忌み名を背負いし者

最終話 忌み名を背負いし者

朝8時 UGN H市支部 医務室

「ん……ここは……」

眼を覚ます少女。

目の前には知らない天井が広がる。

「お姉…ちゃん！！」

「莉奈…？」

だが次の瞬間には彼女がよく知る妹の姿で視界が一杯になる。

「ん、眼を覚ましたかい。良かった良かった。」

彼女が目を覚ますと目の前には眼鏡をかけた青年が。

「あ、貴方は？」

「僕は陣内劔。訳あって君たちを保護した者だ。怪しい者じゃないよ。」

「いやそのセリフと佇まいは怪しい以外のものでもない んですからね、先生。」

病室のドアを開け入ってくる少年。

「貴方はあの時私を助けてくれた…」

「稲本さん！！」

「あんたと妹を保護してた稲本作一だ。宜しくな。」

彼は見舞いのフルーツを置くと椅子に腰をかけた。

「さて、君たちに何があったか、そして俺たちが何者か説明させてもらうよ。」

稲本は山崎優奈に事件の全て、UGNやFHの事を説明し、最後に――

「そして、君たちの記憶は全て消させてもらう。」

「え…？どういう事ですか稲本さん！？」

非情なる現実を突き出した。

「元々俺たちの存在は隠されている。だから君達には記憶を失ってもらうしかないんだ。せめて、今日1日は自由に過ごしてくれて構わないから。」

彼の目はどこか寂しそうで、悲しそうであった。

彼もこんな事は望んでいない。けれども能力を持たないオーヴァードがこの世界に関わる事の危険さ、恐ろしさをよく理解していたからこそ彼はそれ以上何も言わなかった。

「わかり…ました。でも、とにかく、」

山崎優奈は深く頭を下げた。

「妹を助けていただき…本当にありがとうございました。」

「いや、それが俺たちの仕事ですから。」

「じゃあ行こうか作一。二人の邪魔をしちゃならないだろうからね。」

「はい、先生。」

稲本と陣内はそのまま立ち上がり病室を出て行く。莉奈と優奈も彼らを笑顔で見送った。

二人がいなくなったその瞬間、

「良かった…無事で…!!」

「お、お姉ちゃん！？」

優奈が莉奈を強く抱きしめたのだ。

「わ、私よりお姉ちゃんの方が…」

「うんうん、私はただ捕まっただけなのに貴方は追いかけられて殺されかけもした…。それに貴方をいじめていた奴とはいえ、クラスメイトの男子も殺された…。あの日、貴方が襲われたって日に殺されたらしいからきっとあいつらに殺されたんだと思う。だから、本当に…。」

