第20話 交渉
甲冑たちの襲撃から助け出された子供たちは、和歌が住む村で生活している。
大陸にある各地の村は、土地が死んだわけではないものの、人が少ないため少数で生活をするには苦しいだろう。
ある程度、生活基盤が整うまでは和歌の村で面倒を見ることになっている。
だが、余所者という意識が強く、両者共に、打ち解けるまでは時間がかかるだろう。
両者の仲を繋ぐのが和歌の役目である。
各地の村が襲われる前に甲冑から守れなかった和歌を、親兄弟(姉妹)を失った子供たちは敵視している。
……自分たちの神だから、恨むのは筋違い、というわけでもない。
対抗するように、和歌と親しい子供たちは和歌を庇おうとする。
そのため、両者の仲は悪化するばかりだった。
「どうして……っ、あたしを頼らないんだ、お姉ちゃんッ!!」
苦しいって、痛いって、言えばいい。
強がる必要なんてないのに……。
モーラは、神であろうと、人間と同じように傷を負う弱さを知っている。
神であると同時に、和歌だって、人間とそう変わらない存在なのだと気付いていた。
「お姉ちゃんが抱えるものの大きさは分からないよ……っ。だけど、少しでもお姉ちゃんが楽になるのなら! どんな苦しみにも耐えられる! お姉ちゃんは、あたしがどれだけお姉ちゃんのことを好きなのか、分かっていないんだっ!!」
すると、背を向けて先行していた和歌が、我慢できずに噴き出した。
「どれだけ好きか、か……、さすがに分からないよな、それは」
「中途半端な気持ちで言ってない。最後までお姉ちゃんを守る。見捨てたりしない!」
「…………ありがとう。でもな、そういうモーラだから、私は任せないんだ」
一度止まった足が、再び揉め事を起こしている、二つの陣営の真ん中へ進み出す。
「――モーラだけは……生きていてくれて、良かったよ」
離れていく和歌のエプロンを、ぎゅっと掴んで、彼女の足を止めた。
「も、モーラ? なんなんだ、急に。いつもはこんなに押しが強くないだろ」
「…………守られてるだけの、あたしの気持ちも考えてよ……っ」
施されているまま、のうのうと生きていける人間は、いざという時に一人では立ち上がれない。
他者に依存しなければ生きられない人間にはなりたくなかった。
反面教師が、すぐ隣にいるのも、モーラを焦らせたのだろう。
気持ちを押し殺して強がっている恩人に、それでも尚、頼り続けるなんて……。
――ああはなりたくない。
「お姉ちゃんが、助けてって言うまで、あたしはこの手を離さないよ」
和歌が答えを出すまでの長い沈黙が遮られたのは――爆音が轟いたからだった。
浜辺の方角から、黒煙が上がっている。
二十隻を越える、鉄が多く使われた帆船が、大陸の外周を回って進んでいる。
浜辺を過ぎたあたりで進路を逸れ、別の方角へ進んでいった。
――その先には、ユカが管理する三つの島しかないと、知っているはずだろう。
燃え広がる炎から逃げるため甲板から海に飛び込んだ海賊たちが浜辺へ上がってきた。
隠れていたニオとオットイが、小さくなっていく船を見送ってから、駆け寄る。
「みんな大丈夫!? ……あの船、どうして急に攻撃なんか……!」
「理由なら、海賊だからで充分だが、違うだろうな。……追わせないため、だろうよ」
たとえ追ったところで、たった一隻の船では太刀打ちできない戦力差だ。
それでも徹底して潰したのは、戦闘にならずとも、追うこと自体を嫌ったためか。
しかし徹底、と言うには足らない。
船を潰しただけで船員はこうして生きている。
目撃者を消すためなら、人間は生かしておかないはずだ。
生きていれば助けを呼ばれてしまうし、目撃者が一人でも、情報が広がれば知る者は増えていく。
「か、神様に伝えないと!」
ニオがユカがいる村へ戻っていく。
その背中を見つめるオットイの手が掴まれた。
「……こうなっちまった以上は船長には伝えるべきだ……だが、知らせるためにオレたちを生かしたようにも感じるのは、気のせいか?」
オットイは海の先を見つめ、間をおいてから視線を船員へ戻した。
「………………どうだろう」
危険を知らせにきたニオを連れ、杖に乗ったユカが上空から島を見下ろした。
「本当だ。みんな襲われてる」
孤児院は港町から少し離れた場所にあるため、見つかるまで少し時間がかかるだろう。
ただ、その間、集中して狙われるのは島の中でも特に発展している町だ。
三つある島の内、二つの島に港町がある(町はその二つしかない)。
対して、二十隻以上の船が港に押し寄せているのだ、すぐに制圧されてしまうだろう。
駆けつけた頃には既に遅く、二つの町がほとんど制圧されている。
和歌の時とは違い、血が舞うような凄惨な光景ではなく、住民は捕らえられたままだった。
ユカが助けに向かわずこうして上空に留まっているのは、焦るほどの危険ではないと見抜いていたからだろうか。
「神様っ、早くみんなを助けないと――」
「んー? ……んー」
と、ユカははっきりしない返事を繰り返す。
