午前4時の歩道橋でまた会おう
はるはう
午前4時の歩道橋でまた会おう
午前4時。いつもと変わらない朝。
夜勤上がりの彼の足取りは重い。
季節は冬。今日の風は一段と冷たかった。
「おーい、なんで俺がいるのに何も喋ってくれないの」
隣にいるのは、僕の元恋人のゲン。たぶん、幽霊。
不慮の事故によってこの歩道橋から落ち、あっけなく死んでしまった。
「聞いてるー?いつもベラベラ喋ってくるじゃん」
「聞いてるし聞こえてる」
「あはは、だよねぇ。ナルミは昔から霊感強めだったもんねぇ」
「うっせぇ」
ゲンに初めて会ったのはつい一か月前のこと。
こいつが死んでから2年も経っていた。
仕事帰りで疲れすぎて、ついに幻覚を見てしまったのだとその日はゲンの事を無視して帰った。
が、次の日もその歩道橋を渡るとゲンが満面の笑みで手を振って立っているものだから、これは現実なんだと思わざるを得なかった。
そこからなぜか毎日、この歩道橋を渡り切る間だけはこいつの姿が見えるという奇妙な日々を送っている。
「なんでゲンはなんで僕の前に出てきたの」
一度そう問いかけたことがあった。
「わかんない、なんか分かんないけど気づいたらここにいた」
ゲンは曖昧に答えるだけだった。
地縛霊とかそういう話はよく聞く。心残りがあるからその場所に縛られているとかそういった話。
ゲンもその類の幽霊になってしまったのだろうか。
歩道橋を降りるとゲンの姿は見えなくなるから、時々車を見下ろしながら歩道橋で数十分話し込むこともあった。
まるでゲンが生きているかのようで、その瞬間だけはナルミも幸せを感じられた。
僕たちはお互いのことを尊重し合っていたし、お互いを愛していた。
それだけに、ゲンが死んだと聞かされた時は何も手につかなくなり、仕事を辞め、何か月も家に引きこもっていた。
そして立ち直り、やっと普通の生活を送り出せると思った矢先、これだ。
「なんでさっき無視したの」
「無視したら消えるかなと思って」
「は?なんでそんな事言うの」
「・・・じゃあさ、いつまでゲンは、こうやってここで僕の前に出てくるの」
「さぁ、そんなの分かんない」
「あぁ、分かった。僕がこの道を通らなければいいのか」
「は!?なんでだよ、なんで今日そんなに当たり強いんだよ」
「だってこれ以上ゲンと話してたら、またゲンのいない日常で生きるのに耐えられる自信ねぇんだもん!!」
空気が一瞬にして重くなるのが分かった。
余計なことを言って僕を怒らせるのがゲンの役割なのに、これじゃあ逆だ。
だんだんと朝日が昇り始めている。
もうすぐ朝だ。
「死んだと思ったら急にまた現れてさぁ・・・やめてくれよ・・・やっと忘れられると思ったのに・・・」
泣くつもりなんてなかったのに・・・。人間とは不思議なもので、ダメだと思うと余計逆効果になるらしい。
涙が溢れてとまらなかった。
「ナルミごめん・・・。泣かせるつもりはなかったんだって・・・」
ゲンがナルミの肩に触れる。
温もりも感触もない。
不意に”ゲンはもう死んだ”という事実を突きつけられているようで余計に悲しくなった。
「ゲン、ごめん、今日はもう帰るね」
「ナルミ・・・」
「ごめん」
「また明日仕事だろ?ここ来るよな?・・・ナルミ、なぁ・・・」
”離れたくない”
ゲンの口はそう動いた気がしたが、僕には届かなかった。
いや、聞かないフリをしただけだ。
もうすぐ朝が来る。
さよなら、僕の愛しい人。
午前4時の歩道橋でまた会おう はるはう @haruhau
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