薬漬け万歳!
盛田雄介
薬漬け万歳!
ここは行く当ても無く、ただ宇宙空間を彷徨う宇宙戦艦内。
約3億人の地球人が各部屋で寝静まる中、頬がこけている信介は下水管や電線が密集している地下にあるこの店に来ていた。
段ボールや廃棄機械で作られた店構えに一抹の不安を感じたが、自分の欲望をこれ以上、抑え込む事は出来ない。
この日をどれほど待っただろうか?
頭痛で悩まされる夜は、これでしばらくは止まるだろう。
信介はヨダレを垂らしながら、ドアの鈴の音を鳴らし入店する。
店内も外観と変わらずボロボロ。
2つしかないテーブル席には誰も座ってない。
ここは本当に隠れた名店なのか?
「いらっひゃいませ」
店の奥から1人の円背の老人が現れる。
「ロイヤルコースを予約してた信介です」
「お待ちしておりました。こちらの席へどうぞ」
「ありがとう」
案内されるがまま席に座ると、老人は一度奥へ戻り1枚のプレート皿を持って来た。
「前菜でごじゃいます」
「ついに始まりましたね」
期待で胸膨らませる信介の目の前に置かれたのは大きすぎる白い皿に乗った緑色のカプセル薬一粒。
「こちらは『アマロライドとグルコン酸Mgのマイクロカプセル閉じ』でごじゃいます」
「では、さっそく」
信介はスプーンで薬をすくって口の中へ運ぶ。
すると次の瞬間、身体全身に力が漲るを感じる。
「す、凄い。普段は意識しない神経や血液の流れを感じる。生を実感出来る! 俺には血や涙があるんだー」
老人はニヤリと笑い再び奥へと戻った。
「次は何が来るんだ?」
顔の表情を上手くコントロールできなくなった信介は、恥じらいも無く目を見開かせ笑顔で老人を待った。
「続いてスープでごじゃいます」
次にテーブルに置かれたのは、スープ用皿。その上には黄色い液体の入った注射器が乗っている。
「こちらは『トロメタモールと水酸化Naのミックススープ』になります。お好きな所に注射して接種してくだいしゃい」
信介は左袖を巻き上げて、いくつもある注射痕を露わにし、注射器を手にする。
「注射と言えばここでしょ」
信介は、躊躇無く自分の腕に針を刺し、その効果をすぐに実感する。
「あ、お母さんじゃないか。昔はよく遊んでくれたな。お、次は火星での修学旅行だな。皆に会いたいな。ちょっと、赤点の記憶なんか思い出したくないよ。へへへへへへ」
遠くを見つめる信介。
今、彼は頭の中を自転車でグルグルと回ってる。忘れていた思い出の中を駆け巡りながら、ゆっくりと店内に戻ってくる。
「ふー。頭の中がスッキリしたよ。まるで脳みそをストレッチしたみたいだ」
信介はハンカチで額の汗を拭いて、メインディッシュを運ぶ老人と目が合った。
「それはメインディッシュですね」
「左様でごじゃいます。こちらは『エリスロポエチンにアルブミンやリゾソームを和えたバイオ薬』でごじゃいます」
「もう、我慢出来ない!」
信介は老人がテーブルに置く前に、皿から赤い薬を取り、口へ放り込んで舌で薬の形を楽しみ、いじらしく飲み込んだ。
「はいはい、来ましたよ!」
薬が胃の中で溶かされ、腸で吸収するのを感じた次の瞬間、信介は飛び上がって椅子の上に立ち、クネクネと手足を動かし始める。
「止まらない。止められない。止めたくない! なんだか分からない気持ち良さで身体が勝手に動く。入店する前の絶望感はもうない。今なら何でも出来そうな気がする。そうだ! 戦艦のパイロットになろう! 俺の未来は希望に満ち溢れている!」
「皆さんも、そう言われます」
「そうですか。皆幸せで良いですね。ところで老人さん。これって何を食べた時と同じ作用があるんですか?」
「そちらは豚肉と言った食物と同じ成分になっています。1日に成人男性が必要なタンパク質などが入っており、前菜やスープには、野菜などから取れるカリウムやナトリウムなどのミネラルが入っておりました」
「へー。昔の人はそれを自分の歯ってやつで噛んで食べてたんですか?」
信介は口を開けて綺麗なピンクの歯茎を触る。
「そうでしゅ。我々の祖先がまだ星で暮らしていた頃、他の生物を飼育して栽培や解体を行って料理して歯で噛んで食べていたのでしゅ。私も噛む動作を味わってみたいもんでしゅ」
「くそー! 自分達の都合だけで環境破壊及びあらゆる生物を絶滅させた御先祖様を恨むぜ!」
「もっと未来の事を考えて欲しかったでしゅよね」
「また、明日から普通の薬生活か。またお金が貯まったら来ますね」
「はい。いつでもお待ちしておりましゅ」
信介は支払いを済ませ、レストランを後にした。
薬漬け万歳! 盛田雄介 @moritayu
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