渡す。怪訝そうに俺が首を捻ると、何でも無いと言わんばかりに顔を左右へ振るう。


「じゃあ、私もお父さんと一緒にお客人さまにご挨拶へ行くから。テスカ、ミアモ。ベラちゃんのお世話、確りなさいね?」

「はい。…テスカ、稽古の缶詰は? しなくていい?」

「おッ、おい、余計なこと掘り返してんじゃ……」

「……ええ。今日は免除! お客さん、早く来ちゃったからね! 宴まで時間あるから何処かで時間を潰していなさいな。テスカ、あんたはちゃんとミアモとベラちゃんを守ってるのよ?」

「あぁ? ミアモに守りはいらんだろうが、歩き回るバイタリティ溢れる弓兵、自動ぶちころマシーンなんだからよぉごッ!」


 ガンッ、と俺の脳天からえらく鈍い音がしやがる! いってぇ!

 衝撃をブチ与えた方へ眼を向けりゃ、無表情の末恐ろしい顔を晒すミアモが拳を握り込んでいやがった。


「本当はベラちゃんの保護者さんを見つけに行ってあげてほしいけど、…ちょっとそれ処じゃ、ないからねぇ…」


 拳から白煙を沸き立たせるミアモの所行を可笑しそうに笑っていたお袋が、申し訳なさそうな声でベラの頭頂を片手で軽く撫でる。


「だ、だいじょうぶです! 先生はつよいです、きっとだいじょうぶです! うたげ…うたげは、にぎやかで、楽しいものだって、先生からおそわりました! 先生もにぎやかな音が聞こえれば、きっと、きっと此処までおりてくれます!」

「…そうねぇ。ふふ。賑やかな宴になるように、美味しいお料理作ってくるから! ベラちゃんと、ベラちゃんの先生のぶんも、拵えてくるからね!」

「はい! ありがとう、ございます!」


 …迷子の身分で寂しいだろうに、ベラは無邪気に笑ってお袋へ元気に言った。

 ベラのローブの裾ポケットに隠れるヴィダルが、俺とミアモをこっそりと見上げている。物言わないぬいぐるみにじっと見られて平然としていられるほど、俺達は薄情になりきれやしないだろうと知ってんのかねぇ。


「……お握り。ベラ、お握り、つくれる? ベラが作ってあげれば、先生…? きっと喜ぶ」

「おにぎり……」

「ほら、さっき食ったろ。米の塊。手で拵えてつくるんだ。中に具を入れたり、米に混ぜ物して握り込むだけだから、ベラにもきっと出来んだろう」

「! はい、やれます!」

「ん。じゃあ。おにぎりの具になる山菜、村の外れに生えてる。それ刈って、テスカに持たせて、いっしょに作ろう」

「はい!!」

「あら、それは助かるわ! ベラちゃん、ミアモ。テスカの面倒と一緒に、お願いね?」

「あん? おいお袋、逆だろ、俺がミアモとベラの……」

「はい」

「わかりました!!」

「オイ、おい」


 不服さしか残らない俺をガン無視して、女三人随分と楽しそうに喋り込んでいやがる。……覗き見上げるヴィダルと視線が合うと、笑いこそしやしないが、腹を抱えて笑う素振りを見せやがった。

 こんのぬいぐるみが……。

 微かな闘士を燃している俺に構わず、張り切るミアモとベラに引き摺られ、俺は渋々と山菜籠を持って荷物持ちへと徹することにした。

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