第24話 輪廻転生

 長い年月をかけて発展していた町は消え(破壊されたわけではない)、人々も死体を残さず塵になって消えた。


 なにもない真っさらな大陸の上で、アヤノだけが一人、座っている。

 溢れ出していた黒い波は海へ流れ、しばらくは青色を黒く染めていたが、それも時間が解決してくれた。


 いつの間にか、黒色は流され、再び海が青色を取り戻していた。


「…………誰もいない。そっか、これが世界の支配って、ことなのかも……?」


 魔王の使命は、具体的に言えば、勇者を倒し、世界(人間)を支配すること。

 なのでこの結果は着地点がずれてしまっている。


 勇者は倒したし、後継者が現れる心配もないだろう。

 その代わり、敵味方問わず、生物も含めて自分以外を消滅させてしまった。


 確かに、支配と言えるかもしれない。

 母親が託してくれた約束とは、違う形になってしまったが……。


「あれは……」


 アヤノが突然の眩しさに顔をしかめてなにかを見つける。

 日の光を反射させたそれの近くへ向かった。


 アヤノがそれを手に取ると、鮮やかな金色が一瞬で黒く染まった。

 全体を黒が侵食し終えると、それがぼろぼろと崩れてしまう。


 アヤノが掴んでいた一部分だけが残り、それ以外は土と共に大陸の一部となった。

 勇者が残した、聖剣が、だ。


「……勇、者…………」


 聖剣が崩れたのは魔王であるアヤノが触れただけだろう、と思い込む。


 勇者の命がもう存在しないから、崩れたわけではないのだと期待して。


 アヤノはたった一人しかいない世界で、百年にも及ぶ時間、生存者を探し続けた。



 彼女は使命を果たした末、辿り着いた答えがあった。


「世界を支配しても…………………………虚しいだけなんだね」


 理想は、もっと違う形で、アヤノに幸せをもたらしてくれたはずだ。

 隣には幹部がいただろう、見下ろす景色の中には魔族の群衆がいたはずだ。


 町はさらに発展し、敗者である人間を世界の隅に追いやり、魔王側にとって住みやすい世界になっていたはずだった。

 当然ながら勇者はいないだろう。

 勝利は、彼女の敗北でしか得られないものなのだから。


 もうあれから百年も経っているのかと、時間感覚を疑った。


 魔王の寿命は千年と言われている……今のところ、アヤノは二百年と少し生きている。

 まだまだ、人間にすれば思春期に入ったくらいだろうか。


 ……今にして思う。


 百年経って、思ってしまった。


 もしも、あの時、勇者の手を取っていれば。


 母親の約束を、裏切るわけではないけど、今に合わせて柔軟に対応を変えていれば。

 和解の道を選択していれば――どういう未来になっていただろう。


 少なくとも、こんな救いのない世界と結末にはならなかったはずだ。

 虚しくて、寂しくて、退屈な世界に、これから先の未来が考えられなかった。


 ……二百年も魔王をやっていれば、たくさんの勇者と向き合ってきた。


 少年少女、成人男性から老人まで、多種多様の人間が挑んできたのだ。


 勇者でなくとも、ただの剣士や格闘家、反乱を企てた魔族だったり、方針の違いで対立した幹部など、挙げればたくさんの敵意を受けてきたものだった。


「二百年生きてて…………ああ、あの子だけだったんだ……っ」


 救おうとしてくれたのは。

 魔王としてではなく、一人の女の子として、心配してくれていたのは。


「勇者…………いや、ニオ、だけだったんだ……!」


 時間が経つにつれて、後悔ばかりが膨らんでいく。


 どうして手を取らなかったのだろう。

 どうして安易に全てを壊してしまったのだろう……彼女だけでも、残しておけば……。


 日が傾いて、夜になって、再び日が昇って――それを何百回、繰り返しただろう……。


「ニオがいれば……」


 ないものねだりをするのは、もっとたくさんの数を重ねていた。

 数百回では収まらないだろう、数千回……それさえも越えている。


「死んだら……、そう言えば肉体は腐っても、魂は消滅しない……んだったっけ、確か」


 うろ覚えだが、魔王城にあった古書にはそう書いてあったはずだ。

 字の連なりを見ていると眠くなるアヤノは、自発的に読まないが、母親が読み聞かせてくれることがあった。


 知りたい知識があれば幹部に聞けば大抵は調べて、口頭で伝えてくれる。

 そのため、要点だけをなんとなく覚えていた。


 百年単位で、肉体と魂はぐるぐると回り、再利用を繰り返されている。


