火と寵愛の村-2

 堰を切ったように泣き出すベラと名乗った子どもの手を引き、俺は村へ続く藪道を歩いた。

 しゃくり上げてイマイチ聞き取りづらくはあったものの、此奴の話を纏めるとこうだ。


 活火山の麓にある村、つまり俺達の村を訪れる予定だったという"ベラ"と"先生"……と、白黒の謎の動物"ヴィダル"は、順調に其の足を動かして村まであと少しの所まで来のだという。

 だがここ最近間隔無く頻発している火山活動に伴い、引き起こされた地震の影響で、歩いていた山道が突如地割れを起こした。場所を聞いて察するに、大昔に俺の祖先が鉱脈を探して掘っていた穴ぐらのいくつかが陥没したんだろう。

 運悪くその地帯のど真ん中を歩いていた先生は、直前まで手を繋いでいたベラまでが巻き添えを食らわないよう突き飛ばしたらしい。土煙が収まった頃には、既に先生の行方は知れなくなっていたという話だ。中々男気があるなそいつは。

 続く地震に怯えながらも丸一日中飲まず食わずで、先生の名を呼びながら探し回ったそうだが、腹は減るわ眠いわ疲れたわ突き飛ばされたときに擦りむいた足が痛いわでどうにもならなくなった。だがその時に、山道の上から俺達の姿を見つけたそうだ。

 慌てて道ならぬ道を降りて俺の傍までやってきた時には、恥も外聞も無く泣いちまったのだと。無理もない。ミアモのトコの末っ子、鼻垂れ弟よりも小さそうに見える、助けを求められただけ上出来さ。


 俺は手前の後頭を搔きながら、ベラの手を掴み直す。未だ未だ涙は止まりそうにない。どうしたもんかと考えた俺が、もう一方の手で頭をぐしゃぐしゃ撫でてやると、幾らか落ち着いた風にして俺を見上げた。


「とりあえずだ。ベラ。お前の先生はきっと大丈夫だ」


 勿論そんな確証は無い。山を滑落したとはまた訳が違う、落盤に巻き込まれたとしたらまず助からない。九死に一生を得て仮に生きていたとしても、人の作った粗末な山道すら外れたら、真面な道の無い山の中から出るのは難しいだろう。

 入り組んでる地理に詳しいならどうにかなろうが……村の人間でない以上、普通に考えれば絶望的だ。

 

「う"ぅ、ひっく」


 そんな酷な話、この子どもに出来るわけがねえ。

 万が一、億が一でも有り得ねえ、根拠の無い大丈夫を言っちまってる俺の方が酷な奴だろうかね。

 神様よ。


「いいか? 俺も一緒にそいつを探してやる。こう見えても俺は探し物が得意なんだぜ。そいつを見つけた時に、もし泣いたままだったら、絶対笑われちまうぞ。だから泣くのはこの辺にしとけ」

「う、ぅう……ぐす…はい……」


 ぼたぼた涙を垂らし続けるその目元を、俺の袖でゴシゴシと擦った。生憎、拭っても拭っても涙の勢いは弱まりこそすれ止まる兆しがない。目元が乾いていたのも一瞬の間だけだ。

 口だけでも素直に頷いたんだから良しとしよう。しっかしまあ、えれえ拾いものをしちまったな俺は。いやいや、拾いものって表現はいけねえな。嗚呼。迷子だ。迷子。


「……ところでベラ。一個きいていいか」

「はい……」

「お前達はどっから来たんだ? 山道の地割れに巻き込まれたっていうと、このでっけー火山を越えてきた風に聞こえるけどよ」

「そうです……あの、この。おっきなおやまの向こうがわからきたんです」

「ほぉ。それなら、途中で…………」

「とちゅう……?」

「……ああ、いやいや。なんでもねえよ」


 一応確認がてら聞いてはみたが、まさか山向こうから人が来るなんて思ってもみなかった。それも生きたままで、だ。海側からきたんなら兎も角。

 なにせ山向こうにあるエラく深い森には人食いの化物が出るんだ。ンな所を通るアホなんざ、……物好きの行商してるおっちゃん以外、今まで骨の格好でしかこっちの麓に出てこなかったってのに。

 ……ますます此奴を連れ歩いていた先生って奴の生存が危ぶまれてきたな。これ以上考えるのは後にしとこう。悟られちゃならねえ。


「まあ、いいさ。そんじゃあよ、ベラ。村に着くまでにはいい加減、泣きんでくれよ。俺が悪者みたいに思われ兼ねないからな。――っと!」


 ヒュッ。って、物凄い早さで俺の真横を一矢が通過した。ヤツの其れに間違いない。

 ミアモ、止めなさいな! って、お袋の声が聞こえるのを察するに、此れはミアモの独断で放たれているようだ。何故ミアモが俺に向けて矢を放ってくるかなんて考えなくても解る。

 此れは俺達なりのケンカだ。

 矢が吹っ飛んできた方向へ俺は一歩身を乗り出し、此奴を後ろ背に隠す様にミアモの居るであろう方面ツラを向ける。


「いいかァベラ!」

「はッ、はい!」


 俺の覇気迫る声に慌てて返事をした。様子を伺うと、いつの間にやら涙が引っ込んでいやがる。そのいきだ。

 

「俺の体から手や足だすんじゃあねーぞォ! あっという間に射抜き取られっからな!」

「!!」


 どうやら涙を流す所で無くなったってのを解したようだ。 上等上等。


「よぉおく見ておきなァ!」

「テェ、」


 ドスの効いた低音ヴォイスが矢に付随して聞こえてきやがった。ミアモだ。矢張り恐ろしい女だ。

 放った距離は凡そ二百いかないくらいか、俺の右肩付近を狙ってカッ飛んできたソイツを、まずは背負い込んでいた槍で軽く薙ぎ払った。

 薙ぎ払って尚勢いが死なず、鏃はその辺を低空で飛んでいたらしい太った鳥の左翼を貫いた。鳥の鳴き声にか、それともミアモの厳つい声にか、後ろのベラが身を震わせているのが肌に伝わる。

 次の一矢を捉えるべく、俺は双眸を細め遠くを見渡す。


「今の声は俺の村で二番目におっかねえ女だ!」

「えっ、え?!」


 距離が五十ほど近付いている。狙うとすれば俺の利き手だろう。


「スゥ、」


 ご明察! 俺の左腕手の甲を目掛けて矢が飛んできやがった! いやあ嬉しいねぇ!

 腕の動きを予測して的確に軌道を変えた三本目の矢も、時間差でおまけできやがった! こりゃ嬉しくねえやな!


「一番おっかねえのは俺のお袋だが!」

「お、おふくろ?」


 二番手の矢も槍で薙ぎ払い、直後に迫り来る三番手の矢は腰に提げる刀で真っ二つに斬り伏せる。

 二番手の矢は当然、軌道を逸らせど勢いは殺せなかった。どうやら森を駆け抜ける獣の身に命中したらしい、直後、俺の左手側に在るでかい巨岩に何かデッカい動物がぶつかる音がした。

 ……巨岩の脇から鹿の角が見える! 今夜は鹿肉か!


「カ、」


 危ねえ! 思い掛けず手に入った獲物に喜んでいる場合じゃねえ。

 残すミアモとの距離は気付けば百、いや七十も無いくらいに縮まっていた。三番手の矢からわざと時間を置いて、四番手の矢が俺の顔真正面へと迫り来た。相変わらず物凄い早さではあるが、肉眼で距離を捉えられる早さに落としてくれやがる。

 そうか、次の獲物はアレってワケだ。


「近いうち、一番おっかねえ女になっからよ!」

「あっ、わ、わわ!」


 俺の鼻っ柱に鏃がブッ刺さるまさにその瞬、身を伏せた。俺達の居る直ぐ後ろの巨木、地上から五メートルはあろうかという枝に実っていた果物が近くの茂みに落ちた。個数は耳で聞いた数で六つ、晩飯のデザートには丁度良いだろう。

 それにしても。

 俺の言葉か、周辺の状況か、ミアモの末恐ろしい声か。此奴、ベラという子どもはいたく面白い反応を返してくれやがる。体を伏せて俺の右脚にしがみついている姿は、俺の村の女に見られないかよわさだ。


「ァァァアアーーーーッッ!」

「おっとぉ!」


 そうこうしている内に、矢の代わりに本人が吹っ飛んできやがった!

 俺は真っ向から飛びかかってくるミアモに、もう一本、腰に提げていた刀を引き抜いて、俺の眼スレスレにまで迫ってきた刃を受け止めた。鋭い直刀を受け止めるには、一本の片刃刀より二本の片刃刀に限る。

 ガギンと鈍くも鋭い音を響かせ、俺はミアモの刃を押し返した。宙で一回転し体を後退させたミアモは、それまで握っていた直刀を俺の足元に投げつける。

 直後、地面に串刺しにされた毒蛇がのたうち回って絶命する瞬を視界の端で確認した。ホントに、良い腕してやがる。

 ミアモもそれを確認したらしい、ふんと鼻を鳴らして俺の眼前まで歩いてきた。当たり前だが、殺気は感じられない。


「――よぉミアモ! 今のケンカの成果は、肥えた鳥が一羽、鹿一匹、果物が六つに蛇酒に使う毒蛇一匹だ。特に前二つの獲物は俺がいなした矢の賜物だ、よって今回は俺の勝ちだな?」

「仕方ない。今回はそういうことにする。それより」

「あん? それより?」

「その子」

「あッ?」


 俺の成果報告をさらっと聞き流したかと思えば、ミアモが徐に俺を通り越してその背中越しへ、指を差した。


「気絶してる」

「……おっとォ」


 振り向いてみると、俺の右脚にしがみついたまま、死にたての毒蛇とご対面して気絶しているベラが居た。忘れていたつもりはなかったが、ついつい夢中になっちまった。

 毒蛇の死に顔を見て怯えのあまり気絶したというのが益々俺の村の女には無い物を覚えた。

 間の悪いことに、気絶しているベラの意識を取り戻させる前にお袋が駆け寄ってきた。周囲の獲物はいつもの事だとしても、俺の後ろで気絶する"年端もいかないいたいけな少女"が居るのに気付くと、途端にお袋は俺へずんずん近付いてこう言った。


「知らない子を泣かせていたかと思えば、あまつさえ気絶させるなんて!」

「ッだ!」


 グーにした拳でボコボコに殴られたのは言うまでもねえ。

 鹿と蛇と鳥を引き摺る俺、果物を軽々持つミアモ、ベラを抱えるお袋で村に戻ったのは、それから程なくの話だ。

 でかいコブを拵える俺を見て笑いこける親父を殴って、さらにボコボコにされたのもすぐの事だった。


 さて。どうしたもんか。

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