「…ありがとうお姉ちゃん。」

莉奈も優奈に応えるように静かに手を回し強く抱きしめた。

そして二人だけの静寂の時間が訪れた。

※

「作一、黒幕について見当はついてるかい？」

廊下で問いかける陣内。

「…まあ、あらかたは。"上"からの指示は？」

「酷な命令だってのはわかってるんだけど…」

「分かりました。それ以上言わなくてもわかります。」

作一は笑顔で答えるがやはりどこか辛そうではあった。

「じゃあ任せたよ。」

「了解です。」

稲本はそのまま戻り、陣内も事務室へと戻っていった…

※

夜 2時 UGN H市支部 地下1階 倉庫

UGNの地下には倉庫がある。有事の際に備え水や食料、加えて武器などの備蓄が全てのここにある。

しかし一つ、一つだけ何もない倉庫がこの支部にはあった。

「ない……。情報ではここに……」

そこで何かを探す一人の女性がそこにいた。

その人は暗がりの中、焦りながら何かを探すが見つかる気配がない。

その瞬間、二本のナイフが彼女に飛来した。

「見つかった…!?」

その人は黒い球体を作り出し重力の向きを変化させナイフの軌道をそらす。

彼女は暗視ゴーグルを付け、そこに身長175cm程の黒尽くめの男がいるのを確認する。フェイスハイダーも付けているため顔も見えない。

「邪魔…しないでよね…!!」

女性は鎖鎌を取り出して一気に鎌を放る。

その男はすぐさま右手に刀を作り出すとそれを受け止めんとした。

だがそれは見た目以上の質量を持って彼に襲いかかったのだ。

「無駄よ、私の力の前でそれを受け止めようなんて――」

彼女がそのまま彼にその刃をぶつけようとしたその瞬間、その男は力を受け流し回避したのだ。

さらに次の瞬間――

「ガッ…！？」

目にも見えぬ速さでその男は女の腹をかき裂いたのだ。

通常オーヴァードとなった人間は有る回数までは死んだとしても生き返る。それもゲームのキャラクターのように。

だから彼女は瞬間的に生き返りはした。

だがこの男と対峙するのは危険と本能がそういうのだ。

「ダメだこいつと戦っちゃ…だってコイツは…」

そう思い彼女が逃げたその先、

「オーヴァードを殺し慣れてる…!!」

既にそいつはいたのだ。

そして放たれた連撃。一つ一つが彼女の命を散らし、痛みと共に何度も生き返る。

だがもうダメだ、次殺されればもう死ぬ。

そう思った瞬間にはそいつは彼女の上に跨り刃を首筋に当てていた。

「どうしたの、殺さないの？UGNにおける非合法の特務部隊…いやこう呼ぶべきしら？」

彼女は笑みを浮かべ、恨みのこもったその声で名を呼んだ。

「コードネーム『ゼロ』、稲本作一！！」

その男はフェイスハイダーを外す。その仮面の中は稲本作一その人がいた。

そして彼もまた、彼女の名を呼んだ。

「そちらこそ、なぜこんな事をした…。UGNエージェント、"山崎優奈"。」

そう、彼女は山崎莉奈の姉であり、グレイゾン兄弟に拉致されていた山崎優奈であった。

「何故って、それが任務だったからよ。特務部隊についてさぐれっていう――」

「そうじゃない。FHと手を組み、彼女をいじめていた友人を殺させ、一連の事件を起こしたのか。」

「ああ、それ？それはアイツが私の大切な莉奈をいじめてたからよ。まあ、ここに保護してもらうのが目的だったから本当は誰でも良かったんだけどね。」

彼女は狂気に満ちた目で答える。

「お前、イかれてるよ…」

ああそうか、もうジャーム化が始まっているのか。そう彼は確信した。

「それよりもあんたらは何なのよ…。どうせ私殺されるんでしょ？教えてくれたっていいじゃない？」

稲本はどこかその姿に哀れみを覚えながらも静かに、淡々と答えた。

「UGN特務部隊、『13』(サーティーン)だ。」

「へぇ…。で、いつから気づいてたの？」

「港で君が無傷だったからそこから疑った。奴らが君のような可憐な女性を傷つけずにいること自体が異常だったからな。」

彼の答えに優奈はどこか納得してもいた。

「どうしたの？さっさと殺せばいいのに。」

「……言い残すことは無いのか？お前が愛してやまない妹や家族や――」

「どうせ家族からも私の記憶は消されるんでしょ…だったら…」

「必ず俺が伝えてやる。どんな手を使ってでも。」

優奈は稲本をまじまじと見る。

この男はいま自分を殺そうとしている。

なのに最後の情けをかけようとしている。

意味がわからない、何故こうも甘い人間が生きているのか、意味がわからなった。

「同情なんて…!!」

「ああ、同情さ。これから大切な人を失う、君の妹への。」

その瞬間、優奈は何も言えなくなる。

この男がわからない。けれども、妹を想う気持ちが勝ったのか、彼女は静かに口を開いた。

「幸せになって、とだけ伝えて…」

「…分かった。」

答えると共に、稲本はその手に持つ刃を振り上げ、一気に振り下ろした。

宙を舞い、地面に飛び散る鮮血。

そこには一人の男と、一つの死体のみが残った。

「こちらゼロ…任務完了。」

彼は報告するとそのままその場を去っていく。

ただそこに悲しみの証だけを残して…

※

地下?階

「…終わったか。お疲れ様。裏切り者の始末は終わったようです。」

陣内劔は通信機をしまうと目の前の男に報告する。

「そうか…さすがお前の一番弟子だな。」

椅子に座る男、その男は厳かな雰囲気で受け答える。

男の名はディセイン・グラード。『13』のボスである男だ。

「全て終わったと、ヌル、ブレイズ、クイーンら全員に伝えておけ。」

「承知です。」

陣内はそのままその場を離れ部屋を後にする。

こうして今、全ての事件は幕を閉じたのだ…

続