すると、港に押し寄せていた船とは別に、同数に迫る帆船が島を囲うように現れた。
ユカが従える海賊たちだ……しかし、鎧を纏う騎士たちは、海賊には容赦なく大砲を撃つ。
そのまま海上で撃ち合いが始まったが、船の耐久力は騎士側に軍配が上がる。
海賊船が、次々と海へ沈められていった。
「あ、海賊には攻撃するんだ。攻撃してきた相手には攻撃する……、正当防衛って言いたいのかな?」
和歌には強気に攻めたくせに、ユカに対しては慎重だ。
気分を損ねないように、という配慮が見えている。
「あ……、孤児院が、見つかっ――」
「そろそろ向かおっか」
重い腰を上げて、ユカが孤児院に近づく騎士たちの前へ下りた。
列を作っていた騎士たちの先頭に立っていた若い男(ユカよりは年上だ)が、足を止めて、人当たりの良い笑顔をユカに見せた。
「やあ。この島を管理している、神……で合っているよね?」
「まあね。証拠は必要? 船を沈めるくらいできるけど」
騎士の男が、必要ないよと手を振った。
そもそも船は騎士のものだ。
ユカのものではない。
それを神の証拠として沈めて、損をするのは騎士側である。
男が一瞬、視線を横のニオへ移したが、すぐにユカへ戻した。
目的のものが目の前にあるのに、遠回りをする羽目になっている、と気付いたのかもしれないが、ここで数の有利を生かしてユカに立ち向かったところで、全滅するだけだ。
有利に見えているだけで、圧倒的に不利なのは騎士の方である。
「それで、なにか用? 戦争をしにきたなら受けて立つよ」
「甲冑隊とは違うんだ、我々は穏便に済ませたくてね。犠牲者は確認していないだろ? こっちも事情は説明している。危害は加えない、ただ制圧だけさせてくれ、とね。それでも立ち向かってくるものには遺憾ながら攻撃しているが……、先に手を出したのはそっちだ、変わらず我々に敵意はないさ」
「ふーん。甲冑とは仲が悪いんだ?」
「あいつらは野蛮なんだ、すぐに武器を取りたがる。人を傷つけることに快楽的な楽しみを持っているんだ。正直、理解できないね。だからそりが合わない」
あいつらとは違う、とやけに体を使って表現していた。
温厚な性格、と勘違いする者がいるかもしれないが、彼らは実際に攻撃をしている。
理由があれば甲冑たちと同じように殺人さえもいとわないと言っているのだ。
若い男の話し方や貼り付けた笑顔が、そうは思わせていない。
巧妙な喋り方だったが、ユカは気にも留めなかった。
「戦争じゃないなら、なに? ニオは渡さないよ?」
「ニオ様も目的の一つだけど、今日は違うんだ。神……である、君が欲しくてね」
「わたし?」
「そうだ。どうかな? 我々の国と、この島の合併というのは。もちろん、我々の姫様をトップに立ててもらうが、君は第二王女として迎えよう。差はあるが、権利も姫様同様に扱える。服、食べ物、施設、娯楽、全てがこの島なんかとは比べものにならない質と数がある。……悪い話ではないと思うよ?」
ふうむ、とユカが考え込んだ。
「えっ、神様…………?」
こんな見え見えの餌に食いつくのか、とニオの視線がユカに突き刺さる。
「でもね、ニオ! 確かに悪い話じゃないと思うんだよ!? 合併すれば、子供たちにも美味しいものを食べさせてあげられるし……」
「それは、そうですけど……」
ニオの批難が止んだ。
子供たちを出されてしまえば、彼女は引き下がりやすい。
「信用、できるんですか……」
ニオの視線が若い男に向いた。
騎士は肩をすくめる。
強制ではなく、任意であると、言葉を重ねないことで示した。
「取り込まれるってことは、今後なにをされるか、分かりません!」
ニオは孤児院の子供たちを守るため、人付き合いを大切にしている。
住民に漏れなく愛されている様子から分かる通り、島全体がニオの庭みたいなものだ。
これがアヤノの国に取り込まれ、子供たちがもしも散らばってしまえば、さすがにニオと言えど、和歌と変わらない大陸の広さ、島以上の人口密度……彼女の目と手が自力では届かなくなってしまう。
……みんなを、この手で守れなくなってしまう。
養子となり孤児院から出ていく子供がいれば、それは喜ぶべきことだ。
だけど、幸せになってほしいけど、出ていってほしくないという矛盾も抱えている。
ずっと島の孤児院にいてくれたらいい……。
しかし現実はそう上手くはいかない。
合併するなら、国へ移った方が、幸せになれる可能性が上がるのだから。
興味を持った子供たちを、引き止める権利は、ニオにはない……。
「ニオ、勘違いしてるって」
ユカにだって、譲れない部分があるのだ。
「取り込まれる、なんて、わたしが誰かの下につくと思う?」
すとんっ、と落ちてはまるように、ニオが納得した。
その光景は、考えられなかったのだ。
「取り込まれるんじゃなくて、わたしが取り込むの」
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