第35話 精霊と聖剣

 大陸全土に亀裂が走る。


 広がった隙間から中へ飛び降りると見えてくるのが、地下の遺跡だった。


 かつて国として栄えていたと分かる風景があった。

 土に埋もれてしまい、経年劣化は激しいが、崩壊したそのままの姿で保存されていた。

 地下深くに沈められた町であるため、百年以上もの間、誰の手も入っていない。


 なにも見えない暗闇を照らすため、杖の先端を光らせる。

 壁面に刻まれた、文字か模様か分からない刻印が見えた。


「精霊が眠る、か……」


 壁面の模様ではなく文字だった彼女たち精霊の言語を読む。

 読めるということは、自らを勇者であると証明したものだ。


 やはり、歪んでいても、勇者である。


『……確かに、勇者ニオから受け継いだ力を感じられるね……』


 道なりに進んだ最奥の間で、精霊との対話があった。


「聖剣を受け取るにはどうすればいいの?」

『最低でも四体の精霊が必要よ。残り二体の場所を……今見せるから待ってて』


 ユカの視界には、伸びる光の線が二つ見えた。

 直線距離であるため迂回は必要になるかもしれないが、これを辿っていけば精霊に会えるようになっている。


「過去へ飛べる精霊っている?」

『……いるにはいる……けど、あの子は勇者でも嫌って出てこようとしない頑固者だよ』

「いいよ、説得してみせるから。その精霊はどこにいるの?」


 精霊に案内された深海に、目的の精霊がいた。


『嫌だよ、どうせ過去へ戻りたいって言っても、自分の後悔を無くすためなんでしょ? 私的に使われる精霊じゃないし、そんな勇者は認めない』


「そんな個人的なことに使わないよ、わたしは魔王を滅ぼすことにしか興味がないし」


『口ではなんとでも言えるよ』


 説得は難航するかと思われたが、事情を説明したら精霊の対応が変わった。


『へえ、面白いことになってるんだね。なるほど、君も大胆な手を考える。確かにそれなら、別世界へ逃げた魔王を確実に滅ぼせる。君だけが力を扱えるようになるね』


 精霊の中でも勇者嫌いで有名な彼女が、ユカの器を認めた。


『分かった、ボクがちゃんと送り届けるよ』

「うんっ、ありがとね!」


『けどいいの? 君はまた、同じことを繰り返す羽目になるよ? 君の人格が出てこれるようになるのが、早まるわけじゃない。かと言って、流れに逆らおうとすれば世界に弾かれてしまい、今と同じように力が使えなくなる……歴史を変えてはならないんだ。一旦挟んだ栞の先からしか、君は君の思惑通りには動けない……また、待ち続けるんだよ?』


「それは平気。だって、待つのには慣れてるから」


 その後、四体目の精霊と契約し、かつて勇者と共に形を崩した聖剣が、新たな勇者の目覚めと共に、その姿を復活させた。


 ある森の奥に、黄金色の剣が、台座に刺さっていた。

 ユカが柄を握り、力を入れずとも、あっさりと抜き取れた。


「……なんだろう、ずっと使い慣れてたような、しっくりした感覚だ……」


 聖剣を鞘に収める。

 気付けば、全身が淡く、黄金色に包まれていた。


 聖剣を手にしたことで、勇者としての力が完全にユカに宿ったのだ。

 これで魔王の力を、完全に打ち消すことができる。


『……準備はいい? ユカ』


 魔王を討つため、過去へ跳ぶ必要がある。

 ユカからすれば、繰り返される長い日々が待っている。

 彼女に躊躇いはなく、一息吐いている暇もなかった。


「いいよ、お願い――」


 そして。


 勇者ユカの、強くてニューゲームが始まった。

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