第60話 元勇者 敵のホームへ
「大丈夫だよ。安心して」
とりあえず、景色は帰りにでも楽しもう。ついた先は向こうのホーム。何が待っているかわからない。体力は温全するに限る、寝よう。
そのことを伝えて俺たちはしばしの睡眠へ。ローザは上空からの絶景を楽しみたいと顔を膨らませて文句を言っていたので、入り口側に移動させ日が暮れたら寝るように促した。
そして――。
(ルシフェル、結構寝顔かわいいな)
ルシフェルはすうすうと寝息を立てながら寝ている。寝顔は、上品で、繊細でとてもきれいだった。
まるで彼女の本当の心を表しているかのように……。
そしてその寝顔に見とれていると。
ぎゅっ――。
なんと両腕で右腕に絡みつくように抱きしめてきたのだ。さらに寝返りを打ってきて体自体を俺に預けるような体制なってしまう。
おまけに右足を俺の両足の間に絡ませてくる。ふくらはぎや太ももの柔らかい感触が俺の足全体に伝わってくるのだ。
絡み合う肉体、全身に彼女のぬくもりを感じている、心臓が破裂しそうなほどにバクバクと音を上げる。いやでもルシフェルのことを意識してしまう。
(ル、ルシフェル、さすがにそれはまずいって……)
そしてルシフェルはその体制のまま微動だにしなくなる。
結局よく寝ることができなかった。
次の日の朝。
「おはようッチュ。もうすぐ着くッチュ」
エマの甲高い声に起こされる俺。寝不足のまま目をこすりながら、ローザと一緒に外の景色を見てみると――。
「あの街ですか?」
ローザの言う通り、針葉樹の森が広がる森林地帯の先に大きな街を発見。
「そうっチュ。あれがチャクロフカ地方最大の都市タリミールっチュ」
いよいよついたか、どんな街かな? いったことがない街だなあれ。
そして郊外の大きな広場にキャンプは着地。その場でキャンプから降り立つ。
「カイテルさんだ。本当だ。どこへいかれていたんですか?」
「おかえりなさいませ。待っていましたよ」
降り立った場所には冒険者やメイド服を着た侍女らしき人がいた。皆、彼を慕っているようで頭を下げたり、羨望のまなざしを向けたりしている。
そんな称賛の言葉を聞いているとさらに1人の人物がやってきた。
「これはこれはカイテル様。おかえりなさいませ。聞きましたぞ。王都からお嬢様を連れてくると、こちらのお美しいお嬢様がそうでございますか?」
「おお、コーザ。そうだ、とりあえず皆の衆に彼女のことを紹介せねばなるまい」
一応人望はある人なのだろう。そして彼はスッと右手をパトラさんに差し向け。話始める。
「すまなかったな。わが嫁にふさわしい人物へ会いに行ったのでな。紹介しよう、ミルブレット・パトラだ。皆のしゅう、よろしくな」
その言葉に周辺の人物たちが騒然となる。
「ミルブレット? ああ、あそこのお嬢様か、名門じゃねえか」
「それに容姿もとてもお美しい。まさにカイテル様にぴったりなお相手だ」
そしてカイテルがコーザと呼んだ男。背が低く、物腰柔らかい印象でカイテルにすり寄ってくる。
「いやぁ、さすがはカイテル様。こんなお美しいお嬢様を連れてくるなんて、お目が高いですなあ」
眼鏡をかけていて、ネズミの耳をしている亜人。賛美の言葉を並べ、典型的なゴマすりが似合う人物といった印象だ。しかし当のパトラさんはため息をついていてあきれ果てている様子。
そしてカイテルの3歩ほど前まで歩き、民衆の前で立ち止まり。彼らにくまなく視線を向かると深呼吸をした後に叫び始める。
「皆様、何か勘違いされてないですか? 私はカイテルさんと交際したことも、婚約をしたこともありません。私には交際相手がいます。それがこの――」
そしてパトラさんが俺のほうへ向かってくる。で、俺の右手をつかんで上に向かって上げ始め。
「かつてこの世界を救った勇者。陽平さんです」」
その言葉に周囲は騒然となる。
「陽平? って元勇者の?」
「う~~ん。世界を救った元勇者じゃあ、いくらカイテルさんでも分が悪いんじゃないかなあ」
すごい、このカイテルホーム状態でもちゃんとNOを突き付けられるのが彼女の強さだ。この場が一気にざわざわとし始める。
ガッ――。
いたた。誰だよ、俺の足を踏んだのは、ってルシフェル?
「ほら、何ボーっとしているのよ。何か言いなさいよ! あなた彼氏なんでしょう?」
ひそひそ声で俺に話しかけてきた。確かにそうだな。っていうか本来俺が強く言わないといけないんだよな。
「ああ、そうだ、現在パトラさんと交際している。悪いがカイテル。貴様の要求はのむことはできない」
強気な口調でそう叫ぶ。この街の人たちが明らかに動揺しているのがよくわかる。コーザは俺とカイテルの顔をキョロキョロと視線を往復させている。
しかしカイテル本人は微動だにせずほくそ笑んでいる。まるでここから状況をひっくり返せるといわんばかりに。
「さすがだ元勇者よ。だが俺は貴様の先を行く」
そう話しかけた後、前に歩を進め、民衆たちの前に立つ。動揺している様子は一つもない。
「フフフ、驚いたか民衆どもよ。だが案ずる必要など一つもない。奪えばいいのだ。姫は元勇者が持つ圧倒的な力に惹かれているのだ。だったら話は早い。証明すればいいのだこの俺がすでに全盛期を過ぎた元勇者より優れていると。示せばいいのだ」
「ということでこの場で俺は宣言する。勇者陽平、俺は貴様に決闘を申し込む」
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