北風と太陽と間男

焼き芋とワカメ

北風と太陽と間男

 北風と太陽が道行く女の服を脱がせないでいると、一人の男が彼女たちに声をかけた。


「俺も参加して良いか?」


 実はその登良玲音という名の女は最近旦那とはご無沙汰で、今しがた声をかけてきた男は通称『間男』と呼ばれる男だった――。





 ある所に北風と太陽が居た。彼女たちはギャンブル依存症だった。彼女たちはいつも、道行く人の服をどちらが脱がすことが出来るか賭けをして、周りの人たちに迷惑がられていた。

 なぜ彼女たちがそのような疾患を持つようになったか。あの日、初めてのギャンブルから始まった。


 彼女たちは以前から日照権を巡ってしのぎを削っていた。これは云わば、互いの存在を賭けた戦いだった。この場合の日照権とは空を巡る戦いと考えれば制空権、互いの存在を賭けると考えれば生存権、あるいは生存圏とも言い換えられる。

 彼女たちは空にしか存在出来ず、より長く空に存在し続ければより大きな力を得られる。そんな彼女たちにとってお互いの存在は邪魔であった。

 北風の雲があれば太陽は顔を出せず、太陽が出ていれば北風は雲が育たない。だから互いにより大きく空の支配圏を広げ、相手をどこかに追いやろうとしていた。

 太陽はある時思い付いた。


「人間の衣服をどちらが先に脱がせるかで賭けをして、勝ち続ければ一気に自身の支配圏を拡大出来るのでは?」


 善は急げで太陽は北風に賭けを持ち込もうとした。しかし、太陽と地球の距離は1億4960万キロメートルもある。これではコミュニケーションを取れるはずがない。

 そこで太陽は、地球に辿り着いた自身の日光を集めて分身を作った。その分身は黒髪ボブの美少女、肌は小麦色に日焼けし、麦わら帽子と白いワンピースを着ていたが、誰がどう見ても下着は付けていない。

 そんなことが分かる理由は、太陽の分身だけあって熱いのか汗だくで、その汗のせいでワンピースがスタイル抜群の体にぴったりとくっ付いているからである。

 分身の知覚は本体と共有されており、同時に別の場所に居ることと見た目以外の違いが無いので、太陽の分身は以降太陽と呼称する。




 北風はそんな太陽が自分のもとに送り込まれたとき、最初はその痴女っぷりに驚きを隠せないでいたが、すぐに対抗心へと変わった。あの憎き太陽がこんなハレンチな美少女分身を生み出せるなら私にだって出来るはずだと。

 そこで対抗して作られた北風の分身(太陽に倣いこちらも以降北風と呼称)は、太陽とは対照的に肌は透き通るように白く綺麗だった。髪は銀髪のロングでこちらも負けず劣らずの美少女だったが、出る所の出ている度合いでは負けていた。だが、これは好みの問題だろう。

 服装だが、北風は白のブラウスに少し暗い青色をしたミニスカートを穿いているのだが、そのミニスカートが彼女が巻き起こす風によって絶えずめくれ上がり、それを彼女はずっとスカートを押さえ続け赤面するという、滑稽なのか計算なのか分からない状態になっていた。ちなみにTバック履いていることを確認している。

 一説によると北風が痴女対決をしたかったのではないかとも言われているが、真相は定かではない。しかし一つ確かなのは、太陽も北風も自身の力が溢れ出てしまうくらいに強力な分身を作り出せるほどの、強大な存在であるということだ。




 そして太陽は北風に賭けの件を話し、北風はこれを了承した。北風も太陽と同じことを考えたからだ。

 北風は、太陽の方から持ち掛けてきたことに警戒心を持たないでもなかったが、それでも勝てる自信があったのだ。北風は人間の衣服に触れられない太陽が、如何にして服を脱がそうというのか見当はつかなかったが、風で直接服に触れられる自分の方が圧倒的に有利だと考えていた。


 北風が賭けに乗った時、都合よく旅人が現れたので彼を使って賭けをすることになった。先手は太陽で、太陽はジリジリと照り付けるが旅人に変化はなかった。

 北風はそれを鼻で笑い、ひゅーと一吹きして風を起こすと旅人の帽子は飛んでいった。北風は勝利に興奮状態になった。心臓の鼓動が早くなり、胸に耳を当てたわけでもないのにその鼓動がハッキリと聞こえ、顔が熱くなった。存在を賭けた戦いであったのだからこれだけ興奮するのは当然と言えた。


