第4話 死闘
午前3時 港
この場所には誰もいない。ただ波の音と、それに呼応するように揺れひしめく船の音だけが響き渡る。
だがそんな静寂にエンジンのけたたましい音が鳴り響く。
「兄貴、奴らが来たみたいだ。」
「お願い…。妹にだけは手を出さないで!!私はどうなっても構わないから…!!」
「どうしようかねえ。可愛い子の肉を切るのはたまらないからねえ。」
柱に括り付けられた優奈に向けて下卑た笑みを浮かべる二人。
そして今、2台のバイクが二人の前に現れた。
稲本、黒鉄の二人は武器を携えグレイゾン兄弟の前に立った。
「ようよう来たかクソ野郎ども。」
「女がいねえぞ!!約束と違うじゃねえか!!」
「誰がテメエらとの約束の為に一般人を巻き込むかっての。」
「御託はいい。さっさとやるぞ、ゼロ。」
稲本の手には刀が、黒鉄の手には拳銃とナイフが握られていた。
「気に食わねえんだよ…コノクソヤロウガァアアアア!!!!」
「落ち着けナーリス。あの剣士は俺がやる。」
ナーリスは再び異形へと、ニールセンも鉈を構えた。
「山崎優奈さん、だって言ったけな?」
稲本が少女に声をかける。それも優しい声で。
「え…?」
「安心しろ、君は必ず俺たちが助ける。」
彼はニコッと笑うとそのまま一気に表情を変え、ニールセンとその刃を交えた。
※
「アニキ!!」
「貴様の相手は俺だ。」
異形と化した化け物に向けてナイフを放つ。
「ムダダ。ナイフゴトキオレニハキカン!!」
その刃は刺さりはするものの、分厚い皮膚の前では意味を成さず、そのままナーリスの反撃が繰り出される。
「速い……。貴様のシンドロームは"キュマイラ"と"ハヌマーン"か。」
「ソウイウオマエモカ!!」
二人は目にも留まらぬ速さで格闘戦を繰り広げる。
力任せに拳を振るうように見せかけ、的確にクロガネの隙を突かんと足払いを放つのだ。
巨体と化したナーリスから放たれる一つ一つの攻撃は範囲攻撃となって襲いかかるのだ。
「シネエエエエッ!!」
「うぐっ…!!」
ナーリスの蹴りが直撃、蒼也は一気に後方へと吹き飛ばされた。
※
「ヌル!!」
「おっとお仲間の心配してる暇はあるのかい?」
振り下ろされる鉈とそれを受け止める一刀。
ニールセンの鉈は力強く振り下ろされそれを受け止める。
「ふんっ!!」
「ぐっ…!!」
だが時折、幾度もの戦いをくぐり抜けてきた稲本でさえもその太刀筋を見切れないのだ。
「どうしたどうした!?」
「こいつ…武器の使い方わかってんな…!!」
稲本が扱う日本刀は約1kg、ニールセンの扱う鉈は0.5kg、長さと重さのバランスから稲本よりニールセンの方が早く斬撃を放てるのは一目瞭然。
彼のガードよりも早く振られる刃。
「ガッ…!?」
「ようやっと1発入ったなぁ!!」
そして今、稲本の死角から鉈が叩きつけられる。
舞う鮮血とともに放たれる第二撃。
「アガ…ッ!?」
「ほーらほらほら、どんどんお前を切り刻んでいくぞ!!」
稲本は見えぬ刃に対処することも出来ずただただ嬲り殺されんとしていた。
そう思っていた時だった。
「……ああ、そういう事か。」
ニールセンは彼の目を見たその瞬間に怯んだ。
「な、何だよその目は…。お前、それは…!!」
「人殺しの目、だろ?」
そして彼が怯みながらも後方に下がろうとしたその瞬間、ニールセンの右腕が宙を舞う。
「ッ…!!!!!俺の腕がァァァァァァァ!!!!」
振り抜かれた稲本の一太刀、それが音もなく、ニールセンに反応させる間も無く瞬間的に彼の右腕を切り落としたのだ。
「悪いな…反撃開始だ。」
そして今彼が再び刀を鞘に収め構えた。
※
コンクリの壁に叩きつけられた黒鉄蒼也。
「クチダケダッタミタイダナ。」
ナーリスはその男が死んだと判断し兄の元へと駆けつけんとした。
瞬間、ワイヤーが彼の首を絞める。
「グッ…!?」
「まだ…死んじゃいないさ…!!」
