第27話 警鐘


「本当にそう思っているのか?」

「いえ、今のニオ、は、別人だと思います……」


 和歌に呼び止められ、ニオについて聞かれた。

 質問はユカと同じだったが、和歌はオットイ側だった。

 そのため、本音も隠すことなく明かせる。


「……安心したよ、一番敏感に気付くはずのお前が、あんなことを言うんだから」


 オットイが療養していた個室で、和歌と向かい合う二人きりの状況だ。


「ふうん。……案外、荒療治も効果があるみたいだな」


 オットイは相槌を打てなかった。

 やはり不慣れなため、口がすぐに塞がってしまう。


「責めてるわけじゃないさ。こっちの勝手な想像だったんだが、ニオが突然いなくなってオットイはもっと引きこもるんじゃないかって思ってたんだ。だけど蓋を開けてみればどうだ? 一対一で、お前はこうして私とお喋りができているだろう?」


 ニオが隣にいなければ目も合わせられなかったあのオットイが、だ。


 たとえ目を合わせられても、まともに会話が続かない、すぐにニオに頼ってしまう。

 それを考えると、和歌からすれば信じられない状況が目の前で起こっていると言えた。


「……責めてるわけじゃない、ですか……。なら、これはぼくらしい、ですか?」


 質問に、和歌が目を丸くさせたが、すぐに思考を始める。

 オットイの意図を計った。


「お前を、私が創ったわけじゃない。接した時間も短い。お前のことをそう知っているわけでもない。だから、正確なことは言えないが、らしくない、とは、思わない」


 誰かのために立ち上がろうとするオットイは、オットイと言えるのか?

 ニオのように、かつての自分とは違う誰かが入っているのでは? と思うほどの変化だと、自分で自分が疑わしくなっていた。


「今のお前が前に比べて前向きなのは、ニオのためだからだろ?」


 これまで守ってくれたニオではなく、守らなければと思ったニオの方だ。


「お前を引っ張ってくれた前のニオのことも、あいつから助けてほしいと言われたら、お前だって多分、頑張るんじゃないのか?」

「それは……、ニオちゃんがいないと、ぼくは生きていけなかったので……」


「動機はどうでもいいけどな。知らない誰かを助けるために動くよりも、ニオを助けるために動く、というのはお前にとっては手が伸びやすかったんだろうさ。そして今は、中身は違うがニオだ。その辺、お前も甘いんだろう。ニオが絡めば、お前はいくらでも前向きに行動できる……そういう素質があったって、私は驚かない。それは、らしい行動だよ」


「らしい……」


 肯定的な意見を聞いても、オットイは胸中スッキリ、とは言えなかった。

 ニオのためなら頑張れる、というのは分かる。

 オットイ自身も納得だ。


 だが、たとえニオのために前向きになった、おかげで成長したと言えたとしても、じゃあ、ニオではない誰かを咄嗟の出来事とは言え必死に助けようとするのも、らしさか?


 出会ったばかり、言葉を交わしたわけでもない。

 さらに言えばニオを狙う敵だった――なのに、気付けば助けようとしていた。


 ……らしさを問う前にまず、こう聞くべきだった。


「ぼくは、本当にぼくですか?」


 和歌は一応考えてくれたものの、答えは出なかったようだ。


「どういう意味なんだ?」



 ……あの人は、ニオが分解された場面を見て、泣いていた。

 真逆と言える人格を持つ彼女とオットイの共通点は、ニオへの想いの強さだ。


 ニオを狙っていたのは……、その理由までは分からなかった。


 思えば、向こうの事情なんて知らなかった。

 知ろうともしないで、奪いにくる相手を倒してニオを守ろうとしていた。

 交渉はしたが、和解への話し合いはしていなかった。


 たとえしていても平行線だったろうが、相手の事情や思惑を垣間見ることはできたかもしれない……と、オットイがそんなもしもを考えていても仕方ないだろう。


 オットイがその場その時、口を挟めるはずもない。

 場にいても、参加しているか怪しいだろうから。


 和歌に投げかけた質問は誤魔化した。

 自分の評価の低さが変にこじれて出た質問だった――それを聞いた和歌は、


「ゆっくり休みなよ」

 と言って部屋を出ていった。


 ……たまに、自分が自分でないような気がする。

 他人から見たらどう映っているのだろうと気になって聞いてみたが、和歌は気付いていないようだった。


 らしさの話をした時、前向きなのもオットイらしさだ、と言われてしまえば、自分の体なのに上手く動かせない変な感覚も、他人にはオットイらしさに含まれてしまっているのだろう。

 疑問を解くには、まだ時間がかかりそうだった。


 オットイが孤児院の広間に顔を出すと、子供たちが勢いよく腰に体当たりをしてきた。

 いつもなら押し倒される勢いだったが、オットイはなんとか踏ん張った。


 子供たちもそれを見て、おっ、と声を上げた。


「……どうしたの?」

「あっ――それが、ニオがっ!!」


 子供たちの焦りの声に、オットイがニオを探す。

 するはずのない、焼け焦げた匂いに、足が早まった。


 厨房へ向かうと、エプロン姿のニオの背中が見えた。

 料理を作っているようだが、完成している料理はお世辞にも綺麗とは言えない。

 誰が見ても失敗作だ。


 皿からはみ出た具材を皿の中へ戻したことで、整えたはずのバランスが崩れてしまい、ぐちゃぐちゃになってしまっている。


 厨房も、調味料がこぼれたりして、汚れてしまっていた。

 爆発でもしたかのようだった。


 とは言え、食べてしまえば味は同じかもしれない。

 ただ、見た目は以前のニオに劣る。


「……おに、あ、いや、オットイくん……」


 失敗は気にしない。

 しかしこの惨状を見て、ユカはどう思うだろうか。



「――ニオ?」


 オットイの背後に、気配もなくユカが立っていた。


「か、神様、これは、その……」


「調子が悪いの?」

「少し……」


 その言い訳はよくない、だが、言わざるを得なかった。

 調子が悪い、という理由では、誤魔化せて数日だ。

 

 その先は以前のように料理を得意にしなければならない。

 この惨状から上達できるには、数日では短過ぎるだろう。


「本当に?」


 あ、う……、とニオが言葉を詰まらせた。

 オットイは失念していたが、そもそも、ニオはユカに嘘を吐けるのだろうか?


 少なくとも、以前のニオは慕っているユカに、嘘を吐いてはいなかった。

 なんでも正直に話していたはずだ。


 オットイの心臓が激しく鼓動し始める。

 ――それは警鐘だった。


「ごめんなさいっ、料理は、上手じゃないんですっ!」


 ニオにとっては些細かもしれない。

 しかしユカにとって、それは大き過ぎる差だった。


「そっか……失敗しちゃったなあ」


 厨房の惨状を見て、ニオに向けて言った言葉ではなく。



「今度は失敗しないように、作り直そっか」

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