「これで私の勝ちね」


 北風はそう言ったが太陽は認めない。


「ノーカン! ノーカン!」


 しかし、内心どこかで敗北を認めたのであろう。北風の勢力圏が拡大する。これに調子に乗った北風は、追い打ちをかける様に次なる賭けを太陽に持ち掛けた。


「次はあのマントを脱がした方の勝ちにしましょう」


 太陽はこの話に二つ返事で飛びついた。今度は太陽にも勝つ自信があった。

 北風はさっきと同じ様に風を吹かせるが、旅人はマントを脱ぐどころか逆にしっかりと押さえてしまう。今度は太陽がその様を鼻で笑い、旅人を照らし続けた。旅人はあまりの暑さにマントを脱いでしまった。


「これで私の勝ちね」


 太陽は敗北からの逆転により興奮状態になった。心臓の鼓動が早くなり、胸に耳を当てたわけでもないのに鼓動がハッキリと聞こえ、顔が熱くなった。自身の存在が追いやられるところを回避したのだ、当然の興奮と言えた。


「そ、そんな馬鹿な……」


 これで北風と太陽は一勝一敗となったが、北風はそれに大層腹を立てた。上手く行っていたものが台無しにされ、怒りを抑えることが出来なかった。


「勝負はこれからよ!」

「もちろんよ」


 太陽はそう返した。無論、この賭けはどちらかが完全に追いやられるまで続けるつもりであったのだから。





 しかし、この初戦の接戦が彼女たちに強い刺激を与え、二人をギャンブル依存症へと変えてしまったのだ。もはや二人は生存圏など関係なしに、ただ刺激と快感のためだけに人の服を脱がすようになったのだ。






 ある夏の日だった。

 その日もいつものように、北風と太陽は道行く人を使って賭けを始めた。場所は繁華街時刻は昼過ぎ、ターゲットには困らなかった。

 二人はその中の一人のタンクトップの美女を対象に選んだが、人選に特に意図はなかった。しかし、この選択は明らかに今後の二人の命運を分ける選択であった。

 もっとも、当時の二人にそんなこと知る由もない。




 タンクトップ姿のスタイル抜群の美女に対し、北風は小手調べに強風を吹かせるが、風で吹き飛ばせる衣服を彼女は何も身に着けていなかった。露出の多い彼女はカーディガンさえ羽織っていなかったし、帽子もしていなかった。

 北風は負けそうな現状にイライラを募らせると、同時に強い不安感で肝が冷えてきた。このままでは自分が負けると思った。

 次は太陽がそんな北風を笑いながら照り付けた。しかし、うんともすんとも言わない。それもそのはず、タンクトップ姿の美女に脱げるものなど無かった。これ以上脱いでしまったら、公然わいせつ罪辺りでしょっぴかれてしまう。美女はそれほど間抜けではなかった。

 内心勝ち誇っていた太陽は、思うように事が運ばずイライラし始めた。

 

 一方、ターゲットにされたとは露ほども思わない美女、登良玲音。

 変わった名前だが性を「とら」名を「れいね」と読むその女は、去年の冬高校時代から付き合っていた同い年の男と結婚した二十代後半の若妻で、容貌とスタイルは男なら誰もが彼女をものにした旦那を羨むほどのものだったが、肝心の旦那は真面目で奥手な性格と仕事のストレスから最近玲音とのスキンシップが減りがちで、それはもちろん夜の相手もそうであるから、玲音はその抜群のスタイルをもう四か月は宝の持ち腐れにしていた。

 玲音は気の利く良妻で、何も言わず旦那を励まし支えてはいたが、本音を言えば欲求不満であったし、自身に女としての魅力が欠けているのではないかと不安になりもした。しかし、それだけ旦那が働いてくれているから、玲音が今どき珍しい専業主婦をやれているのも事実だったので、誰も旦那を責めることなど出来ない。


 彼女が今、夏だからといって珍しく普段より露出の多いタンクトップ姿なのは、そういう背景が影響してどこか期待していたからなのかもしれない。





「面白いことやってるな。俺も参加して良いか?」


 北風と太陽が両者地団太を踏んでいると一人の男が声をかけてきた。

 その男は風間利男という男で、北風と太陽とは全く面識がなかった。しかしこの風間利男、通称間男は大の女好きで、ボディーラインがぴっちり浮き出ている太陽と、スカートが絶え間なく捲れ上がっている北風を見て、これは口説いてものにしなければならないと二人に近づいたのだ。だからこの時点で間男は、実は自分が何に参加しようとしているのか分かっていない。


