第62話 元勇者 いざデートへ

エマが首をコクリと縦に振る。そうと決まればすぐに行こう。

 トントン──。


「失礼する。入るよ」


 この時俺は重大な失態を犯していた。ノックをして相手の状態を確認するという、異性に会うときの大事なプロセスを忘れてしまったということを──。


「えっ? ちょっと」


「ほ、本当に、すいません」


 簡潔に言う、下着姿の3人の姿がそこにあった。その姿、俺はただ土下座をすることしかできなかった。

 ローザは思わず顔を真っ赤にして胸と股を隠す。セフィラはその前に立ちはだかる。俺からローザの体をみえないようにしているのだろう。


 ルシフェル、あきれたような顔をして下着姿のままソファーで足を組んで座っている。

 予想もしなかった事態に俺は土下座させたままフリーズし言葉を失ってしまう。


 すると下着姿のパトラさんがこっちに向かってゆっくりと近づいてきた。パトラさんから目をそらし、慌てて立ち上がる俺。


「とうとうやってしまいましたか」


 スレンダーで抜群のスタイル。色っぽく、美しくて情欲にかられるような体つき。まるでモデルのようだ。


「そ、その……」


「恐らく性的要求が満たされず、つい出来心でこのような事態に至ってしまったのでしょう」


「いや、違うんだって話を聞いてくれ!!」


 いろいろと誤解しているような……。

 そしてパトラさんは俺の左腕をそっと握る。


「どうしたんですか? 望んでいたのでしょう、このような事を」


 すると俺の手を自分の胸に押し当て揺らし始めたのだ。

 マシュマロのような柔らかい感覚が俺の左手を支配する。気持ちくて、癒される気分になる。


「って、やめてください」


 俺はパッとパトラさんの手を振り切ってその胸から手を話す。


「ふ~ん、陽君はそう言う胸の人が好きなんだーー」


「もう知らない。好きなだけお戯れてください」


 ローザはそれを見て不満そうに顔を膨らませる。ルシフェルもすねたような、あきれたような顔つきで俺を突き放す。


「うわ~~。勇者さん変態チュ。」


 セフィラは敵を見るような目つき、エマは軽蔑の表情。とりあえず誤解を解こう。


 俺はとりあえずパトラさんの手を振りほどく。そして事情を説明。エマがきて、一緒にこっちで話そうと思ったらこんな状況になっていたことを?


「本当に? 欲望が入っているとかないわよね」


「そんなつもりないってルシフェル」


「本当ですか? わざとノックを忘れてローザ様の美しい裸を──、やっぱり八つ裂きに」


「絶対違うって。そんなことないから!! 本当にごめん」


 必死の説得と謝罪、何とか周囲も矛を収める。


「それでは、彼の言葉を信じるとしましょう」


 パトラさんの言葉もあり、何とか嵐は収まった。ローザとセフィラが机にある茶葉で紅茶を入れてくれた。


「それで、話って何?」


「この後について話したいんだけど、俺たち、この後どうすればいい?」


 紅茶をすすりながら問いかけると、まず答えたのはルシフェル。


「とりあえず、この貴族たちのことを調べたいわ。たたいたら埃がバンバン出てきそうだし」


「ルシフェル、それは俺も同感だ」


 ローザやパトラさんも賛同の声。どこか時間を作ってこの城を調べてみようか。すると次に手を挙げたのはパトラさんだった。


「とりあえず、明日からやりたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 そしてパトラさんがその内容を話し始めると──。


「陽君──、本当にするんだ」


「まあ、いいかもね、周囲に知らしめるという点では」


 その言葉に周囲が騒然となる。俺もその内容に驚いてしまう。


「俺と、パトラさんが、街を出歩いてデート??」


 そう、2人が街中でデートをすることで、2人の恋人関係がとても深いものだと街中に認識させるというものだった。


 ま、まじかよ──。

 デートか、以前ルシフェルと練習したけど、ドキドキするよな。

 そして反対意見はなく賛成多数で可決。


 デート、うまくいくといまなあ。




 そして翌日。朝食をとった後、城の前で待ち合わせ。


 お嬢様とのデートにふさわしいタキシード姿だ。5分ほどすると彼女はやってくる。

 純白のワンピース姿をしたパトラさん。


 上品で可憐。お嬢様という雰囲気をこれでもかというくらい出している。俺も思わずその美しさにドキッとしてしまう。


「お、おはようございますパトラさん」


「おはようございます」


 するとパトラさんは俺の隣に建つ。そして──。


 スッ──。


 俺のネクタイに触れ初め。


「ネクタイが曲がっていますよ」


「あ、ありがとうございます」


 ネクタイに触れまっすぐに直す。その間、どうしてもパトラさんが接近する形となりドキドキしてしまう。


「さあ、行きましょう、とても似合っていると思いますよ」


 そう言ってパトラさんは俺の手を優しく握る。


「手、つなぎませんか?」


「は、はい……」


 俺はぎこちないそぶりでパトラの手をぎゅっと握る。絹のようになめらかで冷たくやわらかい。この前握ったルシフェルの手より繊細で細い感じがした。

 前回この世界に来たときはこんな経験はなかった。毎日のように特訓して魔王軍達と死闘を繰り広げていてそんな事をしているような雰囲気は無かったからな……。


 街を歩き始める、歩きながら心臓がバクバクする。

 フッとパトラが微笑を浮かべる。


「そこまで緊張をなさならいでください。大丈夫です。特におかしいところはありませんよ」


「そ、そうですか」


 そうは言われてもなあ、威勢の手を握るというのは、俺にとっては大事なんですよ。

 すると街の人たちも俺たちの様子に気づき始めたらしく。


「あ、あそこにいるの元勇者じゃねえか?」

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