第34話 勇者、旅立つ
急に方向転換をしたユカの背後にぴったりとついていく。
彼女の剣が、接近に気付いていないモーラの首へ振るわれた。
和歌が手を伸ばす。
……薙刀の形をしていても元は杖だ、引き寄せれば杖は和歌の手元に戻ってくる。
それをしないのは手元にくるまで少しの時間がかかるため、僅かでも隙になってしまうし、その間、身動きが取れなくなってしまう。
引き寄せては途中で解除し、逃げ、また隙を見ては引き寄せて――を繰り返しては劣勢が変わらないためしなかった。
だが、手元に引き寄せないのであれば話は変わる。
僅かな移動、誤差のような短い距離なら、和歌の隙には繋がらない。
モーラが握っている杖を、操作することで、振るわれた剣の刃を受け止めた。
ギィリィィィッッ! と刃同士が衝突し、衝撃波が大地を波打つ。
さすがに衝撃は緩和できず、受け止めた薙刀と共にモーラの体が吹き飛んだ。
「あれ、防がれた」
ユカが悔しそうな表情を浮かべ、
「でもいっか。どうせあれだけ吹き飛べば、落下しただけで致命傷でしょ」
空中で数十回転した小さな体のモーラが放物線を描いた後、強く地面に叩きつけられ、そこから数バウンドを繰り返してボロ雑巾のように動かなくなる。
本当に、ぴくりとも動かなかった。
それでも、決して武器は離さない。
「な――、あ、あぁ……ッ、モーラぁ!!」
「かーわいそ。首を刎ねてあげれば痛みを感じずに一発だったのに」
「………………ユカ、お前ぇッッ!!」
「いってあげなよ。別に後ろから狙ったりしないから」
躊躇ったものの、ユカの顔だからか、警戒せず、和歌がモーラの元へ向かった。
その背後から、ユカが剣を投擲しようと振りかぶる。
が、そんなユカの背に突撃した者がいた――モーラの相棒である白馬だ。
押し倒したユカの頭を割ろうと、前足で踏みつける。
だが、白馬の足は神の頭ではなく地面をただ叩いただけだった。
白毛が赤く染まっていた。
震える足がしばらく体を支えていたが、浅くなった呼吸と共に横に倒れた。
「先輩の後ろから刺すなんて冗談だよ。……だけど、今のはちょっとムカついた」
相手がたとえ動物でも、彼女は容赦しない。
「人に危害を加えようとするなら、誰であろうと平等に、悪として断罪するね」
標的が人ではなく馬であろうと、贔屓はしないのだと。
勇者が台に刺さった聖剣を引き抜くのとは逆に、力強く、押し刺した。
倒れたモーラの元に辿り着く。
呼びかけに、彼女が応じて、目を開けた。
「お、ねえ、ちゃん…………」
額から血を流し、意識を朦朧とさせ、両手両足を折りながら、それでも。
初めて頼まれたお姉ちゃんの願いを、叶えるために、握り締めていたそれを渡した。
「わ、たし、たよ…………」
「……ああ、受け取った――頑張ったな、モーラ!!」
「やくに、立てた、よね……?」
「もちろんだ、モーラはずっと、私を助けてくれてたよ!!」
和歌がモーラの手をぎゅっと握り締める。
だが、彼女には既に、その感触は伝わっていなかったようだ。
「お、ねえ……、ちゃん…………」
モーラの体が、端から順に、粒子に変化していく。
輝く細やかな砂のように、手の隙間からこぼれていく。
「だい、すき……!」
和歌の背後に、足音一つ。
「あーあ、死んじゃった?」
分かっていながら、質問したのがまたさらに怒りを増幅させた。
「あの温厚な先輩でも怒るんだねえ。自称平和主義だったんでしょ?」
――瞬間、振るわれて一閃した刃が、ユカの前髪を斬った。
「……黙れ、ユカ」
前髪だけを斬ろうとしたわけではない。
ユカが反射的に頭を引いたため、結果的に前髪だけが斬れたのだ――もし、ユカが避けていなければ、刃がユカを殺していた。
「殺意を見せたな?」
薙刀の刃が踏みつけられ、刃が地面に埋まる。
持ち上げようとするがユカの片足が乗っているためびくともしない。
武器にこだわらなければ和歌にもまだチャンスはあった。
聡明な彼女はすぐさま結論に至ったが、しかし遅かった。
薙刀を掴む腕が、落ちた。
動きが見えない速度で、ユカの剣が和歌の肩を切り落としていた。
「っ、くぅ……!」
「悲鳴を上げないんだね。そっか、向こうで一度刺されてるなら慣れるか」
「……刺されるのと、斬り落とされるのは、別だろ……」
だが確かに、現実世界での痛みを経験している分、混乱はしなかった。
この世界では、痛みは大分緩和されている。
それでも充分に激痛を味わったが。
両膝をつく和歌の太ももに剣が突き刺さされた。
ずずっっ、と引き抜かれる。
逃げられないように、順番に両足を潰された。
「わたしを止めるために善意で戦っているから、判断を保留してたけど、殺意を向けたならもう確定だよ。先輩も個人的な感情で他者を蹴落とす、悪党だ」
ユカの動きが見えないほど速度が上がったのは、これまで手加減されていたから。
和歌のことをまだ、悪党ではないだろうと思ってくれていたからだ。
「先輩、残す言葉はある?」
剣の切っ先が目の前に向けられた。
するつもりはないが、命乞いをしたところで彼女が攻撃をやめてくれるとは思えなかった。
誰だろうと悪だと断定すれば殺す、そういう固定概念の上で生まれてきたのが、ユカの別人格である、次世代の勇者なのだから。
そうだな……、と和歌がユカの目を覗いた。
「もしもお前が、自分自身を悪だと認めてしまったらどうするんだ?」
「それはないよ、わたしはいつでも、正義側に立っているからね」
「お前であって、お前じゃないお前が、そこにはいるだろ?」
「先輩、無意味だよ。あの子はもういない――統合された末の人格が、わたしだから」
そう思い込んでいるなら、彼女はまだ、完璧には程遠い。
それが分かっただけでも、和歌としては充分な収穫だった。
「なら、好きにすればいいさ」
ユカが悪党へ向ける、断罪の剣を振るった。
「自分を見つめ直さないまま進んで、大失敗すればいいさ」
負け惜しみと受け取られた言葉を最後に、和歌がこの世界から消滅した。
神がいなくなり、大陸の所有権が浮遊状態になったのも束の間、その場にいたユカがそのまま大陸の神として、三つの島から領土を広げた。
広い大陸の地形は、彼女の思いのままに操作できる。
それは、地中に埋まっていた、あるものを探し出すのに好都合と言えた。
「このままログアウトしても、警察を撒くのは簡単でも魔王を殺すには確実とは言えない邪魔が入る……現実のルールに従っていては、いつまで経っても目的が達成できない……――なら」
行動に制限がかかってしまうなら、まずはその枷をはずすべきだと考えた。
魔王と言えど、異世界では本来の力を出せなかった。
それは彼女が肉体をそのまま移動させたからである。
もしも召還ではなく転生し、その世界の人物として生まれていれば、本来の力を発揮できていただろう。
異物であるから弾かれるなら、順応してしまえばいい。
逆らわず、身を委ねる。
――彼女の、二度目の旅が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます