第68話 元勇者 あとは、カイテルを倒すだけだ!

 パトラが去るまではそれなりの地位にいたエマ、しかし、カイテルたちの悪口を言ったといういわれもない密告により、周囲から孤立してしまったのだった。

 そしてギルドで偶然カイテルを見かけたときのこと。


「お願いっチュ。なんでもするっチュ。だからこんな扱いは嫌っチュ」


 カイテルに自分のすべてを話したエマ。そして──。


「あのパトラの知り合いか。それに魔力適性も高い。中々使えそうな人材だ」


 カイテル、エマのことを使えるコマだと判断。

 そしてエマ、カイテルの思い通りに動く人形と化してしまったのである。


「エマさんそんなことが──」


 その事実、ローザはショックで目を伏せてしまう。


「殺すなら、殺すっチュ。こうなることは、わかっていたっチュ」


 エマもポロポロと涙を流す。まあ、逃げたところで密告社会のせいで頼れる仲間なんていない。下手をしたら浮浪者になったり、山賊なったりそんな末路だってあり得る。


 パトラさん、平然としながら残ったアイスティーをに見干すと、そして1つの質問をする。


「それで、あなたはどれだけの密告をして、どれだけの人を追い落としたんですか?」


 エマの目から涙が止まらない。パトラさん、ちょっとひどい質問だったんじゃないか?


「そんなこと、できないっチュ。だから、追い落とされたっチュ」


 泣きながら言葉。気持ちはわかる、いくら追い落とさないと生き残れないといたって、普通の人間はそれだけ悪いことをすれば罪悪感がわく。


「まあ、わかっていたわ。あなた、いい人過ぎて人の足を引っ張るのに向いてないもの」


 ルシフェルもため息をつきながら一言。俺もそう思っていた。



 まあ、彼女は元魔王としていろいろな人を見て、向きあってきた。だからちょっと話しただけでエマのことを理解したのだろう。


「んで、策はあるの? 彼女をどう罰するの?」


 彼女を罰するということは、彼女のようにカイテルに取り入った人物全員を罰しなきゃいけないということだ。


 そんなことをしたらこの国は囚人の国に似合ってしまう。


「ちょうどいい、今度俺とカイテルは一騎打ちをするんだ。そこで考えがある」


 そして俺はその考えをルシフェルたちに話す。


 ひそひそ──。


「なるほどね。それはいいかもしれないわ」


 フッと微笑を浮かべるルシフェル。まあ、彼女もいいと考えたんだろう。

 エマは相変わらずさっきからプルプルと体を震わせ、縮こまっている。


「えっ、私に処罰はしないッチュか?」


「とりあえずはな」


 まあ処罰したところで何の意味もないからな。

 大体、この国みたいに互いの信頼関係も崩れ、密告ばかりしているような国では一般人はどうしてもそうなってしまうのが自然だろう。



 むやみやたらに立ち向かうよりも、あいつら側にとりいっておこぼれをもらう方を選ぶ。そうなってしまう方が多数派だ。


 彼らは俺やカイテルのように種族値に恵まれたわけではない。下手に逆らえば自分だけでなく家族や友人までひどい目にあうかもしれない。


「けど、代わりにお願いがあるんだ」


「代わり? どういうことッチュ?」


「俺は必ずカイテルに勝つ。だからこれからは団結してほしいんだ。こういう仲間割れを起こそうとするやつらに、自分たちは勝つって」


 けど、立ち上がらなきゃいけない。俺だって、ルシフェルだってずっとここにいるってことは出来ない。

 本来なら彼らの安全が約束されるまでここにいてあげたい。けど他にやらなきゃいけないことも、行かなきゃいけないこともある。


 勇者になって一つ思ったことがある、俺たちが直接世界を変えることはできない。

 けれど、彼らの願いを載せて戦い続けることはできる。


 だから、この街で誰一人、平和を、悪と戦う心をなくしてしまったら、俺の出番はないに等しい。


 俺が去った瞬間、また第2のカイテルがやってくればそれになびいてしまうだけだからだ。


「……わかったッチュ」


「──ありがとう」


 彼女は勇気を出して首を縦に振る。ぎこちない動き、戸惑いながらという感じだ。おそらく周囲がカイテルになびけば彼女はあらがえないだろう。


 それでも俺は待っていた。彼女が立ち向かうという決意をしたことに。

 後は俺がカイテルに勝つだけ、そして不正を暴いた後に叫ぶ。


 こういう悪に手を染めるやつらと、戦ってほしい。俺も一緒について戦う。この世界のために、この街のためにね。


「とりあえず、最低限の目的は達成したわね。それで、カイテルの勝つ確証はあるの? 負けたら彼女の勇気、無駄になっちゃうわ」


 ルシフェルのたしなめるような言葉、俺は自信を持って返した。


「じゃあルシフェルは、以前俺と最終決戦をしたとき、俺に負けたらどうしようとか考えたか?」


 その言葉にルシフェルはキョロキョロと目をそらす。そしてほんのりと顔を膨らませながら一言。


「──考えるわけないでしょ。なんで打ち倒さなきゃいけない敵が目の前にいるのに、そんな発想しなきゃいけないのよ」


「俺だって同じだよ。いつもそうだ」


「まあ、無粋な質問だったわね。絶対に勝ちなさいよ」


 フッと微笑を浮かべるルシフェル。当たり前だ、一大決戦だって時のそんなこと考えるわけないだろう。

 命を懸けて戦った仲だったこそ、わかってくれたはずだ。


「今までと同じだ。俺は絶対に勝つ!」


 俺はルシフェルたちに向かって叫ぶ。エマは表情は少しだけ表情が明るくなる。


「お願いッチュ! 応援しているッチュ!」



 エマの願い。俺は強く受け取った。後は俺がこの子たちの願いをかなえるために勝利するだけだ。

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