「コノシニゾコナイガ…!!」
ナーリスはそのまま人ならざる力でワイヤー毎ヌルを吹き飛ばす。
しかしそれさえも彼の目論見通り。
「スピードとパワーの掛け合わせでいえば俺の数段上といったところか……だが、」
彼はその吹き飛ばされた勢いを活かし距離を取り、
「頭の良さを掛け合わせれば俺の方が上みたいだな。」
ナーリスの節々に次々と弾丸を打ち込んだのだ。
「キ、キサマァ!!」
皮膚の薄い関節を撃ち抜かれそのまま崩れ落ちる。
「俺と相対した事を後悔するんだな。」
「クッ…!!」
高速で接近する蒼也、それに対してガードを固めた。
だが彼は背後に回り、掌底を繰り出す。
「アガ……ッ!?」
見た目よりも重い一撃、それは内臓や骨に直接ダメージを与え、ナーリスの命が砕ける。
「コ、コノオオオオオッ!!」
最後の足掻き、蒼也に向けて放たれた拳。
彼はそれを見惚れるほどに美しくいなし、そして――
「終わりだ。」
「ガッ…」
トドメに放たれたナイフ。
それがナーリスの眉間を突き刺し、今その戦いは幕を閉じた。
「さて、俺は先に彼女を助けるとするか…」
黒鉄はそのまま優奈の元へ歩きながらタバコを口に咥え、火を付けた。
夜の港に白い煙が静かに登っていく…
※
落ちた左腕、それがニールセンに彼と稲本の実力差を感じさせていた。
「て、てめえ何をした!?」
「お前が俺にしたことと同じことだよ。」
その瞬間、ニールセンは全てに察しがついた。
「嘘だろ…"刃だけ"を消してみせたってのか…!!」
そう、稲本が避けられなかった一撃、ニールセンの腕を切り落とした一閃、このどちらもそれぞれの能力であるエンジェルハイロゥの力で光を屈折させ、互いの視界から消したのであった。
「クソが……!!人が何年もかけて覚えた技術を……!!」
ニールセンは怒りに任せ左手に鉈を構え、力任せにそれを振り下ろした。
けれどももうそこに稲本の姿はない。
「舐めるなよチンピラ。俺は、いや俺たちは何年もお前らのようなクソッタレと戦うために力をつけて来たんだ。それに――」
ニールセンの心臓を貫く一刀。
「ガッ……!?」
「俺は暗殺者だ。そんな技、とっくのとうにマスターしてたんだよ。」
非情にも引き抜かれる刃。
「は…はは…!!クソが、最初から勝ち目はなかったってことかよ…え!?」
死を覚悟したのか半ば自暴自棄になるニールセン。
「…取引をしないか。お前を、山崎優奈を転送した協力者について話してくれれば命は助けてやる。」
稲本の目は冷たいながらもニールセンにまっすぐと向けられる。
「誰がお前と。だがこのまま利用されて死ぬのは癪だから教えてやるよ。そいつはなぁ!!」
ニールセンが勢いよく答えようとした、その時だった。
「あ、あがぉぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「どうした!?」
傷口が無理矢理拡げられていく。それも重力か何か、見えない外部からの力によって。
「く、クソッタレが……。そいつは…お前の…!近くに……あがぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
彼は最期の言葉を残すと共にそのまま引き裂かれ、無残な死体のみがそこに残った。
「ゼロ、こっちは終わったぞ。」
「ヌル…。」
稲本の前に現れたのは山崎優奈を背負った黒鉄蒼也。
「こいつは何か言っていたか?」
「…黒幕は、近くにいるだとよ。」
「そうか。じゃあ、帰るとしよう。」
二人は淡々と任務が完了したことを確認すると、各々のバイクに跨り、エンジンを掛けた。
夜の港を、二つの光の筋が駆け去って行く。
そして、その光は物語は終わりへと加速した…
続
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