第3話 襲撃

夜も更け、皆が寝静まった頃。

未だ明かりのついている部屋があった。

「ねーねー、莉奈ちゃんは好きな人とかいないの?」

「な、何ですか突然!?」

パジャマに着替えた女子達は大家である楓の部屋に布団を持ち寄り、女子らしく恋バナなどしようとしているのだ。

「ほら年頃の女子高生同士、恋バナしたいじゃん?」

「私は…日陰者なんでそんな…」

「何をそんなにオドオドしてるの。日陰者っていう割には貴方、結構綺麗よ?」

「あ、ありがとうございます…」

久遠に褒められた莉奈は少し照れるが、俯くようにして隠そうとした。

「そういう楓ちゃんこそ黒鉄君とはどうなのよ?」

「蒼也とはもう家族みたいなものよ?いなくなる方がおかしいって話よ。」

天にからかわれたが彼女は動じる事なくハッキリと答えた。

「そうだよね、姉さんは蒼也お兄ちゃんがいないとテスト赤点だし。」

部屋に入ってきた中学生の少女。

「ま、真奈!!なんてこと言うの!?」

「事実でしょ?」

「まあ、事実だけど…」

楓がバツが悪そうにしている中、莉奈は少女を不思議そうな目で見つめる。

「その子は…?」

「私は『四ヶ谷真奈』。四ヶ谷楓の妹です。よろしくお願いしますね。」

「私と真奈は昔に両親を亡くして、それ以来蒼也とはずっと一緒にここに暮らしてるのよ。」

「というか、黒鉄蒼也さんって…?」


莉奈が疑問に思ったその瞬間、

『俺だ、【ヌル】だ。聞こえるか。』

突如響く誰かの声。どこかにスピーカーが取り付けられているわけでもなく、彼女らの耳に直接その声は届いたのだ。

「蒼也、自己紹介する気になったの!?」

『違う、今すぐそこを離れろ!!』

彼の怒号が響いたその時だった。

「ミツケタゾ、オンナァ!!」

壁が一気に崩され、ケモノのようなその巨躯が姿を現したのだ。

「な、何これ…!?」

「これはあの時の…!!」

莉奈と真奈は動転し動けなくなってしまう。

「楓と天はその子と真奈を連れて逃げなさい。こいつは私が……いや私たちが食い止めるわ。」

久遠は一人、自らの領域を展開し立ち向かう。


だがその瞬間、

「月下天心流、一之太刀――」

「グオォッ!?」

「三日月ッ!!」

異形は一気にその場から離れ吹き飛ばされる。

「遅かったじゃない。ナイトってのはクイーンを守る為に寝ずに働くのが仕事ではなくて?作一。」

「遅くなって悪かったな!?」

そこに立つは一振りの刀を持つ剣士、稲本。

「こいつは俺と久遠でどうにかする。全速力で逃げろ!!」

「分かった!!サクちゃんも気をつけて!!」

「ああ、天もな。」

彼らは互いに笑顔で言葉を交わすとそれぞれの目的へと目を向けた。

「全く微笑ましいことね。戦闘中に呑気に話せるなんて。」

「別にお前と呑気に話したっていいんだぞ?」

「全く……緊張感がないんだから。」

久遠は言葉と裏腹に口角が上がっていた。

「ウルサインダヨ、クソガキドモガァァァ!!!!」

振り下ろされた拳、それを見ずに回避した稲本。

「さて、やるとするか…!!」

「ええ、さっさと終わらせるとしましょう…!!」

刀を構える稲本、その彼に力を与える久遠。

異形との戦いが今幕を開ける。





「大丈夫、莉奈ちゃん!?」

「は、はい!!」

楓と天に手を引かれながら逃げ惑う莉奈と真奈。

彼女らは路地裏に逃げ込み一度息を整える。

「楓ちゃん、私が二人を連れて行くから楓ちゃんも安全なところに!!」

天は翼を一気に広げ、二人を連れて再び空へと飛び立たんとした。


瞬間、彼女の翼となった腕に鉈が投げつけられた。

「くっ…!?」

「逃がすわけねえんだよなぁ。これが。」

闇の中から現れる人の影。

「天ちゃん!!」

「私は大丈夫。ただ暫くは飛べない……。」

「悪いなぁ。可愛子ちゃんがこっちにいっぱいいるって言われたら俺さァ…」

男はもう片手の鉈を舐めずりまわし、

「君たちの柔肌を切り刻むのがたまらなくてゾクゾクしちゃってるんだよ!!」

狂気に満ちたその目を見せたのだ。

「天ちゃんは二人を連れて逃げて。」

楓は雷をまとい戦闘態勢に入った。

相手は手練れ。彼女もせいぜい足止めが限界とわかっている。


だが次の瞬間、

「チィ!?」

炎が彼に襲いかかる。それも建物すらも焼き焦がしそうなほどの特大級の炎が。

「こちらブレイズ、ターゲットと接触。」

「何だてめえは…!?」

現場にたどり着いたレイモンド。彼は炎を纏い、闇夜の中から現れたその敵を睨みつけたのだ。

「ここまでだニールセン・グレイゾン。手荒な真似をされたくなければ降伏しろ。」

レイモンドは冷静に抑揚もない口調で彼に伝える。

「男に用はねえんだよ、失せな!!」

ニールセンは鉈を構え彼に向けて一気に振り下ろす。

「ったく、聞く気はないってか!!」

レイモンドも右手に炎の剣を生み出しそれを受け止める。

そして受け止めたその瞬間、彼は左手で絞りに絞った炎、いやもはやレーザーとも呼べるそれをニールセンに放った。


