第18話 第二プラン
……どうすれば……!?
「お姉ちゃんっ!」
その時、白毛の馬に乗る少女が現れ、甲冑を上から踏み倒した。
前足を上げながらの馬の鳴き声が、周囲の注目を集める。
「あたしも手伝うっ」
「モーラ!?」
彼女の腰には大きな斧があった。
全体重を乗せればもしかしたら、甲冑を割ることもできるかもしれない……。
しかし、あまりにも危険過ぎる。
「うわっ――」
すると、急に白毛の馬が暴れ出し、横に倒れてしまう。
振り落とされたモーラが、馬の体に刺さっている一本の矢を見つけた。
倒れた馬が小刻みに震え、荒い呼吸を繰り返す。
モーラが矢を引き抜こうとするも、力が足らず、体を擦ることでしか、彼に安心を与えることができなかった。
「がんばってっ、この矢を、抜ければ――」
だが、ドスッ、という音が止まらない。
並ぶように、矢が馬の体に突き刺さった。
距離を取っていた甲冑が、弓の糸を引っ張り、狙っている。
馬に向いていた矢先が、今度はモーラに向いた。
「っ、もう――もうやめてっ!!」
庇うように覆い被さるモーラの背中に、数本の矢が降り注いだ。
が、矢は突風により進路を斜め横へ変え、モーラを避けるように八の字に逸れていく。
彼女は無事だ。
しかし、村の奥から聞こえる悲鳴は、未だに止んでいなかった。
『……そうするしかないだろうな。いくら神でも、な』
「…………」
『正しいとは言わない。だが、間違っているとも、言えないものだ』
「…………だまれ」
和歌の杖が形状を変えた。先端についていた球体が、一本の刃へ変わる。
それは一本の槍……いや、薙刀だ。
『他の誰よりもその子供を優先させた。お前は選んだんだ……その子供以外を切り捨てた……違うか?』
「だまれと言ったんだッッ!!」
和歌の薙刀が真っ直ぐ突き出され、甲冑の胸を貫いた。
彼の口から和歌を追い込む言葉はもう出ない……だけど、和歌の選択を乱す布石は既に打たれてしまっている。
甲冑の言葉も否定できなかった。
モーラを特別視している……だから誰よりも優先し、まず助けたのだと、自覚できてしまったから――。
倒れた甲冑から刃を引き抜く。
村にいた甲冑の数が、気付けば減っていた。
別の村へ、移動してしまったのだ。
そして、和歌の意志が乱れ始める。
「私にとってはこの村が我が家で、守るべき家族…………、なら――」
神であっても体は一つ、手の届かない場所は必ず存在する。
南と北へ同時に向かえないように、いけない場所も必ず生まれてしまう。
仕方ないのだ。どっちも救えないよりは、片方だけでも救った方が、まだ前進する。
「――この村だけは、奪わせてやるわけにはいかないっ」
村の大半の子供たちが避難していた地下空洞への扉が、一人の甲冑に見つかった。
土に覆われた、鉄でできた上開きの扉。
甲冑が手を伸ばして引っ張る。
見えてきた、下りるためのはしごに足をかけようとした時だ。
ゴッッッッ! と衝撃が頭を抜け、男の意識を揺さぶった。
頭部の鎧は逆方向へ向いてしまっている。
鎧だけなのか、それとも頭部ごと回っているのかは、分からなかった。
どちらにせよ、男は起き上がらなかった。
「もう大丈夫だよー」
和歌とは違うが、甲冑ではない少女の声に、子供たちが地下空洞から見上げている。
しかし、村を襲われた恐怖のせいか、誰も少女が伸ばす手に掴まろうとしなかった。
「神様、わたしが」
そう言って、傍にいたもう一人の少女が地下空洞の中へ下りた。
「外の、様子、は……」
なんとか絞り出した、少年の声だ。
「和歌様がいるから。……だからもう、みんなの方が詳しいでしょ?」
隠れていた子供たちの、息が詰まりそうな空気が和らいだ。
息を潜める必要がなくなり全員が満足に呼吸を繰り返している。
固まっていた表情筋も、やがてほぐされるだろう。
はしごを上がったニオを待っていたのは、むすっとした表情のユカである。
