火と寵愛の村-3

 ベラが目を覚ましたのは、親父にボコボコに伸された俺がミアモの手当てを受け終えた直後だった。

 大人たちが、此奴の保護者を山狩りして探そうだの、いや今は街からの旅人を迎える為の大事な時期だから人手は割けないだのと騒ぎ立てる。

 不安げなベラをからかうように、あるいは不安を拭い去ろうとしてか。ミアモは済ました顔でベラの額を小突くと、やがて小さく笑って見せていた。


 結局、保護者を探し出す事は"多数決"で否決された。今はなにより旅人を迎えるのが大事なのだ、と。不愉快げな顔を隠さない親父はお袋に宥められながら、準備の指揮に駆り出されていった。他の大人も各人それぞれ、食料調達だの、楽器の稽古だのに足を急がせる。

 ご多分にもれず俺も楽器の稽古缶詰を…と声をかけようとする大人もいたが、すぐに口を噤んで散っていく。

「迷子を拾ったのはお前だ、昼飯も未だなんだろう。保護者を見つけるまではお前がしゃんと世話をしろ」との、去り際の親父の一声が良く効いた。

 遠まわしに保護者を探して来いとの達しで違いない。素直じゃあねぇやな。

 ともあれ、バタつく大人達が多いんじゃ落ちつかんだろうとミアモと視線を交わし、俺たちはベラを連れて村はずれの東屋へ向かった。

 親父の言う通り、飲まず食わずだというベラの腹は先ずは満たしてやらねばならん。加えていうンなら、俺とミアモも人捜しには腹を膨らませてからのが長く動ける。


「!!」

「あ、」


 程なく東屋が見えてきた頃、ミアモに手をひかれていたベラが不意にその手をすり抜けて東屋へと走り出す。

 一拍遅れて俺の耳にミアモの素っ頓狂な声が届く。


「おはなばたけ!!!」


 色取り取りの花畑に囲われたその東屋を背に、俺達へ振り向いたベラが笑顔を咲かせた。

 それこそ花が咲き乱れたかのような、見事なまでの華やかな様相だ。きゃっきゃと面白可笑しく笑いながら、再び東屋…の周りの花畑に潜り込んで、初夏の花を物珍しげに眺めだしている。

 随分と可愛がられて育てられているらしいベラだった。

 すっかり毒気を抜かれた俺は、うっかりとベラの手を離したミアモを見遣る。ヤツもまた毒気を抜かれたらしい、ベラの手を握っていた手指が所在なさそうにグーパーしていた。


「お花の名前。教えようか」


 ミアモがベラの隣へ屈み込み、相変わらず無愛想な面持ちながら、薄ら笑いにも似た笑みを浮かべて覗き込む。

 初夏に相応しい華やかな色の花弁を撫でるベラが、飛び跳ねるようにびゃっと身を竦ませる。


「!! はい、ぜひ!」

 

 そうして、実に嬉しそうな声が聞こえたのは言うまでもない。

 二人が花畑に座り込み、あの花はどうだ、この花はこうだと喋くり倒す横で、俺は一足先に東屋へ脚を踏み入れる。設えられた長椅子に座り、揃いの長机にお袋の持たせてくれた弁当を乗せる。俺とミアモとベラの分、ご丁寧に三段の重箱仕様だ。

 未だ未だ時間の掛かりそうなお花講座を尻目に、俺は腰に提げる瓢箪を二つ弁当の横へと置いた。

 いつもなら酒を入れている…所だが、今回の中身は生憎と林檎の絞り果汁を水で薄めた飲料である。酒の瓢箪は幼子のベラを言い訳に没収され、代わりに甘ったるいこれと来た。もう一つは村付近から汲んできた湧き水だ。前述の飲料は恐らくベラ専用だろうが。

 湧き水の入った瓢箪を傾け、片側の頬杖を突く。

 麓から見上げる活火山は、晴れ渡った空色に白い煙を噴き上げて雲の合間を縫って風に流されている。悠々とたゆたう雲すら風に吹かれて尚、もくもくと白煙が空を横切る。

 活火山としてはいつもの光景だ。そう言えば、ベラが先生とやらとはぐれた昨日は、火山活動が一際激しかったか。然し吐き出す煙になんら違和は無かったと、思ったんだが。


「テスカ、」

「どわッ!?」


 突如として澄み切った空を覆う…でない、俺の視界を覆ったミアモに、俺は仰け反って間の抜けた声を上げた。

 瓢箪がからんと音を立てて倒れそうになるのを慌てて止めながら、俺は訝しげに視線を送ってくるミアモへ改めて顔を向ける。なんだよ、という俺の言葉を遮る様に、机上に置き放しの弁当の包みが開かれた。