「っちいな!!このクソ野郎がぁ!!」

「なっ!?」

だがニールセンはゼロ距離でそれが放たれたにも関わらず彼は回避、そのまま鉈をレイモンドに突き立てたのだ。

「レイモンドから、離れろおおおおっ!!」

瞬間、電撃がニールセンに向けて放たれた。

それは楓が放ったもの。数十万ボルトの電撃を脅威と見たかニールセンはとっさに鉈を引き抜き一気に楓との距離を詰めた。

「威勢のいい嬢ちゃんはいいねえ。けど、遅え!!」

「嘘っ…!?」

一瞬姿が消えた、そう思った次の瞬間には彼女の目の前でその狂人が鉈を振り上げていたのだ。


「さあ、真っ赤な血を見せてくれよ?」

「くっ…!!」

楓は目を逸らさず逃げようとした。

けれどももう間に合わない。確実にこの一撃は避けられない。

そう思ったその時だった。

「ガッ!?」

突如ニールセンを撃ち抜く二つの弾丸。

一つは鉈を持つその腕を、一つは的確に心臓を貫いたのだ。

「蒼也!!」

「…遅いんだよヌル。」

『悪かったな。狙撃ポイントを変えてから地形を把握するのに時間がかかった。』

スコープを覗き込みながら返答をする彼。

闇夜の視界の中、1km先のビルから彼は的確な狙撃を果たしたのだ。

「クソが……。ここなら狙撃されねえと思ってたが、まさか当ててくるとはな……。」

心臓を撃ち抜かれたニールセンはよろけながらもまだその場に立つ。

「大人しく投降しろ。最低限の権利は保証してやる。」

レイモンドの呼びかけにニールセンは静かにほくそ笑む。

「たしかにこのままじゃ俺の負けだけどなぁ……こいつを見てもそれを言えるかな!?」

瞬間、彼が腕を広げたその場に女性が落ちてきた。

「嘘っ…!?」

そして莉奈は思わず顔を覆ってしまった……



「シネエエエエェッ!!」

「こいつ、見た目の割に速い…!!」

縦横無尽に建物を破壊して行くナーリス・グレイゾン。

稲本はそれらの攻撃を回避はするものの反撃の隙は与えられない。

「早く倒しなさいよね、作一!!」

「お前ももっと援護してくれねえかな!?」

稲本は紙一重で拳を回避し一太刀加えようとするが、その皮膚は強靭なもので彼の刃が通らないのだ。

「ムダダ!!キサマノヤイバナドトオラン!!」

瞬間、稲本の胴体にナーリスの蹴りが直撃した。

「ガッ…!!」

「作一ッ!!」

吹き飛ばされコンクリートの壁にめり込む稲本。

「いってえな…。普通なら死んでんぞ…」

彼は頭から血を流しながらも再び立ち上がる。

「早く戦線に戻りなさい。女王の命令よ。」

「全くわがままな女王様だぜ…」

彼の身体は見る見るうちに傷が癒え、再び立ち上がったのだ。

「さあ、戦いなさい!!」

「分かってるよ!!」

瞬間加速する稲本。

「ナッ!?」

ナーリスは稲本の突撃を回避線としたが足がまともに動かないのだ。

「無駄よ。私の力であなたの脚だけ重力を2倍にした。まともに動けるとは思わないで?」

「クソッ…コノアマァ!!」

回避が不可、その瞬間彼は腕を交差させガードを固めた。

だがそれももう意味をなさない。

「月下点心流、五之太刀―――」

平刺突の構えで一気に距離を詰めた稲本、

「暁ッッッ!!!!」

そして身体のバネを解放するように放たれた一閃の突き。

「ガッ…!?」

それはガードを難なく破壊し、ナーリスを外まで吹き飛ばしたのだ。


「このまま一気にトドメを…!!」

瞬間、ナーリスの身体が黒いゲートに飲み込まれ消えて言ったのだ。

「もう一人の誰か……それもバロールみたいね。」

「ったく、いい加減ケリつけてえんだが…」

稲本が刀を収めたその時、彼の無線が誰かとつながる。

『こちらブレイズ。ゼロ、聞こえるか。』

「ああ、しっかりと聞こえてるよ。どうした。」

次の瞬間、彼の顔が強張る。

『山崎優奈が、莉奈の姉が拐われた。』



同じ時

「こいつを見てもそう言えるかな?」

彼の手に落ちてきたのは一人の女子高生。

「お姉ちゃん!!」

「なっ!?」

莉奈が叫ぶと共にそれが誰であるか皆にも即座に分かった。

「この女の命が惜しければ女、あと俺の心臓を撃ち抜いたスナイパーとナーリスの腕を切ったクソ野郎。そいつらだけで港まで来るがいい。」

彼は下卑た笑みを浮かべ、足元に作られたゲートへと飲み込まれて行った。


「何で…何でお姉ちゃんが…」

莉奈は泣き崩れる。

その瞬間、闇の向こうから声が聞こえる。

『ヌルだ。俺とゼロの二人で奴らを仕留めに行く。楓と天で莉奈を連れて逃げろ。いいな。』

一方的に告げられた言葉。

敵からの要求に背く答え。だがそれも当たり前である。

オーヴァードならまだしもただの一般人を巻き込むのは愚策以外何物でもない。

『異論はあるか、ゼロ?』

『いや、無いよ。10分後に指定するポイントで合流だ。』

二人はそれぞれ示しを合わせ、その場を離れていった。


そして今、決戦の火蓋が切って落とされんとしていた…


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る