 北風と太陽は二人ともイライラしていたので、最初はこのちょっとガタイの良いだけの日焼けした男のことなど放っておくつもりであった。しかし、この男が美女の服を脱がすのを失敗する様を見れば多少は気が晴れるだろうと、北風が考えた時偶然太陽も全く同じことを考えていたので、二人は負けた者は勝った者の言う事を聞くという条件で、男に賭けに参加することを許した。


 間男は最初、女の服を脱がせと言われたときはさすがにぎょっとしたが、その女もかなりの上玉であったので、人目に付かない所でなら問題ないどころか、むしろ望むところだと考え、早速声をかけた。


「お姉さん、どうしたのこんな所で一人なんて。暇ならお茶でもどう?」

「……いえ、結構です」


 若い男がお茶したいという時は、大抵それだけで済ますつもりはないものだということを玲音は心得ていた。


「え!? 遠目から見て多分綺麗っぽいなあって思ったけど、近づいてみるとやっぱりすっごい美人だね! いやマジで美人!」

「そ、そんなことないと、思うけど……」

「ね、一回で良いからさ?」

「いえ、やっぱり駄目よ。私人妻だから」


 間男は玲音の肩に触れた。

 間男は歴戦の口説き師で、見ただけでどんな女か全て見透かしてしまうほどだった。当然玲音が最近ご無沙汰でカラダを持て余していることも、一瞬で見抜いてしまった。こういう女はぬくもりを求めているから、スキンシップ多目で攻めれば必ず落ちるというのが間男の見立てであった。


「だから? 俺人妻好きだよ。結構居るんだよね、お姉さんみたいに夜旦那から相手にされない人妻」


 玲根は図星を突かれて黙ってしまう。


「えーマジ!? 勿体ない! こんなスタイル良くて美人なのに!? 俺なら絶対そんな寂しい思いさせないのになあ」





 玲音の心にも多少の葛藤はあったものの、間男の手練手管に為す術なく篭絡されてしまった。つまり、ほいほいホテルに付いて行ってしまったのである。

 さて、男女がホテルに行ってヤることなど一つしかない。当然玲音は服を脱いだ。玲音は事の最中、思った。


「夫より硬くて大きい……っ」





その後、間男はしたり顔で北風と太陽の元に戻ってきた。北風と太陽は、まさか間男が女の服を脱がしてしまうとは思っていなかったので動揺した。


「なあ、負けた奴は勝った奴の言う事を聞かないといけないんだよな?」


 間男は下卑た笑いを浮かべる。北風と太陽はその笑みを不気味に思った。きっと下種な要求であることは容易に想像出来たが、実際それがどれ程のものなのかは予想しきれなかった。所詮矮小な人間風情、要求もちんけなものに違いないと祈るばかりであった。

 間男は考える素振りも見せずに言った。


「俺とエッチしてよ」


 北風と太陽はそれを聞いて内心ほっとした。

 やはり人間の考えることなど小さいと思った。確かに人間ごときと体を交えるのは不本意であるし、北風も太陽もまだ誰とも交わったことが無かったが、もっと大きな要求をされるよりは余程マシだと思えた。


 間男、北風、太陽の三人はそのままホテルに直行した。

 北風と太陽は事の最中、揃って思った。


「「こんなの初めて……っ」」


 間男は一日に実に三人の相手をしたが、そんなこと全く問題にならないという風に疲れを知らず動いた。

 北風と太陽が開放されたのは翌日になってからだった。




 次の賭けの時、北風と太陽は雪辱を果たすという名目でまた間男を参加させた。今度こそは間男に勝って仕返しをするつもりでいたが、それは一人でいる時の話であって、いざ間男と対面してみると二人の心は揺らいだ。


「それで、次は誰を脱がせばいいんだ?」


 間男の問いに、太陽は言った。


「今回は直接対決、私たちの誰かが脱いだらその人の負けよ」

「……脱がし合いっ子ね、乗ったわ」


 北風はその方法に賛同し、間男も異存はなかった。

 全員の準備が整うと、太陽が合図を出し勝負が始まった。

 しかし、勝負は始まると同時に決着が付いてしまった。開始の合図とともに、北風と太陽は自ら纏った衣服を脱いだのだ。


「わ、私たちの負けのようね……」

「さ、さあ、早く要求しなさいっ。ホテルでしょっ?」


 北風と太陽は頬を赤く染めてモジモジしながら言った。





 こうして北風と太陽はギャンブル依存症からセックス依存症になり、道行く人々に対する迷惑行為は無くなり、人々は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

北風と太陽と間男 焼き芋とワカメ @yakiimo_wakame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