 見ればフードの上から頭に花冠を拵えたベラが、長机を覗き込んで、いまかいまかと弁当の蓋が開けられるのを待っている。


「食べる」

「あ、? ああ…」

「ご飯」

「ごはん!」

「へいへい」


 長机を挟んだ対面にミアモが座り込み、弁当の蓋へ手を伸ばして開ける。横から「おさかな!」こんがりとした魚の焼き物を見て目を輝かせるベラの声が弾む。

 立ち尽くすベラの手を引き、俺は席ひとつ分ずらして隣へ座らせた。その間にもミアモが重ねられた重箱を一段、二段と長机に並べて見せる。

 隣に鶏卵の出汁巻き、塩胡椒と牛酪で味付けした芋の蒸かしに蓮根の大葉挟み揚げ焼き。メインは根菜と鳥肉の煮付け、川魚の照り焼きに魚卵の漬けもあらぁな。煮詰めた山菜、おかひじきを混ぜ込んだ混ぜご飯がそれぞれ。

 お袋め、なかなか手が込んでるな。


「一応聞くけどよ。ベラ、苦手な喰い物とかはなさそうか?」

「! だ、だいじょうぶです! だしてもらえたものは、ありがたく、ぜんぶ食べます!」

「そう。凄く偉い。テスカも見習えば」

「……や、人参はどうも苦手で…おっ、と」

「あ! わすれてた……!」

「ミニィ!」

「あん?」


 俺とベラの間から白黒の物体がテーブルに飛び付き、机上へ短い手足を乗せてふんぞり返る。そういや居たっけな、この謎の動物……いや、間近でよく見るとコレは…ぬいぐるみだ。

 しぱしぱと瞬きするミアモが、視線でコレは何かとベラへ問う。直ぐ様ベラはぬいぐるみをむんずっと両手で掴んで俺らの前へと見せてくれた。


「ヴィダルです!」

「ヴィダル?」

「はい!」


 ぽい、とやや乱暴な手つきでベラがぬいぐるみを弁当の傍に置く。

 些かふらつきの目立つ様相だが、居並ぶ弁当にぴたりと動きを止めてじろじろとボタンの眼で覗き込み始めた。なかなか不躾でいやがる。


「これご飯たべんのか?」

「たべまーす!」

「ミー!!!


 鳴いた。神妙な面持ちで、その生き物をじろじろ眺め、俺は首を傾ぎながらミアモを一瞥する。俺の視線に気付いたらしい、ミアモも俺へ一瞥をくれると、肩を竦めて両手を合わせた。俺も一拍遅れて両手を合わせよう。


「そう。じゃあ皆でいただきますしよう」

「はい!! いただきまーす!」

「ミミーィ!」

「…いただきますっと」


 途端に食卓が喧しくなった。

 俺は短く息を吐いて、ミアモはぬいぐるみへ視線を突き刺し、ベラは相変わらず弁当に目を輝かせ、ヴィダルは不躾に握り飯の一つを取ってかじりついていた。口どこだ。

 竹箸の使い方が慣れていないベラに教える傍ら、俺達は各々弁当に手を着けた。

 然しながらまぁ、保護者の先生とやらは可愛がると同時に随分行儀良くベラを躾け…いや、実に丁寧に行儀を教えているようだ。

 箸の使い方はちょいと覚束なさが目立つものの、本人が宣言した通り、満遍なく食べろと勧めた料理を綺麗に平らげていく。特に混ぜご飯の握り飯は大層気に入った様で、実に美味そうに頬張っている。

 野菜魚に肉とどれもこれも好き嫌いをせず食べる様子はさながら、久方振りに食事にありついた旅人なのかと思うほど食いつきが良い。

 

「ベラ。嫌いをいわないで食べるの。えらい」

「ありがとうございます! でも、このごはん、本当においしいです! 味が、すこしふしぎです」

「ん? あぁ、俺らの料理は確かに、山向こう越えた街とかとはだいぶ違うみてぇだけどよ。ベラもヴィダルも残さずたんと食えよ」

「はーい!」

「ミーー! イ!」

「そう。テスカみたいに、人参よけないで食べるのよ」

「は、…はーい…!」

「ミィイ…」

「俺をそんな眼でみんじゃねえや」


 俺の皿上に残っている人参をしげしげと眺めるベラとヴィダルの視線が、いたく鋭く見えた。



 流石に三人と一匹がいれば、三段の弁当もあっという間に食べ尽くされちまった。

 粗方全ての弁当を空にし終えた折、不意にがさがさと茂みを掻き分けるような音が耳に着いた。


「テスカ」

「あぁ」


 甘く煮られた人参を、ヴィダルの口(といえるべきかは知り得ない)へ放り込み、りんご果汁の飲料をおいしいと飲むベラの肩を抱き寄せ、俺は視線を彼方此方へ遣る。

 獣避けの香は村と外の境界に一日中焚いている。とすると、それ以外の何かだ、アレは。

 不思議そうに俺とミアモを見上げるベラを余所に、其れはがさがさとより音を立てて確実に近付いてきている。


「――あ、あああ!!!」

「村だーーー!!!」

「!」


 満を持して茂みから飛び出してきたのは、……なんてこと無い、見知らぬ二人の人間だった。

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