「わたしも大丈夫だって言ったんだけど……」
頬に数滴程度だが、血痕をつけていたら警戒するだろう……、ニオも苦笑いだ。
「神様、村にいた武装していた人たちは」
「もういないと思うよ。いても数人、隠れてるくらいかな……先輩がどうにかするよ」
ユカの言う通り、形勢を逆転されたと悟った甲冑が逃げようとしたところを、和歌が捕まえていた。
甲冑の首元に、和歌が持つ薙刀の刃が向けられている。
「……なにが目的だった? ニオを攫うためなら、子供たちを殺す必要はないだろう」
『答えると思うか?』
「いいや。……答えなくても、大体の想像はつく」
刃が甲冑をこつん、と叩いた。
「交渉の場に私をつかせた……お前たちの思惑通りだろ」
『…………なら、内容も全て把握済みである、か』
話が早い、と甲冑が手を打った。
『大陸の子供の命と引き替えだ。例の少女を手に入れるために、我々に手を貸せ』
「それは彩乃の指示なのか?」
『姫様が欲する少女を連れていくのが、我々の使命である』
「なら、具体的な攫い方への指示は出していないのか……」
アヤノが和歌を引き入れるためだけに大量殺害を指示するとは思いたくなかっただけなのかもしれない……和歌は何度も自問自答を繰り返していた。
不安があったが……、こうして答えを知れば、迷いも消える。
これは、アヤノの手を離れた甲冑たちによる、独断行動だ。
『姫様一人では二人の神には勝てない。だが、数が逆転すれば目的を達成させるのは容易だ。……お前が加われば、これ以上、若くして命を失う不幸な者もいなくなる――さあ、ここで選択を間違える、愚かな神ではないだろう!?』
「勘違いがあるな」
和歌の刃が、甲冑の肩口に触れ、ゆっくりと食い込んでいった。
『う、ぐぁがぁ、あがぁあああああああああああああ!?!?』
「二人がかりだろうと、結花を倒してニオを攫うのは、簡単じゃない」
『な、にを……ッ!?』
「愚かな神でいいさ。人の頭の中を操作し支配する……そんな神が、正しいはずがない」
甲冑の腕が、ぼとり、と地面に落ちた。
肩口から、まるで手持ち花火のように、血が噴出していた。
この男の命もそう長くはない。
『正気か……ッ、大陸に散らばる子供が、死んでいくぞ!? オレを殺せば、虐殺をやめろという指示さえ出せないんだぞ!?』
「もういい。私は、切り捨てたんだ…………ああ、そうさ、見捨てた。一番大事なもののために、二番目以下から目を伏せたんだ!!」
仕方のない状況だった、と、言い訳はしない。
酷い神だと、非難される覚悟だ。
失ったものはもう二度と、取り戻すことはできない――分かっている。
だから、この選択に、和歌自身だけは後悔をしてはならないと、涙を拭う。
「交渉決裂だ。敵対している以上、お前らを見逃さない」
大陸が形を変えていく。
アヤノの国へ続く橋が、地鳴りと共に崩れ落ちた。
「――逃げられると思うなよ」
進軍した甲冑隊からの定期連絡が途絶え、崩れた橋の前で、騎士団長が苦渋の選択を下した。
「……侵略は失敗だ。救出には向かわない。これ以上、被害を出さないためにも――」
橋が崩れた段階で、彼は新たに船を手配していた。
実行した作戦自体は悪くない。
住民を大切にする、神の優しさを頼りにし過ぎたのが失敗だった。
人質を取って脅すのではなく、こちらに荷担させることに興味を注ぐ方法であれば、次の標的は、適任と言えるかもしれない。
デメリットを盾にするのではなく、メリットを提示する。
「第二王女の地位をちらつかせれば、食いつかない女はいないだろう」
騎士団長が船に下り、指示を出す。
船は大陸を迂回し、島へ向かった。
――もしも、彼の考えをアヤノが聞いていたならば。
「やってみれば?」
言いながら、鼻で笑っていただろう。
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