 寿命の短い人間は気づきにくいが、千年生きる魔王は、特徴的な外見や、魂(人格、思想)を持つ者を、たまに身に覚えがあると気付く場合がある。


 が、死んだ人間が同じ姿と魂で、まるで百年前の人間が蘇生したかのような誕生の仕方はしない。

 魂に覚えがあれば外見はまったく別であり、逆もまた然り、だ。


 つまり、勇者ニオもまた、どこか別の場所で、新たな魂を別の体に入れ、幸せに生きているのかもしれない。

 まあ、別の場所と言っても、この世界に生物はおらず――、



「…………あ、……ああ、あぁぁああっっ!!」



 塞ぎ込むように座っていたアヤノが立ち上がった。

 そわそわと落ち着かない様子で、周囲を見回すが、当然誰もいない。


 百年も過ごしておいて、まだ誰かいるか、と探してしまう自分の未練たらしい姿に呆れる。


 百年も気づけなかったなんて……。

 とても冷静ではなかったのだと自覚した。


 少し考えれば、分かったはずなのに。

 生物がいなくなれば、出番を待ってぐるぐると回っていた魂や肉体はどこへいく?


 この世界に存在できないのであれば――別の世界、そう、異世界へ移動させられる。


 そして、魔王には、異世界への扉を開ける、力があったはずだ。


 魔王は創造の力を持ち、勇者は破壊の力を持つ――。


 アヤノは、知識を引っ張り出し、見様見真似で異世界への扉を創造させた。



 退屈と寂しさ、ニオの後悔を紛らわせるために異世界へ向かったアヤノの第二の人生は不慣れで苦しくあれど、楽しいことも多かった。


 親切な老夫婦に引き取られ、松本彩乃まつもとあやのとして生活し、成長した。


 中学ではお節介な立川和歌に目をつけられ、正義感の強い帆中結花千ほなかゆかちに矯正と言いながら退治されそうになったり、これはこれで語ると長くなる物語があったりする中で……アヤノはやはり、ニオへの後悔だけが消えないもどかしさ抱えていた。


 学校をサボって、隣町のさらに隣町まで向かって探してみたりしたが、そうそう簡単に輪廻転生したニオを見つけられるはずもなく、何度も途中で匙を投げそうになった。


 魂の再利用はなにも人間だけではない。

 生物全般、つまり動物や昆虫であったり、選択肢が膨大に広がっていく。

 こうなるとアヤノの両目では足らない。


 恐らく、魔王としての千年を全て使っても見つけるのは困難だろう。


「なんでも言ってごらん? 手伝えることがあるなら、手伝うよ?」

「おばあちゃん……ありがと。でも、大丈夫。頑張ってみる!」


 娘だが、孫のように可愛がってくれている老夫婦の言葉に、アヤノが気付いた。


 それは、頼るというには説明がなく、一方的な押しつけであり、利用していると言った方がしっくりくるだろう。

 事実、選んだ二人の承諾は得ていない。


 魔王の力はこの世界では扱えない。

 しかし、力を譲渡することは可能だ。


 アヤノは、開けっ放しにしていた二つの世界を繋げる扉から元の世界へ戻り、工作を開始した。


 世界を分断し、一つの世界を


 世界の大部分を占めた、あらゆる国が集まっていた長く続く大陸。


 自然が多く、今は亡き魔族たちが棲息していた、草原が広がる広大な大陸。


 そして、どんな災害に見舞われても運良く残っていた、三つの無人島。


 アヤノが認めた二人の人間に、勇者の力を取り込んだ魔王の力を分け与え、分断して小さくなった異世界で、神として世界を発展させるように仕向ける。


 シミュレーションゲームのように、と二人には分かりやすく伝わっただろう。


 人々を生み出し、国を作らせ、世界を発展させていく。

 彼女たちにとっては、非日常を体験できる遊びだ。


 時間の流れがアヤノが生まれた世界の方が早く進むため、学校に通っている内に、膨大な時間が向こうでは過ぎ去っている計算になる。


 人の生死のサイクルも早いだろう……であればだ。

 アヤノの狙いは、滅んだ世界の復活ではない。


 ――たった一人を、取り戻すため。


「ニオの魂と肉体を見つけ出して、回収する。その二つが手元にあれば、後はあたしが前世の記憶を引っ張り出して一つにまとめる……そうすれば、ニオを取り戻せる!!」


 魔王だからこそ、できる荒技だった。


『ずっと昔から……あなたを救いたかった』


 目的のために、ずっとずっと努力してきた彼女の気持ちが、今、分かった。


 今度はアヤノが、勇者ニオを救うために、足掻く番である。

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